軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

目覚め

アンジェリカは来た道を辿るようにして、暗い森の中を小走りに戻った。

ひっそりと蹲っていた竜の姿を遠目に認めたアンジェリカは、小さく息を呑んで歩を緩めた。

それは、多少離れた場所から見てもはっきりとわかるほどに、黒々としていた竜の内側から、薄暗い森を照らし出すような、眩いばかりの光が放たれていたからだった。

(嘘、でしょう……)

一歩ずつゆっくりと竜に近付きながら、アンジェリカはごくりと唾を飲んだ。それは、竜から流れ出す白く輝く光から、フィリアの魔力を、しかも以前の彼女からは考えられないほどに強い力を感じたからだった。

(フィリアに何があったというの? あの子にこんな力はなかったはずなのに……。あの子はこの竜に何をしたのかしら?)

触れるほど竜に近付いた彼女には、竜の内側に存在する何かが、フィリアの魔力で息を吹き返したように動き出すのが感じられた。それは、狂暴で邪悪な漆黒の竜とは対極の、聖なる力を帯びた何かだった。

聖女と呼ばれるほど魔力が高く、勘にも優れたアンジェリカは、目の前の竜に起きていることを直感的に理解しつつあった。

(フィリアが何か働き掛けたことで、きっと、竜の呪いが解け掛かっているのだわ。メイナード様に掛けられた呪いだけでなく、まるでこの竜自身が、呪いから目覚めようとしているみたい)

神秘的な光を放つ竜を目の前にして、アンジェリカは焦りと混乱を覚えながらぎゅっと唇を噛んでいた。

(聖女であるこの私ですら何もできなかった竜の呪いに、フィリアはどんなことをしたっていうの? ……メイナード様の呪いがあの子には解けたなんてことになれば、私はきっと笑い者になるわ)

プライドの高い彼女には、ずっと見下していた妹のフィリアに負けるなど、到底受け入れられそうにもなかった。

自分の地位と名声を何より大切にしている彼女は、顔色を失いながら、しばらく呆けたように竜を見つめていた。

その時、アンジェリカの耳に不思議な音が届いた。

――ピシッ

(……?)

竜から聞こえてきた、何かが割れるような微かな音に、彼女ははっと我に返るとその場から一歩飛び退いた。

音がしたところを恐る恐る彼女が眺めると、そこには、黒光りする竜の鱗に小さな亀裂が入っていた。走った亀裂の内側からは、白い光がよりはっきりと流れ出していた。

警戒しながらも彼女がその部分をじっと見つめていると、彼女の視線の先で、はじめは小さかったひび割れが次第に大きくなっていった。

「あっ……」

黒い竜に走る亀裂が急に広がったかと思うと、その割れ目の間から、白い光に包まれたものがゆっくりと顔をもたげた。

アンジェリカは、その清らかな姿に思わず目を瞠った。彼女の前には、神々しいほどに美しい白銀の竜が、まるで漆黒の竜から脱皮するように姿を現しつつあった。

(もしかしたら、これが、竜本来の姿なのかしら……)

信じられない思いで瞳を瞬いた彼女は、混乱に揺れる胸を抱えながら、姿を現し始めた荘厳な竜を見つめていた。目の前の白銀の竜からは、彼女を襲うような殺気や敵意は感じられなかった。

ふと、アンジェリカの頭を、ダグラスから聞いたばかりの言葉がよぎった。

『仮にあの竜本体をどうにかできたなら、メイナード様は呪いから解放されるのだろうか』

(そうだわ……!)

アンジェリカの頭の中に、あることが閃いた。ようやくふっと表情を緩めた彼女は、薄くその口角を上げた。

(竜本体が呪いを解く鍵だったのだと、そして私がこの禍々しい黒い竜から、内に潜む聖なる存在に気付いて救い出したのだと、そういうことにしてしまえばいいのだわ。だからメイナード様も呪いから解放されたのだということにすれば、説明もつくはず)

彼女は、考えを巡らせながらその笑みを深めた。

(今ここにいるのは私だけだし、もしフィリアが何か言ったとしても――まあ、あの子は名誉なんて欠片も興味はなさそうだし、メイナード様の身体さえ回復すれば何も言わないでしょうけれど――、皆、聖女である私の言葉を信じるはず。私の名声も傷付かずに済むわ。むしろ、更なる栄誉を得られるのではないかしら)

ほっと胸を撫で下ろしたアンジェリカは、再びちらりと白銀の竜に視線をやった。

(まずは、ダグラス様たちをこの場に呼んで、この穢れのない白い竜を私が目覚めさせたのだと説明してから、この場の証人になっていただかないと)

ダグラスを魔法で呼ぼうかと彼女が考えた時、彼女の背後から、遠く彼女に呼び掛ける声が聞こえてきた。

「アンジェリカ、大丈夫か!?」

聞き慣れたダグラスの声に、アンジェリカは微笑みを浮かべた。

(ダグラス様たちだわ、ちょうどよかった。後は、フィリアが関係していることを、万が一にも彼に気付かれないようにさえできれば……。念のために、あのような清い存在には毒にも薬にもならない、何かそれらしい魔法でも被せておけばいいわね)

ちらりと後ろを振り返ったアンジェリカは、フィリアの魔力の痕跡を消すように、竜に被せるようにして浄化の魔法を急いで掛けた。

そして、大きな笑みを浮かべてダグラスたちを見つめると、声を張り上げた。

「……ダグラス様、これをご覧ください!」

無防備な背を竜に対して向けた彼女の耳に、ダグラスの声が響いた。

「アンジェリカ、後ろ……!」

彼の切羽詰まった叫び声に首を傾げた彼女は、背後を振り返ると、みるみるうちにその瞳を大きく見開いた。

***

フィリアの手から放たれた白く輝く光が、メイナードの首元を包むように舞う中から、次第に仄かな光が集まり始め、ゆらゆらと形を取り始めた。

じっとその姿を見つめていたルディが、ぽつりと感嘆の声を漏らした。

「白い、竜がいる……」

メイナードの首元の聖なる文字の部分から抜け出すようにして、淡く輝く白銀の竜が現れ出てくる様子を、三人は息を呑むようにして見つめていた。

フィリアの魔法から生命の力を得るように、白銀の竜はだんだんとその美しい輝きを増していった。

(でも、まだ終わってはいないわ)

フィリアは注意深く、メイナードの首元に浮かぶ呪詛の様子を見つめていた。呪詛を形作るそれぞれの文字が、内側からじわじわと動き出しているようだった。

最後に、長い尾を振るようにして白銀の竜が完全に姿を現した時、メイナードの首の辺りから、何かが割れるようなピシピシという音が響いた。そして、それまで彼の首元に絡みついていた呪詛が、ずるずると彼の首を離れ、首の周りへと浮かび上がってきた。

(……!)

フィリアは、メイナードの首元を離れた呪詛を見つめて、背筋がすうっと冷えるのを感じていた。

(あんなに恐ろしいものが、今までメイナード様の身体に巣食っていたなんて……)

呪詛の一文字一文字が、まるでメイナードの首の奥深くまで張っていた根を引き剝がされたかのように、気味の悪い黒々とした尾を引いていた。ぞっとするようなそれらの漆黒の存在は、今もまだ生命を保っているかのようだった。

白銀の竜の見つめる先で、闇のように黒く揺蕩っていた呪詛の文字が、螺旋状に再び集まり形を取りながら、ゆるゆるとメイナードの首元を離れて静かに浮かび上がった。

目を瞠りながらその様子を見上げていたメイナードは、はっとしたように首元を触り、そして両手に視線を落とした。

(魔力が、戻っている)

三人の頭上には、白銀の竜と対峙するようにして、目覚めたばかりといった様子の漆黒の竜が、緩慢な動きで浮かび上がっていった。