作品タイトル不明
16「ビッグネームが来たんじゃね?」②
夏樹は、小梅の父である魔王ことサタンをいつまでも庭に立たせているわけにもいかないので、茶の間に通した。
意外と礼儀正しい魔王は、白い革靴を脱ぐと、ちゃんと玄関に置きに行ってくれた。その際、しっかり揃えていたのが印象的だった。
「粗茶ではなくいいお茶です。どうぞ」
「おう、悪いな」
あぐらをかいて座るサタンの前に湯呑みを置くと、彼は嬉しそうにお茶に口をつけた。
湯呑みを持つ白人の中年男性という姿に違和感しかないが、なぜか様になって見えるのはサタンの所作ひとつひとつに品があるからかもしれない。
「クソ親父……クソ兄貴に続いておどれまで……なにをしにきたんじゃ!」
「相変わらず口の利き方が悪いな、小梅ちゃん」
「はよ答えんか!」
敵意むき出しにして小梅が怒鳴ると、やれやれ、とサタンが肩をすくめる。
(あー、サタンが堕天したせいで小梅って名前になったし、いろいろ思うことがあるようだから態度悪いのかぁ。でも反抗期の女の子って感じで、憎んでいるとか嫌悪しているとかはないみたいだから、ちょっと安心かな)
個人的には堕天したサタンも悪いが、一族にペナルティとして和名を強制したゴッドが一番悪いと思う。
「小梅がSNSにそこの坊主とイチャついている写真をアップしたせいで、馬鹿息子が大暴れするんじゃねえかって心配してきてやったんだよ。まさか仲良く談笑しているとは思わなかったぜ」
「談笑なんてしとらん! 用が済んだのなら、クソ兄貴を連れて帰れ!」
「そう言うなって、最後に顔を合わせたのは……五十年前じゃねえか。少しくらいパパとお話ししようぜ」
「だーれーがー、パパじゃ!」
小梅は拒絶反応を示しているが、サタンは慣れた様子で飄々としている。
ルシフェルは、関わらないようにお茶を飲んでいる。
夏樹は、借りてきた猫のように大人しくしている銀子に近づいて耳打ちをした。
「銀子さん、どったの?」
「い、いや、ありえねえっす。小梅さんのお父様ならそりゃサタン様なんでしょうけど、なんも感じないってありえないっすよ。霊力を持たない人間だって、何も感じないわけじゃないすから」
「やだなぁ、銀子さん。力を感じさせずに、戦いになったら相手に絶句させるのが面白いんじゃない」
「え? やだ、この子。怖い」
夏樹は懐かしむ。
かつて異世界で、自称強者に弱いふりをして近づき、散々馬鹿にされた仕返しに全力の魔力を放ってみせた。その自称強者は、夏樹にビビり失禁だけではなく脱糞してしまったのだ。
以来、魔力放出には気を遣っているが、力を隠すことにしている。
舐めた態度の相手が泣きそうになる顔を見るのは愉快だし、油断しているのならすぐに殺せるので便利なのだ。
「おう、わかっているじゃねえか。本当に強い奴っていうのは、力をひけらかさないんだよ。ゴッドみたいに常に後光を出して、ゴッドですがなにか、みたいな奴って俺は嫌いなんだよね」
「ゴッド全否定じゃん!」
「そりゃ、サタンだからなぁ」
「あ、そうかっ!」
はははははははは、と笑う夏樹とサタン。
サタンの力は相変わらず感じ取れないが、魔族のトップなのだからしょうがないと夏樹は割り切っている。
力の差があるのは分かりきっているが、最悪戦いになっても夏樹にだって隠している力はあるのだ。人間の意地を見せるくらいの覚悟はある。
もっとも敵意も何もなく、なによりも小梅の父だ。戦うなんてことはしたくない。
「なんでクソ親父と仲良くしてるんじゃ夏樹ぃ!」
「わかってましたけど、夏樹くんも大概バグってますね。メンタルオリハルコンっすか?」
夏樹とサタンが笑顔で会話するので面白くないと頬を膨らます小梅、割と引いている銀子。
「まさか父とこのように打ち解けることができる人間がいるとは……不思議ですね。人間は、まず怯えるところから始まるのですが」
そしてルシフェルは興味深そうにしていた。
「由良夏樹……だったよな」
「うん。よろしく」
「おう。にしても、由良か。どうにも俺は由良って家名に縁があるらしい」
「え? どういうこと?」
「いや、なに……待て、待て待て待て!」
由良という苗字になにか聞き覚えのあるサタンが、なにやら慌て出し、そして何を思ったのか、大きく鼻で深呼吸を始めた。
「――やはり、この香りは」
「あの、うちの茶の間で思い切り匂い嗅がないでください」
「堕天するだけあって、ちょっとおかしいっすね」
「父上……ちょっと引きました」
「クソ親父ぃいいいいいいいいいいいいいいい! お世話になっとるお家で気色悪いことするんじゃねぇえええええええええええええええええ!」
夏樹が頬を引き攣らせて、銀子とルシフェルが引き、小梅が絶叫した。
「あ、すまん。誤解だ、ちょっと話を聞いてほしい――」
弁明しようとするサタンだったが、夏樹たちはルシフェルを含めて距離をとっている。
物理的な距離もそうだが、心にも距離ができてしまった気がした。
サタンがなにやら言い訳を始めようとしたときだった。
「ただいまー。あらあら、靴がたくさん。お客さんかしらー?」
母春子が帰宅してしまった。
まずい、と夏樹が思うも、母を止める理由が咄嗟に思い浮かばない。
その間に、母が茶の間に来てしまった。
「まあまあ、お客さまがいらしていたなんて。夏樹のお友達かしら――あら?」
春子はサタンを見て、驚いた顔をした。そして、笑みを浮かべる。
あれ、と夏樹たちが首を傾げるよりも早く、母はサタンに近づいた。
「太一郎くんじゃない! どうしたの? もしかして、夏樹のお知り合い?」
「は、春子しゃん」
一同は絶句した。
それもそのはず、春子はサタンと知り合いだった。
どのような関係かはわからないが、ニコニコしている春子に対し、恥ずかしそうにもじもじしているサタン。
「あー」
考えたくないが、いろいろ察した夏樹はなんとも言えない声を出す。
「夏樹には前に話したことあったわよね?」
「え?」
「お母さんが通っている社交ダンス教室でパートナーを組んでいる太一郎くんよ。情熱的なダンスを踊られる素敵な殿方なの!」
「は、春子しゃん。そんなに褒められると、僕、照れちゃいます」
(母親がサタンと知り合いとか、社交ダンスでパートナーとか、サタンが恋する中学生みたいな反応だし、春子しゃんとか照れてるし、いろいろツッコミどころが多すぎてどこからツッコんだらいいのかわからない! あと、お母さんの人脈が怖い!)
混乱して目を白黒させる夏樹たちの中で、ひとり。小梅だけが、父親をゴミでも見るような目で見て、呟いた。
「きんもー」