軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青白い炎

びくりと身を竦めたフィリアとルディを、メイナードがすぐに背中に庇った。

「メイナード様、お身体は?」

心配そうに尋ねたフィリアを振り返ると、メイナードはにっこりと笑い掛けた。

「もう呪いからも解放されたようだ。フィリア、君のお蔭だよ」

白銀の竜と睨み合うように浮かぶ漆黒の竜を見つめて、メイナードは手に青白く煌めく炎を纏わせた。

「兄さん、もう魔法を使えるんだね!?」

恐ろしい気配の黒い竜に青ざめていたルディの顔が、ぱっと輝いた。メイナードは手に魔力を集中させながら答えた。

「ああ、ルディ。もう大丈夫だよ」

その時、三人の目の前で、それまでゆったりと浮かんでいた漆黒の竜が突然びくりと痙攣すると、はっきりと目を覚ましたかのように、身体をうねらせて激しく尾を振った。

途端に、怒り狂った竜の激しい殺気が部屋を満たした。

「きゃっ……!」

「うわあっ!」

部屋の空気を震わせるような禍々しい怒気に、フィリアとルディは思わず悲鳴を上げた。

二人を背に庇ったまま、メイナードは、手に纏わせた青白い炎を漆黒の竜に向けて放った。

***

ダグラスの叫び声を聞いて背後を振り返ったアンジェリカは、全身からさあっと血の気が引いていくのを感じていた。

(……!!)

彼女の視界いっぱいに映っていたのは、彼女を怒り狂った様子で睨み付けている、胴体がぱっかりと大きく割れた漆黒の竜だった。

(嘘っ!? あれはただの抜け殻じゃなかったの……?)

白く輝く竜が現れ出た後の、脱皮後の抜け殻のように見えていた黒い竜が獰猛に迫り来る様子を、アンジェリカは凍り付いたように眺めていた。

大きく身体をうねらせた漆黒の竜は、その尾を勢いよく振り上げると、動くこともできずにいたアンジェリカに向かって激しく叩きつけた。黒い竜の尾は、彼女を防御魔法ごと押し潰して地面にめり込んだ。

「うっ……」

悲鳴すら上げられぬままに、彼女は自分の骨が折れる音を聞きながら地面に倒れ伏していた。

竜の尾が擦った彼女の顔は、鱗の猛毒に浸食されて少しずつ変色し始めていた。

「アンジェリカ!? ……誰か、回復魔法の使い手を頼む!」

ダグラスの声が、アンジェリカの耳に遠く響いていた。

(……私、どうなってしまうのかしら)

次第に霞んでいく彼女の視界には、ダグラスをはじめとする魔術師団の一行が、互いに睨み合う白竜と黒竜を取り囲む様子が映っていた。

対峙している二匹の竜の間には、びりびりとするような緊張が走っていた。

白銀に輝く穢れなき竜と、闇を纏うような禍々しい漆黒の竜という対極に位置するような二匹を眺めながら、ダグラスは額を冷や汗が伝うのを感じていた。

(いったい何が起きているんだ? ……どちらの竜も、俺たちの力など軽く凌駕しているように見える。あの白銀の竜に加勢したいところだが、俺たちの魔法はあの黒い竜に果たして効くのだろうか……?)

攻撃の機会を窺いつつも、なかなか手出しができずにいた魔術師団一行の前で、突然、漆黒の竜の身体が内側から青白い光を帯びた。

(……あれは、何だ?)

青白く煌めく炎が次第に身体の内側から大きく燃え上がり始めると、黒い竜は苦しげに身体をうねらせて、のたうち回り始めた。

ダグラスは慌てて魔術師たちに叫んだ。

「下がれ! あの黒い竜から離れろ!」

青白く激しい炎が黒い竜の身体を包んで焦がしていく様子を、ダグラスは息を呑むようにして見つめていた。

(あの、青白い炎は……)

その炎は、彼が幾度か目にしたことのある、彼が尊敬する魔術師の炎魔法によく似ていた。

そして、青白く煌めく炎から感じられる強大な魔力に、ダグラスの推測は確信に変わった。

「これは、メイナード様の魔法だ」

そのダグラスの言葉は、気を失う前のアンジェリカの耳に最後に届いた言葉だった。

青白く美しい炎が、揺らめきながら黒い竜を焼き尽くしていく様子を、魔術師たちはただ固唾を飲んで見守っていた。

灰すら残さずに黒い竜が消滅したことを見届けるようにして、白銀の竜はふわりと浮き上がると、森の奥へと姿を消して行った。

ダグラスは、次第に小さくなっていく、白く輝く竜の後ろ姿を静かに見送っていた。

***

メイナードの手から放たれた青白い炎が、目の前に浮かぶ漆黒の竜を包み込んでいく様子を、フィリアとルディは目を瞠りながら眺めていた。

(凄いわ、これがメイナード様の魔法……)

比類なきほどのメイナードの魔力と正確なコントロールに、フィリアはただただ圧倒されていた。

漆黒の竜は青白い炎に包まれながら、必死に抵抗するように身体をうねらせていたけれど、いつしかその動きを止めると、幻想的な青白い炎の中で崩れるように姿を失い始めた。

白銀の竜は、金色に輝く両の瞳で、青白く揺らめく炎の中で消えていく黒い竜を見つめていた。

完全に黒い竜が消失すると、白銀の竜はふわりと舞い上がってから、静かにフィリアの前に降りて来た。

ほんのりと透き通って見える白銀の竜は、宙を揺蕩いながら、神秘的な金色の瞳でフィリアをじっと見つめた。

竜の輝く瞳を見つめ返しながら、フィリアは、竜が彼女に感謝を伝えようとしていることを確かに感じ取っていた。

(これがきっと、本来の聖なる竜の姿。穢れのない、清らかで美しい存在……)

感嘆と畏敬の念を覚えながら、フィリアは竜に微笑み掛けた。

竜は身体を揺らめかせ、別れの挨拶を告げるように三人の頭上を旋回してから、温かな輝きを残して、薄らぎながらその姿を消して行った。

三人はしばらく口を噤んだまま、白い竜が残していった輝きの余韻を感じるようにして、静かにその場に佇んでいた。

はじめに、ルディが口を開いた。

「ねえ、兄さん、フィリア姉さん。僕たち、夢を見ていたのかなあ……? だとしたら、今まで見た中で一番、印象的な夢だったけど」

軽く頬を染めながら、ぼんやりと立ち尽くしていたルディの肩を、メイナードが軽く叩いた。

「いや、あれは夢じゃないよ、ルディ。ほら、見てごらん」

自らの白い首元を指し示したメイナードに、ルディの瞳が潤んだ。

「本当に、呪いが解けたんだね、兄さん……」

微かに声を震わせたルディの頭を、彼は優しく撫でた。

「ああ、フィリアが解いてくれたからね。……ありがとう、フィリア」

メイナードは輝くような笑みをフィリアに向けた。

跡形もなく呪詛が消えた、白く滑らかな彼の首元を見つめて、彼女の両目にも涙が滲んでいた。

「メイナード様、……よかった」

どうにか言葉を絞り出したフィリアの身体を、メイナードが優しく抱き締めた。

メイナードの屋敷を覆っていた重苦しい空気はすっかりと消え失せ、窓から差し込む温かな光に柔らかく満たされていた。