軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十八話 推測の行きつく先は

「そうか、あいつらグルなんだ……」

領都にある、広めの 食事処(レストラン) にて。

木製の椅子の背もたれから弾かれたように身を起こして、誰に言うでもなくそう呟く。

ふとした瞬間、頭の中に舞い降りたのは、そんなひらめきだった。

その思い付きが本当に正しいのか、頭の中で一つ一つ整理していると。

唐突に話のかみ合わない発言をしたせいか、カズィが胡乱そうな顔を向けてくる。

「一体なんだ突然?」

「なんだもなにも、ピロコロと山賊がグルだったってことだよ」

「は……はぁっ?」

「それは……」

突拍子もないこととでも思ったのか。

カズィとノアは驚いた顔を見せる。

しかし、だ。

「たぶん間違いない。あいつらは仲間同士だったんだよ」

賊やピロコロにも、そういった素振りはなかった。

だが、よくよく考えれば、おかしなことは多かったのだ。

それが、賊たちの一連の行動に現れている。

夜に村に襲撃を仕掛け。

陽動を行い。

北門、南門の両方の門を破る。

ここまではいい。作戦としてはむしろ上等とさえ言えるだろう。

だが問題はそのあとだ。

門を破ったあとは、被害の確認もなく即座に撤退。

確かにその時点でピロコロの荷は確保したのだろうが。

村の財産、抱え込んだ金品に、女子供、他にも盗れるものはあっただろうに、それにはまるで見向きもしなかった。

撤退の判断が早かったから……と言えば、そうなのかもしれない。

だがその時点で、彼らが劣勢かどうかは、まだわからなかったはずなのだ。

そのまま雪崩れ込めば、村の守りを混乱させることも不可能ではなかっただろう。

守りを突破したあとは、火でも放てばいい。

村人は防衛と消火に気を分散され、混乱は免れない。

その混乱に乗じれば、火事場泥棒的に目的を達することもできる。

まだ、撤退しなければならないタイミングではなかったはずだ。

しかし、何故か銀を盗っただけで諦めた。

賊徒にしては、どうにも欲がなさすぎる。

略奪を行うような他人を顧みない連中は、そういった自制は利かないはずだ。

仲間の命などお構いなし、自分の欲求を満たすだけの刹那的な行動に移るはず。

しかし、だ。

むしろ賊の目的がそれだけだったと考えればこの件、説明がつくのではないか――

「……ピロコロと山賊はグルだった。それなら、このおかしな事件にも説明がつくはずだ」

「おい待て。急に話がぶっ飛んだぞ? イチからきちんと説明してくれ」

「そうですね。わかりやすくとまでは申しませんが、初期地点をはっきりさせていただかないと」

「あ、ああ、悪い。そうだな。ええっと……」

「何が、アークスさまのおっしゃる『事件』なのですか? まず、そこからお願いします」

憶測を挟まず、真っ先に整理を促してくる、できる従者。

こちらのひらめきに対し、子供の発言とも冗談とも思わず受け取ってくれるのは、これまでの付き合いがあるためか。

そんな彼の言葉に応じ、まず口にするのは、

「事件はあの村の襲撃だ。今回あった山賊の襲撃は、ピロコロと山賊が示し合わせて仕組んだもので間違いない」

そう言ってから、二人にそう思った理由を説明する。

賊が門を破ったあと、すぐに撤退したこと。

他に盗れるものがあったのにも関わらずに。

狙いすましたようにピロコロの荷だけを盗って。

「だがそれだけじゃグルだってことの理由にはならないんじゃねえのか? 全部偶然ってことで済ませられる話だぜ?」

「確かにな。だけど、山賊が銀を運べたことは、偶然では片づけられない。荷車数台あったあの量だ。あれを山賊が一体どうやって運ぶ?」

「ピロコロ氏は荷車やそれを動かすための 輓獣(ばんじゅう) も抱えていました。それらを丸ごと盗んでいれば……いえ難しいですか」

「確かに、山賊どもが自前で多少の運搬能力を持ってたとしても、全部を運ぶには適さねぇよな」

精錬後の銀も、重量は相当なものとなる。

いくら荷車や輓獣はピロコロのものがあったにしろ、運ぶには当然それなりの人手が必要だ。

「そんなやたら嵩張って重いもの、あらかじめそこにあるって知ってなければ運べるわけがない。むしろ逃亡の邪魔になるから盗む物の選択肢から外すって方が自然だ。それに銀なんて代物、売り払うにも足がつくしな」

山野を拠点にして、違法行為を働く者たちだ。

当然、動きが鈍くなるのを嫌って、重いものは避けるはず。

にもかかわらず、狙いすましたように銀だけを持ち去って行った。

あらかじめそこにあることを知っている、もしくは銀の取得を目的にしていなければ、できることではない。

……だが、それだけで彼らがグルだと断定するには、まだ理由に乏しいだろう。

だからこそ。

「ピロコロの行動が鍵なんだ。あいつらは荷を追っかけるわけでもなく、すぐに諦めて領主に報告に向かった」

「確かに、不自然な行動でしたね」

「護衛の戦士を何人も引き連れて、戦力がきちんと揃ってるんだ。取り返せる余地は十分ある。むしろ逃げてる連中の後ろに襲い掛かることだってできるんだ。なのに、追いかけもせずにすぐに見切りをつけた」

「そうだな。運んでいるのが領主の荷だ。奪われたら死に物狂いで取り返そうとするのが普通だろうな」

「だろ? ピロコロはもともと銀を取り返すつもりがなかったから、真っ先に言い訳しに向かった。そう考えるのが自然じゃないか?」

荷を奪われたことで動転し、正常な判断ができなくなったとは考えにくい。

奪われれば奪い返そうと思うのが普通だし、他の人間だって奪い返そうと行動するはずだ。

しかし、賊を追おうともせず、真っ先に領都へ移動ときた。

これはいくらなんでも不可解すぎる。

「……山賊が村に入ったあとは、村の人間を避難させつつ、銀を積んだ荷車のもとへ山賊を誘導する。だから、門の破壊、荷の盗難、撤退という一連の流れがやたらと早かった」

「それで彼らは仲間同士だった、ということなのですね?」

「ピロコロは銀を合法的に取得する調達役で、山賊はそれを運ぶ運搬役だ。そう考えれば、不可解な行動の辻褄が合うはずだ」

運搬している荷を紛失すれば、ピロコロに疑いの目が向けられるが。

それを賊に盗ませるという工程を挟めば、ピロコロに疑いはかからない。

荷を失い、お叱りを受け、罰金を取られる。

嫌疑はかけられず、軽度の罰則を受けてそれでおしまいだ。

その程度の処罰で高騰した品が手に入るのなら、安いものなのではないか。

運がよければまた銀を運搬する仕事に従事することだってできるのだ。

「じゃあギルズもそれか?」

「いや、あいつは違うと思う。山賊が村を襲ってからずっと一緒にいたし、ディートたちが来たあとはあいつらに監視されてた。そもそも俺たちにくっ付いていたってどうしようもないだろ? 捜査のかく乱だってできてない」

「意味のあることをしていないから、シロだというわけですね?」

「完全に別口ってわけか」

すると、カズィが眉をひそめ、疑問を口にする。

「だがよ、銀を手に入れるだけなのになんでそこまでするんだ? ただ銀が欲しいにしては、やたらと回りくどすぎるぜ? 銀が欲しいんなら、別で自分で買えばいい」

「それは……」

回りくどい。

確かにそうだ。

商人ならば、たとえ商品を高値で仕入れたとしても、利益が出る値段で販売すればいいだけだ。いまは需要があるため、高い金を払ってでも買いたいという人間はどこにでもいる。

ということは、銀を手に入れたのは、売買するのが目的ではないということだ。

そして、そこまで隠ぺいに徹しなければならない理由があったと見るべきだろう。

銀を必要としており。

銀を必要としていることを他人に知られたくない。

それがピロコロだというのは……どうにも考えにくい。

いち商人が、そこまでして銀を欲しがるはずがないのだ。

では、他にそれらの事柄が当てはまる人間がいるか。

いる。

それは、これまで不自然なほどにその名前が挙がった者だ。

「……ここからは状況証拠じゃなくて俺の推測がかなり混じるんだけど、いいか?」

そう言うと、従者二人は頷く。

「俺はこの一件、ナダール伯が関わってるんじゃないかと思う」

「ナダール……ポルク・ナダール伯爵ですね?」

「なんでだ?」

「これまでも、ナダール伯の名前が何度もチラついてただろ。俺たちがここに来た理由に、銀の買い占め話のことから、ディートの口から挙がった王太子殿下の視察。そしてさっきのピロコロの話だ。全部ナダールの名前が出て来た。それに、ナダール領はラスティネル領とも隣接している」

ポルク・ナダール。

あまりにその名前が出過ぎているのだ。

ここまで名前が挙がって、疑う余地がまったくないとは言い切れない。

「まず、ナダール伯が銀の買い占めを行っていたのが事実だってことは、ギルドの調べで裏が取れてる。どうしてかはわからないが、ナダール伯は銀を欲しがった。いまもまだ欲しがっているかどうかはわからないけど」

「まだ必要としている可能性は、なくはないと」

「ああ。だけど、これまであまりに大っぴらに買い占めを行ったせいで、噂になり過ぎた。しかも役人が入って取り調べまでかかったせいで、これまでのように表立って買い付けができなくなった。だからここで一計を案じたわけだ。商人と山賊を用意して、そいつらに銀の取得と運搬を任せるようにする。合法的に銀を入手ないし確保させて……紛失したというのは不自然だから、あくまで山賊に盗まれたってことにすれば、銀の行方をくらませられるだろ?」

「確かにな。買い付けできないなら、盗み出すしかないだろうな」

そして、

「山賊が毒を隠し持っていたのはそれが理由だ。背後に地位の高い人間がついていたから、それを取り調べられないように自害する。間諜とかってそうだろ? 情報を喋るくらいなら死を選ぶ……って感じで」

「つまり、あれは山賊ではなく、ナダール伯の手の者だったと?」

そうだ。毒を飲む理由は、拷問で背後関係を調べられないようにする……というのが、理由として最もしっくりくる。

本当にナダール伯の手の者なのかはまだ不明だが。

少なくとも、背後に大きな何かがなければ、取り調べ前に自害などはしないはずだ。

「銀の産出が普通なのに、不足しがちなのはそれが理由だ」

「ラスティネル領だけでなく、周辺の銀山でも盗難の被害に遭い続けている。だから、王都の役人は途中で銀がどこに流れているのか追い切れなくなった……」

「なるほどな。領主たちも山賊に盗られましたなんて話、正直に報告したくないしな」

「そうだ。なるべく情報を遅らせたり、本当の数字を濁したりして、その間にどうにか解決しようと考えた。で、ディートたちがその捜査をしていた。ナダールが関わっているのかをディートたちが知ってるかどうかはまだわからないけど」

「あの様子じゃ、捜査にかなり本腰入れてたからな」

この世界、ある程度地位を持っている人間はたいがい有能だ。

有能な人間を固めて編成した部隊に一定の権限を持たせれば、自ら動くなり、人を使うなりして、解決してくれる。

あとは銀を取り返しさえすれば、供給も安定し、値段ももとに戻る。

そうすれば、無理に自分たちの失態を報告しなくとも、問題は解決だ。

だがそうなると当然、背後関係にたどり着くのが遅くなってしまう。

役人は、銀の行方を掴み切れず。

領主たちは、山賊を捕まえればそれで終わり。

盗まれた銀の行きつく先がどこなのか、推測しようとする立場の人間はどこにもいない。

だからこそ、何が起こっているのか気付きにくい。

……お役所仕事の穴と、地方領主と王家の関係を利用した、いやらしい手だ。

ナダール側には、ずいぶんと奸智に長けた者がいることになる。

本当にこれが事実だとするならば、だが。

しかしもしそうなら、ナダール伯はこちらが考えている以上に銀の量をため込んでいる可能性がある。

問題は、ナダール伯が一体それをどうしているのかだ。

軍備拡充のために使用する。

当然それが、いの一番に挙がる理由だろうが。

――なにも、自国の物資を求めるのは、自国だけではないはずだ。

「…………!」

ふと、いつか自分が口にした言葉が、頭の中に蘇る。

それはここに来る前、スウと話をしたときに自分が口にしたものだ。

相手の情報を得るため、友好関係を構築する。

そうなれば当然、商品の売買などを行うこともあるだろう。

だがもしそれが行き過ぎてしまったとき、果たしてどうなるだろう。

「やっぱりナダール伯は、他国に……帝国に銀を横流ししてるんじゃないか?」

ナダール伯は、帝国への横流しを行っている。

そう考えれば、しっくりくるのだ。

ナダールは帝国と、銀を含めた禁制品の取り引きを行っていた。

もしそのことをネタに帝国から強請られれば、ナダールはどうにかして銀を手に入れ続けなければならない。

この世界で、銀は戦略物資だ。

男の世界の石油のようなもので、どこも欲しがり、常にこれに困っている。

現在二つの国との戦争を抱えている帝国がこれを欲しがるのは、ごく自然なことだろう。

「それも、考えられなくはないですね」

「だな」

ともあれ、ノアとカズィにそんな推理を披露したところで。

「……ま、さすがにそれは考えすぎかぁ」

一度、頭を休めるように、椅子の背もたれにもたれかかる。

いろいろと理由を詰めたが、改めて考えると、確証に乏しく、推測が多すぎた。

これで、

『ピロコロが山賊とグルだ』

『裏で糸を引いているのはナダール伯だ』

……などと断定するには、性急にすぎるというもの。

男が、読み物が好きだったということもあるが、あまりに深読みし過ぎな面に偏り過ぎている。

結局そんな風に、冗談めかすような結論に入った折。

ふと、ノアが口もとに笑みを浮かべる。

「いえ、なかなか面白い話だった思いますよ?」

「そうか?」

「そう説明されると、そういった可能性はあると思いますし、むしろ高いのではとも思えます」

「お前って顔に似合わず悪いこと考えるのが上手いよな。小火騒ぎ起こして脱出とかよ。お貴族さまらしくねぇぜ? キヒヒッ」

「悪かったな……ったく」

三人でそんなことを話していた、そのときだった。

「――いやーほんま執事のにぃちゃんの言う通りや、なかなかおもろかったわ」

突然、どこからか聞き覚えのある声がかかる。

それは、特徴的なイメリア訛りの入った若い男のもの。

気付けば、横合いから気配。

背もたれに体重を預けて椅子を揺らし、テーブルに行儀悪く足を乗せていたのは――

「ギルズっ……」

そう、領都までの道のりを同道し、領都に入った直後に別れた、チューリップハットの男だった。

手の中で銅貨を弄びつつ、揺り椅子のようにゆらゆらさせる姿は、長らくそうしていたような落ち着きぶり。

「……っ、いつの間に」

「おいおい……いまのいままでいなかったじゃねぇか」

ノアが弾かれたように立ち上がり、自分を庇うように前に出る。

カズィも警戒のため、携行品に手をかけた。

「いやこれな、ワイの数ある特技の一つでな……いやいやお二人さん、飯屋で荒事は勘弁やって。ワイは何もせんから。ただアークス君とお話がしたいだけやから」

二人が臨戦態勢を取っても、飄々とした態度を改めないギルズ。

そのまま携行していた剣を床に置いて両手を挙げて、反抗の意思はないとのポーズ。

そんな彼は、ノアとカズィが躍りかかってこないのを確認した折、また話し始める。

「にしても、銀の行方はナダール伯爵から帝国へ、か。せやけど、ここで銀の行方を伯爵に結び付けるんは、ちょーっと無理あるんちゃうか? 伯爵が悪いの前提で考えとる節があるで」

「かもしれない。お前の言う通り、他の貴族や領主、大きな力を持った商人が関わっているってこともあり得る。だけど、そもそもそんな物売りに出したら必ずどこかで足が付く。ただの盗賊じゃ絶対に盗るべきものじゃないし、それでも盗るってことは……盗った後にそれを始末してくれるくらい有力な誰かが付いてるはずだ。それに」

「それに?」

「王太子殿下が視察に向かうって時点で、ナダールには疑惑があるだろ?」

「確かにそうかもしれへんな。疑う理由にはなるか……そんで、ナダール伯爵は銀を手に入れたあと、帝国にうっぱらう、もしくは横流しすると?」

「そうだ。そうすれば王国内では行方をたどれないはずだ。相手が帝国なら、足がつくこともない」

「なるほどなぁ……よう考えとるわ」

ギルズはそう言って納得したような声を出すと、なにを思ったのか。

「そんでなんやけどな、アークス君はこれからどうするんや?」

「どうするって……」

「ピロコロはんと山賊がグルやった。なら、世にのさばるそんな悪党どもを成敗するんかなと思って?」

「そんなこと、できるわけないだろ……」

ギルズの過激な想像に、ため息を返す。

そう、たとえそれが事実だったとしても、自分にはどうしようもないのだ。

いまのところすべて憶測だし、当たり前だが自分たちが動くようなことではない。

動くべき者たちがいる手前、自分たちが調査するなどお門違い。

勝手なことはできないのだから。

「じゃーここでアークス君に質問や。ナダール伯爵は銀を横流ししとるのがバレたら、一体どうするやろな?」

「バレたら……まず保身に動くだろ? 横流しなんかする奴だ。罪を軽くするために動いたり、弁明したりする」

「せやろな。しかも取り調べには王太子殿下が直々に来るって話や。せやけどもし、ナダール伯爵がその選択肢を取らんかったら、どないすると思う?」

「ナダール伯は……」

なにをするだろうか。

戦略物資の横流しは、王家に対する明確な裏切り行為だ。

処罰はどうしたって免れないし。

まず減刑がなされることはなく、死罪を言い渡されるだろう。

現状、ナダール伯は追い詰められている状態にあるはずだ。

そんな状況で、果たして大人しく捕まるだろうか。

考えながらに、口を動かす。

「逆に、殿下を討つ……?」

「ほうほう。そんで、討った後はどうするんや?」

「王太子殿下の首を手土産にして、帝国に寝返る……」

「おお怖っ! 怖いこと考えるなぁーアークス君は」

可能性を導き出すことだけを一番に、上の空で喋る中。

ふと、ギルズに乗せられていることに気が付いた。

ハッとして顔を上げると、そこにはにやにやとした笑みを殊更に深める男が。

まだ戸惑いの抜けきらない自分に対し、さらなる訊ねを重ねてくる。

「――で、そうなったら、何が起こるんや? はよ答えて欲しいな」

それは、早く核心に迫れとでも言うような物言い。

なんなのだ。この男は。

「……殿下を討つのか捕まえて交渉するのかはわからないけど、そうなれば王国は全力を挙げてナダールを潰しにかかる。だから、ナダール伯は戦争を見越して、あらかじめ、麦や塩を買い込んで、それに備えている……っ」

「これは……」

「おいおい……」

「アークス君が言った通り、やっぱり『あらかじめ』なんやろなぁ……」

ギルズはそう言って、くつくつと笑い出す。

そして、

「それで、話は戻るんやけど、アークス君はこれからどないするんや?」

「ッ、これだけ符合して。無関係だって放っておくのは、危機感が足りなすぎる」

「せやろなぁ」

「お前っ……」

「そう睨まんといてや。ワイはアークス君の頭の中整理すんの手伝っただけやん」

確かにそうだ。

ギルズとのこの会話がなければ、ここまで早く核心にたどり着くことはなかっただろう。

だが、この男は本当になんなのか。

あまりの不審な行動に、警戒心がやたらと高まる。

すると、ギルズはおもむろに立ち上がり。

「そんじゃ、おもろい話聞かせてもろうたお礼に、アークス君にはいいこと教えたるわ」

「いいこと?」

「ピロコロはんな、いまは、領都北の倉庫におるで。なんや見たことあるおもろそうな連中と一緒にな」

「――!?」

驚きを顔に出すと、ギルズは怪しげな笑みを向けてきて

「どや? なんやおもろそうやろ?」

「ギルズ。お前、いつピロコロが怪しいと?」

「そんなモン最初っからや。そんで、確信したんは運搬の許可証を見せてもらったときやな。よくできた偽モンやったで。ま、賊と繋がってるっちゅーことまでは見抜けんかったけどな」

それが、どこまで本当なのか。

ピロコロの行き先を掴んでいる時点で、可能性の一つとして考慮していたのではないか。

警戒を緩めずにいると、ギルズは悪だくみを囁くように。

「なあ、証拠を押さえるには、いましかないんやないか?」

「なんでそうなる?」

「だってそうやろ? 問題はピロコロはんが手に入れた銀を一体どうやってナダール領まで運ぶか、や」

銀は重く、嵩張る。

運ぶには相応の労力が必要だが。

ここには、荷車で運ぶよりも楽な方法がある。

「川を使ってここまで持ってきて、次の仕事の荷物だって言ってナダールに運ぶのか……」

「せやろなぁ。それが一番自然やし、一番簡単かつ安全に運ぶことができるっちゅー寸法やな」

領都の北には物資運搬、流通のため、倉庫街が設けられている。

それは河川を利用した運搬を行うためのものだが。

ピロコロがここにいるということは、銀もまたここにある可能性がる。

それを考えるならば、確かに、罪を暴くには、いましかないのかもしれない。

……どうするのか。

ギルズはその答えを聞くつもりはないのか、入り口の方を向いた。

「ま、頑張り。影ながら応援しとるで」

そして、背中越しに手をひらひらさせて、去って行く。

まるで、これから自分たちがどうするのか、わかっているとでも言うように。

そんな男の背を、眺めていると。

「あ! せや! 重要なこと忘れとったわ!」

「一体どうした?」

「刻印具の取り引きの件な、よろしゅう考えたって欲しいんや。今度はアークス君が欲しがりそうなモンたーんと持ってくるさかい」

またそれか。

「……わかった。都合のいいときに俺のとこに来てくれ」

「さっすが! 話しがわかるわー。アークス君大好きやでー」

「気持ち悪いからくっつこうとするな」

さっきの得体の知れなさは一体どこへ行ったのか。

踵を返して、抱き着こうとしてくるギルズ。

唇をすぼめて迫って来るおちゃらけた男に、しっしと追い払う素振りをすると、彼は逃げるように去って行った。

……妙な商人、ギルズ。

不審さが際立ち、警戒しておくに越したことはないが。

この男と繋がりを持っておくのは、良きにつけ悪しきにつけ、必要なことなのかもしれない。

そんな風に考えていると、ノアが、

「それで、アークスさま。これからどうなさいますか?」

「貴族として禄を食んでいる身としては、動くしかないだろうな」

「さっきの野郎が吹いてるってことは考えねぇのか?」

「ギルズが俺たちをハメる理由がみつからない。そもそも踊らせるだけなら、あんな話にする必要はないしな」

そして、

「……ノアとカズィは先に北の倉庫に行ってくれ。俺は援軍連れて来る」

「援軍? 誰だ?」

「ディートたちだよ」

「ああ、なるほど」

「そうですね。ことを起こすには、必要でしょう」

ここはラスティネル領内だ。

いくら有事とはいえ、了解も得ずに勝手な真似をするわけにはいかない。

ならば、ディートに声をかけるのが肝要だ。

三人頷き合い、動き出したのだった。