作品タイトル不明
73「立てこもったら突入じゃね?」
ルシファー・花子と水無月雲海のやりとりを聞いて言葉もない夏樹たちは、水無月家の奥にあるジムの前にいた。
「こちらで花子様がお待ち……といいますか、立てこもっているといいますか」
「立てこもりって何!?」
想像していなかった単語が飛び出してきて夏樹が驚く。
「花子様はもう花嫁修行は嫌だとこの部屋に逃げてしまいまして。結界を張ってしまったのです。さすがに天使の結界を我々がどうにかできるわけがなく。雲海もきつく指導し過ぎてしまったと反省しておりますし、惨事になった台所は澪と都が片付けております」
「台所でなにがあったんでしょうね!?」
(この間までシリアスだった水無月家が愉快になっちゃったなぁ。まあ、でも、笑っていられるならこっちのほうがいいか)
茅は困った顔こそしているが、最初に会ったときの思い詰めている雰囲気は微塵もない。
表情からも硬さが消えて、柔らかな印象を受ける。
おそらく、本来の水無月茅は今の姿なのだろう。
みずちという愛する神に娘を生贄に捧げなければならない環境が、さぞストレスを与えていたのだと思う。
「で、責任をとって親に出てきてもらったってことか」
「いえ、滅相もございません。サタン様にどうこうというつもりは微塵もございません。まさか私も雲海がサタン様の御連絡先を知っているとはつゆ知らず」
「でしょうねぇ」
スーパーで出会ったイケおじが魔王サタンとは誰も思うまい。
「……うちの娘が申し訳ない。土地神になることはふんわり聞いていたが、ご迷惑をおかけしたようだ」
「いいえ、土地神としていてくださるだけで、向島市のためになるのです。こちらこそ雲海が申し訳ございません」
(なんか授業参観で初めて会った親と親みたい。茅さんの場合は保護者じゃないんだけどさ)
「あのさ、とりあえず突入しよう?」
立てこもっているのなら突入だ。
以前、海外ドラマで見たことがある。
「夏樹、待って。おかしいおかしい。わかるぞ、この間見ていた海外ドラマだよな? わかる。わかるけど、ドラマでも最初は交渉してなかった?」
サタンが慌てて夏樹の肩を掴んでそんなことを言う。
しかし、夏樹は不思議に思う。
「だって、最後には結局交渉決裂して突入したじゃん。なら、最初から突入しようよ」
「一番重要なところ端折らないで!」
「……サタンさんってたまに魔王っぽくないよね」
「魔王も歳とったからね。若い頃のようにぶいぶいいわせられないんだよ!」
「……なんか悲しい」
「悲しまないで! とりあえず、小梅ちゃん。花子に一緒に声をかけよう!」
小梅は小梅ちゃんなのに、花子は花子と呼ぶサタン。
どちらを可愛がっているのかよくわかる。
「クソ親父……やっぱり俺様には姉はおらんのじゃが」
「まだその段階なの!?」
「なんなら一人っ子なんじゃが」
「一心と三郎の存在まで忘れちゃったの!? 一心なんてこの間あったばっかじゃん!」
「……ピュアなんぞいうキラキラした名前の兄などしらん!」
「知ってるじゃん!」
「次男なのに三郎なんぞいう兄も知らん!」
「覚えてるじゃん!」
「……花子ってマジで誰じゃ?」
「花子だけガチっぽい!」
「もう突入しようよ! 花子さんを倒して、温泉とサウナ堪能して帰るんだから!」
「夏樹ちゃん! 水無月家をそんな温泉施設みたいにいわないで! めっ!」
「……なんでお母さんポジションなんだよ。ぶっ殺すぞ」
「ガチギレ!? サタンさん最近の子よくわかんない!」
いくら魔王サタンとはいえ、夏樹と小梅をひとりでは抑えられないようだ。
見かねた一登たちが「まあまあ」と夏樹たちに待ったをかけた。
「助かったぜ、一登、銀子ちゃん、義政先生。マジで、千手を連れてくるんだった。俺には夏樹を抑えられねぇ」
「と、とりあえず、俺たちが夏樹くんを抑えておくから、その間に花子さんとお話をしてください」
「ありがとう」
「そういえば、花子さんって本当にサタンさんの娘なの? トイレの花子さんって可能性は?」
「ないだろ、さすがに!?」
「はいはい、夏樹くん、ちょっと黙ってようね」
一登が夏樹を羽交い締めにして引きずる。
「小梅さんもこちらにっす」
「うーん、本気で花子なんぞいう女知らんのじゃが」
まだ花子という姉の存在を思い出せない小梅は銀子に手を引かれて部屋から離れた。
「おーい、花子。俺だ、サタンだ! 立てこもってないで話をしよう! な!」
「うるさい! 私は年収二千万で、身長百八十センチのイケメン連れてくるまででてこないから!」
「…………いねえよ、そんな奴」