作品タイトル不明
第78話 セクハラを回避できる優秀な抱っこ
「はあああっ!」
エルザが振るう聖剣〝ルミエール・デュ・ヴェリテ〟が、彼女を取り囲んでいた深層の魔物をまとめて斬り飛ばす。
フレンス語で「真実の光」を意味するこの武器は、彼女の斬撃に合わせ、同威力の閃光を全方位に放つことができるという破格の性能を持っている。
ダンジョン産の超レアアイテムであり、彼女にしか装備することができないエクスクルーシブルウェポンだ。
「ふん、この程度の魔物の群れ、フレンスが誇るダンジョン時代のジャンヌ=ダルク、このエルザ=シモンにかかれば余裕ですわ」
たった一人、他の救援チームのメンバーたちと違う場所に強制転移させられた彼女もまた魔物の大群に襲われたものの、それを単身で蹴散らしてしまっていた。
「……それにしても、何なんですの、あの男は」
そんな彼女からしても、ニシダという東方のキッチンザムライの存在は驚嘆に値するものだった。
「まさかこんな極東のダンジョン後進国に、あれほどの探索者がいたなんて……」
海外でも彼の配信動画が注目されているとはいえ、まだまだ認知度が低い。
特にフレンスではごく一部のマニアくらいにしか知られていないはずだ。
エルザもナナのことがなければ、わざわざ極東の島国の配信など見なかっただろう。
「先日の性被害でっちあげ作戦は失敗に終わってしまいましたし……一体どうやってあの男を貶めてやればいいんですの……」
ナナがあの男に惚れ込んでいることは間違いない。
それもかなり根深いものだと今回の探索で確信したエルザは、そう簡単にはいかないと悟り、半ば途方にくれていた。
と、そのときである。
「ひいいいいいいいいいっ! た、た、助けてくれえええええええっ!!」
少し離れた場所からそんな悲鳴が聞こえてきた。
同時に幾度となく爆音が轟いてくる。
「なんですの?」
音の方向へと視線を向けると、水晶が次々と倒れていくのが見えた。
五人組がこちらへ走ってくる。
メルシーズの五人だ。
必死に何かから逃げている様子である。
ドオオオオオオオンッ!!
直後、彼らの背後にあった水晶が吹き飛び、地面に突き刺さる。
そして現れたのは、身の丈5メートルに迫る魔物。
「っ……ま、まさか、この魔物はっ……ダンジョンボス!?」
エルザも戦慄するほどに強力な魔物が、メルシーズの五人を追いかけながら迫ってきたのだった。
◇ ◇ ◇
断続的に遠くから轟音が響いてくる。
よくよく耳を澄ませてみれば、人の悲鳴のような声も混じっていた。
「向こうの方だな。……悪いが、急ぐ必要がある。運ばせてもらうぞ」
「え? ひゃっ!?」
俺は飯島氏を片手で持ち上げた。
〈出た、気円〇抱っこwww〉
〈金本美久にした以来か〉
〈セクハラを回避できる優秀な抱っこだな。お前らも万一のときはやるといいぞ〉
〈できるかよwww〉
「……あの、せめてもう少しマシな運び方をしていただけないものでしょうか? いえ、緊急事態ですし、仕方ないのかもしれませんけど……」
〈憮然とされてて草〉
〈で、お姫様抱っこしたら性被害を訴えるんだろ?〉
〈やっぱ気円〇抱っこしかないな〉
〈なんでそんな極端な二者択一なんだよw〉
水晶の道を疾走することしばし。
やがて前方に見えてきたのは、ケンタウロスのような魔物だ。
「……やはりこいつだったか」
「獅子の頭に、ケンタウロスのような身体っ……あ、あれはまさかっ……」
「ああ、間違いない。このダンジョンのボスモンスター、キングレオタウロスだ」
〈ボスモンスターって!?〉
〈マジかヤベェじゃん!〉
〈めっちゃ強そう……〉
大学の頃にこのダンジョンを攻略して以来、つまり十何年ぶりの遭遇ではあるが、さすがにはっきりその姿を覚えていた。
本来なら地下45階で待ち構えているはずの、新宿歌舞伎町ダンジョンのボス、それがキングレオタウロスである。
「な、何で地下44階にっ!?」
「恐らくボスも操られているんだろう」
「ボスを!? そんなことがあり得るのですか!?」
「分からない。だが統率者は思っていた以上に厄介な相手みたいだな」
申し訳ないが丁寧に下ろしている余裕はないので、俺は飯島氏を放り投げる。
〈雑で草〉
〈仕方ないだろ。今まさに五人組がやられそうなんだし〉
〈Aランクに地下45階のボスは荷が重すぎるよな〉
〈いやよく見ろ、あの外国人美女もいるぞ〉
「西田さん!? よ、よかった……っ!」
こちらに気づいた一ノ瀬新之助が叫んだ直後、キングレオタウロスと激しくやり合っていたエルザが吹き飛ばされた。
どうやらメルシーズの五人と共闘していたようだ。
「あああっ!? ぐっ……」
地面を何度か転がった後、どうにか立ち上がろうとするエルザだが、ダメージが酷いのかなかなか起き上がれない。
そこへキングレオタウロスが容赦なく迫り、振り上げた棍棒を彼女の頭上へ叩きつけようとする。
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
すんでのところで割り込み、棍棒を両手の包丁をクロスしながら受け止めた。
『キングレオタウロスの棍棒をあんな小さな包丁で!? うちの盾役ですらやっと受け止められる威力があるというのに……っ!』
〈さすがニシダ〉
〈完璧なタイミング〉
〈あと一歩遅れてたら彼女死んでたぞ〉
〈ニシダは遅れないって。主人公だから〉
〈主人公にしては歳行き過ぎだろ〉
〈いや最近はおっさん主人公流行ってるし〉
「大丈夫か?」
「っ……だ、大丈夫に決まっていますの! 助けていただく必要なんてありませんでしたわ!」
エルザに声をかけると、思い切り睨まれて怒鳴られる。
いや、明らかに助けないと死んでただろう。
「……っ、しかし、さすがの腕力だな」
ボスとしては小柄なキングレオタウロスだが、攻撃力は並みのボスを遥かに凌駕する。
一撃を受け止めただけで、全身の筋肉が悲鳴を上げそうだった。
「おおおおおおおっ!」
それでも俺は満身の力で両手の包丁を振り抜き、どうにか棍棒を弾き返してやる。
〈力任せに跳ね返した!?〉
〈やっぱニシダすげぇ〉
〈包丁で棍棒に押し勝つとかどゆこと?〉
「~~~~ッ!?」
まさか押し負けるとは思っていなかったのか、驚くキングレオタウロス。
すかさず俺はその懐へと飛び込み、包丁で斬りつける。
しかし黄金の獅子は構わず棍棒を振り回した。
ブオンッ!!
素早く飛び退って回避する。
そう何度も受け止めていたら身体が持たないからな。
棍棒を避け、一瞬の隙をついて包丁で斬りつける。
それを幾度か繰り返していると、
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ボスが憤ったように雄叫びを轟かせた。
「っ……いきなり本気を出してきやがったか」
地下45階のボス、キングレオタウロスは一定のダメージを受けると本気モードに突入する。
正直言って、今まではほんの準備運動。
ここからがボス戦の本番だ。