軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話:細川商事 vs 山名物産 〜血を流さない代理戦争〜

帳簿地獄の宣告から数ヶ月後。

東シナ海の荒れ狂う波をかき分け、巨大なガレオン船団が二手に分かれて猛烈な速度で南下していた。

かつて京都の市街地で血みどろの殺し合いを演じるはずだった細川陣営と山名陣営は、今や舞台を果てしない海に移し、バチバチの「経済戦争」を繰り広げていた。

さらに彼らを過酷な状況へと追い詰めていたのは、「安全な寄港地(補給港)の欠如」である。

洛外の野戦で幕府に刃を向けた敗軍の将である彼らは、すでに幕府に恭順した先行組(畠山や斯波)に近場の安全な港をすべて押さえられていた。

さらには、明国ルートを牛耳る大内や、香辛料の主要港を押さえた先行組から、続々と莫大な利益が幕府へもたらされているという報告が彼らにも届いていた。

それが、かつて天下の覇権を握りかけた彼らのプライドをズタズタにし、耐え難い焦燥感で心臓を焼き焦がしていたのだ。

水や新鮮な食糧の補給すら満足に行えず、彼らは休むことなく未知の沖合を強行軍で進み続けるしかなかった。

「細川の船団より先にルソンへ着けぇっ!! 香辛料を根こそぎ買い占めるのじゃ!!」

山名宗全は、大きく揺れる甲板の最前列に仁王立ちし、鬼の形相で水夫たちに怒号を飛ばしていた。

その目は赤く血走り、かつて戦場で敵の首を求めていた頃よりも遥かに獰猛で、切実な光を放っている。

「御大将! 風が弱まっておりまする! このままでは細川の快速船に追い抜かれますぞ!」

「馬鹿者! 風がないなら櫂を出して漕げ! ここで細川に遅れを取るなど、天下の山名家にとって末代までの恥辱と思え! いち早く異国の富を根こそぎ奪い取り、我らの武威を世界に見せつけるのじゃ!! 一番乗りを果たした者には、恩賞として銭を山ほどくれてやる! 死ぬ気で船を進めい!!」

部下たちの前では、勇猛果敢な無敵の提督として吠える宗全。

しかし、彼が背中に隠すように固く握りしめているのは、刀ではなく「算盤」であった。

『くそっ……! ここで細川に遅れて買い付け価格が跳ね上がれば、利幅が減って幕府への利子が払えなくなる! そうなれば、我ら山名家は一族郎党すべて路頭に迷うのじゃ……絶対に負けられん!』

表向きの天下人のプライドと、裏に抱えた破産への強迫観念。

生き残るための焦りと、宿敵にだけは絶対に負けたくないという武士の意地が、彼らを狂気的な航海へと駆り立てていた。

もはや彼らの頭の中に、他国の領地を武力で奪うという発想はない。

いかに早く仕入れ、いかに高く売るかという執念だけが、潮風と共に渦巻いていた。

***

一方、別ルートを進む細川勝元の旗艦でも、全く同じような死闘が繰り広げられていた。

「山名に後れを取るな!! 我らは琉球を経由して、南方の砂糖の利権を是が非でも死守するのじゃ!!」

勝元は、大きく揺れる薄暗い船室の中で、緻密な海図と分厚い帳簿と睨み合いながら、必死に算盤を弾き続けていた。

カチャカチャと響く算盤の音は、まるでかつての戦場に響き渡った刀の打ち合いのようだ。

「砂糖は明国の絹に匹敵するほどの高値で売れる。山名の老いぼれが香辛料に群がっている隙に、我らが砂糖市場を独占すれば、幕府への返済を終えた上で莫大な利益が手元に残るはずじゃ……!」

幕府の厳しい掟により、「海上での武力衝突は即座にライセンス剥奪、すなわち全財産没収」と定められている。

そのため、どんなに憎くても大筒を撃ち合うことはできない。

彼らの戦場は「物流のスピード」と「現地の価格競争」という、極めて近代的なビジネスモデルへと完全にシフトしていた。

かつて「一番槍」を競って命を散らしていた荒くれ武士たちは、今や「一番乗りでの買い占め」に命を懸ける、狂える商社マンへと変貌を遂げていたのである。

***

京都・室町第。

海外から次々と届く詳細な交易報告書を前に、薫子は興奮のあまり頬を紅潮させ、息を荒くしていた。

「素晴らしい……! まこと素晴らしい働きぶりでおじゃる!」

薫子の目の前には、提督たちが血眼になって競い合うようにして持ち帰ってきた莫大な宋銭、極上の生糸、そして胡椒や丁子といった香辛料の山が、文字通り山脈のように築き上げられている。

むせ返るような異国の香りが、室町第の広間に充満していた。

「どないしたんや、薫子。えらいご機嫌やな。また悪い企みでもしとるんか」

呆れ顔で煙管を吹かす日野富子に対し、薫子は目をキラキラと輝かせて語りかけた。

「富子様! お分かりになりませぬか! 彼らは今、己の闘争本能のすべてを『外貨獲得』という極めて生産的な行いに注ぎ込んでいるのでおじゃる!」

富子は首を傾げながら、山積みされた富を眺める。

『これよ! ゼロサム・ゲームの不毛な領地争いじゃない。海の外から新しい富を無限に引っ張ってくる、究極のプラスサム・ゲーム! これぞ私が夢見た健全な資本主義の姿よ!』

薫子は心の中で快哉を叫んだ。

「武将どもの負けず嫌いと強欲さが、そのままこの日の本の富を雪だるま式に膨れ上がらせる原動力となっておりまする。もう誰にも、この国の経済成長は止められませぬわ!」

薫子の予言通り、武将たちの血を流さない代理戦争は、日本に空前の好景気をもたらそうとしていた。

誰も死なず、誰も飢えず、ただ富だけが無限に増え続けていく黄金の連鎖。

しかし、莫大な外貨の急激な流入が、やがて国家の根幹を揺るがす「インフレーションという未知の魔物」を呼び覚ますことになる。

大航海時代の真の恐ろしさを、この時の武将たちはまだ誰も知る由もなかった。