軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41.悪役令嬢は初心にかえる

ふう、と軽く息を吐き、頭をクリアにする。

予想以上にラウルの熱量が高くて驚いたものの、ここは話――できれば考え――を聞くために設けられた場だ。

(娼館の手管は好感度を上げて、相手の心に寄り添うためのものよ)

初心にかえる。

逆行した当初はヴァージルにもよく使っていた。

(決して相手を弄ぶものではないわ)

そこを間違えたら、レステーアが言っていた通りになってしまう。

弄ばれるのが好きな相手なら別だけれど。

「ままなりませんわね、お互いに」

何がとは言及しない。

言葉の裏に隠した真意は、ラウルの想像に任せた。

都合良く解釈してくれたらいい。

既にラウルの手から、扇は解放されている。

クラウディアは笑顔を見せて、案内を再開した。

「けれど今の身分がなければ、ラウル様とお会いすることも叶いませんでしたわね」

そして会話の糸口を探す。

レステーアのことをどう考えているのかも知りたかった。

「そうだな、身分がなければ出会えなかった……」

ふと、ラウルの視線が遠くへ動く。

彼が見ていたのは、レステーアだった。

(これがシルの言っていた……?)

ラウルは、小さな子どもを見守る親のような表情をしていた。

愛情に満ちたというよりは、目が離せなくて困っている空気を感じる。

ざわり、と胸の内で生まれるものがあった。

(彼女のことを訊くなら今かしら)

しかし口を開いたのは、ラウルのほうが早かった。

「レステーアに、オレと話すよう言われたんだよな?」

だからこうして場を設けてくれたんだろ、とラウルは笑う。

ダークブラウンの瞳に、ビターな苦みを宿して。

答えを待たず、ラウルは続ける。

「アイツの話は聞くな。信用するな。関わらないほうが身のためだ」

ステップを踏むように軽やかに告げられた。

なんなら屈託のない笑みまで浮かべて。

周囲の人間に、会話の内容を気取らせないためだろう。

クラウディアも合わせて笑顔を作るけれど、予想していなかった警告に、胸の内では大いに驚いていた。

(わたくしから話を振るつもりだったのに)

まさかラウルのほうから水を向けてくれるとは。

レステーアのきな臭さには、クラウディアもシルヴェスターも気付いている。

何より彼女は王弟派の代表格だ。

「君にとって害になる」

「彼女がわたくしに何かすると?」

「アイツは、ときに手段を選ばないんだ」

(王弟派の手綱が自分の手から離れていると、ラウル様も気付いているの……?)

知っているのだろうか、港町ブレナークで工作があったことを。

報告を受けて当然の立場だ。

ラウルが指示した可能性もゼロではない。

けれど逆に手綱を握っているなら、甘んじて状況を受け入れたり、クラウディアへ警告したりはしないだろう。

この先、ラウルならどう動くかを考える。

責任感の強い彼なら、と。

(もしかして、これを理由に臣籍降下するつもり?)

あり得ない話ではない。

王弟派の暴走が止められないところまできているなら。

改めて手綱を握り、バーリ国王と対立するよりも、ラウルなら身を削る。

(彼は争いを好まないもの)

ラウルの権力を削ぎたいバーリ国王は、喜んで提案を受けるだろう。

欲しかった情報の一端を掴もうと、クラウディアは考えを巡らせる。

そこへラウルは、突拍子もない問いを投げかけてきた。

「クラウディア、暴走した馬車があったとする。先は分かれ道で、片方には一人、もう片方には五人いる。自分の力で馬車をどちらかへ誘導できたとして、キミはどちらへ暴走した馬車を誘導する?」

混乱させるためだろうか。

しかしラウルは、クラウディアの考えが臣籍降下にまで及んでいると知らない。

ラウルの思考を理解するため、即座にクラウディアは頭を切り替えた。

質問は、聞き覚えのある論題だった。

人を助けるための犠牲は許されるか。

答えのある問題ではない。

以前、クラウディアがこの問題を出されたときも、議論し考えることが目的だった。

しかし残酷なことに、現実には選択しなければならない場面がある。

(病を患ったわたくしは、進んで孤立を選んだけれど)

母親もそうしたように。

薬もなく、回復が見込めない疫病患者は、隔離して感染を防ぐしか対応策がない。

歴史の中では、封鎖され、焼き払われた村もあった。

非人道的だが、被害が最小限で済んだのも事実だ。

ときとして為政者は、人命がかかった決断に迫られる。

そこで出すべき答えは決まっていた。

「心苦しいですが、一人の犠牲で済むほうへ誘導します」

人を助けるための犠牲は必要だと、より犠牲が少ないほうを選ぶ。

クラウディアの答えに、ラウルは頷いた。

「兄上はそれを戸惑われない」

後継者問題を除けば、バーリ王国は安定している。

ラウルは兄の治世を評価しているようだった。

「決断が早いおかげで、被害も最小限で済む。オレには真似できないことだ」

王の器ではないんだ、と言外に告げられた気がした。

(違う)

反射的に、ラウルの言い分を否定していた。

彼にとって、幼い頃から見てきた兄の背中が、何よりも大きいのかもしれないけれど。

クラウディアの頭に、先日のシルヴェスターの姿が浮かぶ。

バーリ国王ではないと、自分を慮ってくれた彼。

嬉しかった。

愛されているのだと実感できた。

果たして、このときのシルヴェスターの行動は、間違いだったのだろうか。

(絶対に、そうは思わないわ)

結果的に同じ答えだったとしても。

シルヴェスターへの心証は大きく変わる。

それはバーリ国王の周囲でも言えることではないだろうか。

だから王弟派が生まれたのではないだろうか。

暴走した馬車の問題のように、為政者は人を数字で見るよう求められる場面がある。

けれど決して、人は数字ではないのだ。

「ラウル様、わたくしには人の世に正解があるとは思えませんの」

気付いたら、そう口にしていた。

ラウルの視線を感じながら、言葉を続ける。

「バーリ国王の合理性は見習うところも多いでしょう。為政者として指針にすべき答えもあります」

でも、もし助けた五人が敵に回ったら?

五人を助けることで側近たちに反感を抱かれ、謀反を起こされたら?

可能性はゼロではなく、仮定はいくらでも作れる。

合理性は問題の一面しか解決せず、指針はあくまで指針に過ぎない。

「後世の歴史家がするように、人口の増減など条件を定めて、合否を出すことはできるでしょう。けれど今を生きる人たちの思いを、誰が決められるというのです?」

人口が増えたからといって、国民が幸せだとは限らない。

国益を重んじた結果、反感を抱かれることだってある。

「だからこそ、わたくしたちは、悩みながらも最善を模索するのではなくて?」

万能な王など存在しない。

神様だって気まぐれなぐらいだ。

目の前で下された答えだけを見て、それが正解だと思わないで欲しかった。

バーリ国王はバーリ国王なりの、ラウルはラウルなりの答えを出せるのだから。

「でもオレが間違えたことは確かだ」

何を、と尋ねたい気持ちをぐっと堪える。

今必要なのは追求ではないと、勘が囁いていた。

「ならば、正さねばなりませんわね」

「正す? 責任を取るんじゃなくて?」

問いかけに、いつか聞いた言葉を反芻する。

無意識の内にクラウディアは、ラウルへ微笑んでいた。