作品タイトル不明
41「なんか勇者とか名乗ってね?」①
かつて夏樹の義父だった綾川誠司は、商店街で買い物を終えて帰路についていた。
最近は、仕事ばかりの日々を理由に娘から逃げていたが、とあるバーで外国人なのに太一郎という名前の男性と知り合ったことで、相談に乗ってもらい、娘と向き合おうとしていた。
しばらくの間、親失格だが食事さえ別だった。
金だけを渡し、好き勝手させている。そんな日々と決別し、まず一緒に食事を摂るところから始めてみようと思ったのだ。
「お、誠司くんじゃないか」
「太一郎さん!」
白いスーツの上にフリフリエプロンを身につけ、買い物カゴを持って買い物をしている魔王サタンことルシファー・太一郎は、友人である誠司を見つけて声をかけた。
「先日もごちそうさまでした」
「お礼はいいさ。なんだ、今日は買い物……夕食でも作るのか?」
「……はい。太一郎さんとマスターに相談に乗ってもらい、勇気づけていただきましたので、今日は娘と食事をしようと思いまして」
「一歩前進じゃないか」
少し緊張気味に答えた誠司の背中を、勇気づけるようにサタンが叩く。
「ありきたりですが、私が作った料理を食べてくれれば……会話がなくても一歩を踏み出せるのではないかと思いまして」
「わかるぜ。会話なんてなくても、一生懸命作ったご飯を食べてくれるだけで、気持ちは通じるもんさ。頑張れよ。娘さんと上手くいってもいかなくても連絡してくれ、良い酒を奢ってやるからさ」
「ありがとうございます! じゃあ、私はこれで」
「おう!」
友人に見送られた誠司は、娘が帰宅しているであろうマンションへ急いだ。
「――ただいま。杏、いるかい?」
事前にメッセージで、夕食を一緒に取ろうと連絡をしておいた。
もし、家にいなければ、親子の関係は修復不可能かもしれない。
「よかった。帰ってきてくれているみたいだね」
娘の靴があることを確認し、安堵の息を吐く。
杏も自分と向き合う気持ちが少しでもあることを嬉しく思った。
「待たせてしまったかな、買い物をしてきてね。久しぶりに、お父さんご飯を作ろうと思っているんだ。よかったら杏も……」
玄関で靴を脱ぎ、リビングに入りながら人影を見つけて声をかける誠司は硬直した。
「――杏?」
制服姿でリビングの真ん中にぼうっと突っ立っている娘がそこにいた。
何を考えているのか、もしくはなにも考えていないのかもしれない。
じぃっ、と天井を見上げて涎を垂らした姿はどこか異様だった。
「杏!」
不安を覚え大きな声を出すと、娘は父を見た。
濡れた口元を拭うと、今まで見せたことのない明るい笑みを浮かべた。
「パパ、おかえり」
「あ、ああ、ただいま」
誠司の心臓が早鐘のように動く。
娘に自身の不安を悟られないように、無理をして笑顔を浮かべると荷物をキッチンに置く。
「どうしたんだい? ずっと立っていたのかな?」
「あー、うん。なんだ、こんな時間だったんだね」
「杏?」
「ねえねえ、パパ。杏ね、今日とても良いことがあったの」
年相応に笑う娘に、一抹の不安が消えようとしていた。
だが、
「杏ね、とても強い力を手に入れたの」
今まで以上の不安が誠司を襲った。
「杏? 君は何を言って」
「杏ね、勇者になったの。神様に選ばれたの」
「なにかゲームの話かな?」
「違うよ、パパ。杏はね、欲しいものを全部手に入れることのできる力を手に入れたんだ」
「何を言っているんだい?」
誠司は杏ときちんと話をしようと思い、手を伸ばした。
だが、その手は娘によって弾かれた。
「駄目だよ、パパ。杏に触って良いのは、お兄ちゃんだけなんだから」
「――っ、杏……もう夏樹くんとは関わったらいけないよと、前にも言っただろう」
「ごめんね、パパ。でもね、お兄ちゃんったら、悪い女に騙されているんだもん。杏が助けてあげるの。杏がそうしてもらったように」
「杏!」
娘を叱りつけようと声を荒げるが、杏は誠司の怒声をどこ吹く風と歯牙にも掛けない。
「心配しないでね、パパ。杏がちゃんとお兄ちゃんのことを連れて帰ってくるから。母親面したあの女も、お兄ちゃんのお母さんだから……お姑さんとして受け入れるよ」
「やめなさい、杏。もうあちらの家に迷惑をかけてはいけない。何度もそう言っただろう?」
誠司は娘を諭そうとするが、声は届かなかった。
杏は無邪気な笑みを浮かべると、どこから取り出したのかわからない長剣を握る。
「な」
驚く誠司を鞘に入った剣を振るい殴打した。
「あん、ず」
崩れ落ちる誠司は、娘に必死で手を伸ばすが、届かない。
「ごめんね、パパ。でも、大丈夫。すぐにお兄ちゃんを連れてくるから、昔のように楽しい家に戻そうね」
杏はそう言い残すと、リビングを出ていく。
「ま、て」
玄関から外に出ていってしまう杏を追おうとするが、殴られたせいで脳震盪でも起こしたのか、上手く立てない。
誠司は、意識だけは失ってはならないと必死になって、ズボンから携帯電話を取り出すと電話をした。