軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第47話:金融防衛戦 〜「預金」による自発的な金銀回収〜

京都・室町第の奥深く。

日野富子は、うず高く積まれた宋銭と金銀の山を前にして、美しい眉をひそめていた。

「薫子。旦那(義政)の 付加価値(ブランド) を使うて、大名どもの余剰資金を幕府に吸い上げるのはええ手や。せやけど……」

富子は煙管の先で、銭の山をコツンと叩いた。

「そもそも市中に溢れかえっとる物理的な『銭』の量そのものを減らさんと、明日にも跳ね上がる米や大根の値は止まらんやろ? このバカげた銭の量は、どうやって減らすつもりや」

富子の問いかけに、薫子は静かに扇子を広げた。

「おっしゃる通りでおじゃります。市中の銭を回収し、二度と外へ出さぬよう幕府の金庫へ『封印』せねばなりませぬ。……そこで、かつて私が山科庄と堺の間で用いておりました『手形』の仕組みを、本格的に用いまする」

「あの紙切れのやり取りか。あれを日の本中に広げるっちゅうんか」

「はい。幕府はこれより、次のような御触れを出しまする。『大名や商人が異国で得た金銀財宝、ならびに莫大な銭を、幕府の堅牢な金庫にて安全にお預かりいたす。代わりに、日の本はおろか、 新羅府(カリブ) や明国の拠点でも大口の支払いに使える、幕府公認の信用手形をお渡ししよう』と」

薫子はさらに言葉を重ねる。

「そして、この手形には『持っているだけで、半年に一度、わずかな利子がつく』という特約をつけるのでおじゃる」

富子はハッと息を呑み、そして腹の底から感嘆の声を漏らした。

「……なるほどな! 強奪するんやない。預金っちゅう利便性と利子で釣って、自発的に銭を封印させるんやな!」

***

数日後。

先行組として明国ルートを牛耳る大内政弘の広大な屋敷では、家臣が頭を抱えていた。

「御大将! また蔵の床が抜けましたぞ! 明国から持ち帰った生糸を売って得た銭が多すぎて、もはや屋敷に置ききれませぬ!」

「ええい、やかましい! 別の蔵を建てよ!」

「それが……大工の賃金も跳ね上がっておりまして、容易には建ちませぬ! その上、これほどの銭を置いておけば、夜盗に狙われる恐れもござりまする。毎夜、大勢の兵に警護させる飯代だけでも馬鹿になりませぬぞ!」

莫大な富を得たは良いが、当時は重い「銅銭」や「金銀の塊」が主流である。

それを物理的に保管し、あるいは別の商いのために遠方へ運ぶための労力と防犯の費用(警備費)は、大名たちの大きな悩みの種となっていた。

そこへ、幕府からの『御触れ』が届いたのである。

「な、なんじゃと……? 幕府が我らの銭を安全に預かり、紙切れ(手形)に替えてくれると申すか?」

大内政弘は、届けられた御触れ書きを食い入るように読んだ。

「しかも、この手形ならば堺の港でも、遠き明国の拠点でも、銭の束と同じように大口の支払いに使えると……。おまけに、持っておるだけで利子が増えるじゃと!?」

家臣が興奮気味に進言する。

「御大将! これは渡りに船でござりまする! 蔵の銭をすべて手形に替えましょうぞ!」

「うむ……! 幕府の金庫ならば夜盗に襲われる心配もないわい! さすがは富子様、我ら商いをする者の苦労をよう分かっておられる!」

***

一方、莫大な借金を抱える細川勝元や山名宗全の陣営でも、この手形制度は歓迎されていた。

「これならば、幕府への莫大な借金の返済も、重い銭を運ばずに紙切れ一枚渡すだけで済むわい! 次の航海の仕入れ金も、手形ならば嵐で船が沈んでも懐に残る!」

「重い銭など持っているのは愚か者のすることじゃ! 幕府の手形こそが最も安全で、最も利にさといわ!」

誰もがこぞって、蔵に眠る現金や金銀を、次々と幕府の直轄施設(中央銀行の原型)へと運び込んでいった。

強制的な搾取など一切ない。

彼らは「自分自身の財産を守り、増やすため」という極めて合理的な理由で、自発的に現金を幕府の金庫へと封印していったのである。

***

京都・室町第。

続々と運び込まれる莫大な金銀と銭の山を眺めながら、薫子は一人、会心の笑みを浮かべていた。

『ひゃっはー! 計画通り! これぞマクロ経済の真骨頂、「公開市場操作」と「預金準備」の合わせ技よ!』

手形という「紙」はあくまで大口の商いや異国での信用決済のためのものであり、京の市中で大根や米を買うために直接使われることは少ない。

市中から物理的な「銭」の絶対量が急速に吸い上げられたことで、熱狂していた市場は急速に冷え込み、狂ったように上がり続けていた日用品の価格はピタリと上昇を止めた。

「見事なもんやな、薫子。都の物価が、みるみるうちに落ち着いてきよったで」

富子が、安堵と感心の入り混じった顔で帳簿を閉じる。

「ええ。ひとまずは、国が内側から破裂する危機は脱しました。なれど……」

薫子の目は、まだ鋭い光を放っていた。

「これで終わりではおじゃりませぬ。市中の銭は減りましたが、武将たちの帳簿の上には、まだ使い切れないほどの『莫大な手形の残高(購買力)』が残っておりまする」

薫子は扇子をパチンと鳴らした。

「いよいよ第二段階。義政様の 付加価値(ブランド) を用い、彼らの帳簿上の富を、骨の髄から幕府へと吸い上げさせていただきまする」