作品タイトル不明
70「茨木童子きもくね?」
「……茨木童子……お前の目的はなんなん?」
安倍東雲は沸騰しそうなほどの怒りを覚えながらも、冷静だった。
ぶっ飛ばされた夏樹だが、屋敷に突っ込む間際にピースをしていたので心配はないだろう。
問題は、目の前にいる茨木童子と、彼女に掴まれている意識のない弟円だ。
「あら、しののんったら、いばちゃんって呼んでくれないのね」
「……自分の可愛い弟とその友達を襲った鬼になんで親しげに呼ばんとあかんねん」
「……それって、この話に関係あるの?」
「は?」
「だから! 今は、しののんと私の話をしているのだから、弟とかその友達とか他人は関係ないでしょう!」
「……関係なくはないやろ。血を分けた弟や。その弟の友達やで?」
弟の復讐のために数年の間、茨木童子と親しくするふりをしていた東雲にとって、家族をどうでもいいという発言が理解できなかった。
だが、そんな東雲の訴えも、茨木童子には理解ができなかったらしい。
「……ごめんなさい、しののん。言っている意味がわからないわ。私にも妹がいるけど、血だってわけているけど、どうでもよくない?」
そう言い放った茨木童子が、倒れている虎童子を蹴り上げた。
骨の砕ける嫌な音がして、虎童子が宙を舞う。
「虎童子!」
「くまくま!」
星熊童子と熊童子が悲鳴を上げるが、茨木童子の近くにいるせいか圧から逃れられず動けない。
地面に力なく叩きつけられるはずの虎童子を抱きしめて転がったのは、意識を失いかけていた七森千住だった。
「ちくしょう! なんで俺はこんなことしてんだ! ああもう!」
叫びながら、懐から回復術の刻まれた符を取り出し虎童子の腹部に当てる。
これは東雲が持たせてくれたものだ。
鬼との戦いのために用立ててくれたものを、まさか鬼を救うために使うことになるとは千手自身も思っていなかった。
「……お前の姉妹はちゃんと絆があるやん」
「弱者が群れているだけよ」
「前々から思っとったけど……」
「なぁに?」
「茨木童子……お前は冷たい子やね。見ていて悲しくなるわ」
会話の最中、小梅が円を茨木童子から奪おうと隙を窺っている。
祐介も意識を取り戻し、隙があれば攻撃をしかけようとしているが、その隙が茨木童子にはないのだ。
いや、違う。
隙だらけだ。
だが、それは強者だからの絶対的な確信だ。
この場にいる者に遅れなどとらないという、現れだ。
そこだけ見れば、茨木童子の強さへの自負は夏樹に似ているものがあった。
それだけにタチが悪い。
「冷たい……と鬼に言われてもね」
「せやね。鬼に期待なんぞしとらんから安心してええよ」
「ふふふ。拗ねないで。星熊童子たちなんてどうでもいいけど、しののんは特別よ。覚えている? あの日、しののんと初めて会った時のこと。あなたは、鬼である私に怯えず、真っ直ぐに見つめてくれたわ。――私の恋の始まりだった」
「……そりゃどうも、と言っておけばええんかな?」
東雲は、茨木童子と初めて会ったことをよく覚えていない。
弟が襲われたこと、その友人が死んだことをただただ悲しんでいたからだ。
小さいおじさんの雅也からすぐに茨木童子が元凶だと知ったので、復讐のために近づいたに過ぎない。
――とはいえ、ひとつだけ聞いておきたいことがあった。
「茨木童子……自分は聞きたいことがあるんよ」
「なあに? なんでも答えてあげるわ」
「あの日、なんで円を殺さんかった? なんで助けて安倍家に届けにきたん?」
「ああ、そんなこと?」
にこり、と微笑み茨木童子は当時を懐かしむように告げた。
「朝、占いを見ていたの」
「――は?」
「そうしたら、いいことをすると良い出会いがあるって言ったから、ちょっと良いことをしてみただけよ」
「……なめ、とんのか?」
「そんなわけないじゃない。偶然襲った子供が完全なる血統だった。食い尽くそうとしたけど、理性を総動員してやめたの。その理由は、良いことがあったからちゃんと良いことをしようと思ったから。円を助ける代わりに、酒呑童子を殺せと呪いをかけたわ。どうなるかみてみたかったかの。それだけ。ついでに、親切に安倍家を訪れたから強固な結界に覆われている安倍家の人間を食えると思ったのよね」
「……お前」
「誤算だったのは、しののんと出会ってしまったこと。そして、完全なる血統が私にとって効きすぎたことよ」
下腹部をさすりながら、茨木童子は嗤う。
「あの日、完全なる血統を食い殺したけど、すべて食わなかったのは本能だったのかもね。私たちを強化する血肉は摂取しすぎると毒になるわ。しののんと出会ってから、しばらくは肉体が強化されすぎて死ぬかと思ったのよ」
「そのまま死ねばよかったんにな」
「つれないわね。まあ、いいわ。夫婦になるのだからちゃんとお互いに理解は必要ですもの」
「……冗談やない」
心底嫌そうに東雲が唾を吐いた。
「私は選ばれた鬼よ? 酒呑童子よりも強く、美しい。見てごらんなさい、この愚図な妹たちを。人を食っても、犯罪者ばかり。力を得ることなど二の次で、人間側に気を遣っている。こんなの鬼じゃないわ」
「……そうやったんやね」
「私は完全なる血統にできるだけ近い人間を食って、食って、食い続けたわ。すべて、しののんのためよ」
「……ふざけるな」
「ふふふ。あの日、真っ直ぐに私を見れてれたしののんに運命を覚えたわ。しののんのために強い鬼となり、酒呑童子を殺し、京都を支配し、しののんに捧げるわ。京都だけじゃないわ。日本中を、いいえ、世界中を奪い、蹂躙し、支配し、しののんに捧げたいの。そうして、私としののんはみんなに祝福されながら結婚するの!」
「……あかん、この鬼……壊れとる」
会話の無駄を東雲は理解した。
茨木童子に大した理由はない。
鬼が鬼らしく、欲望に従い、気まぐれを起こし、欲望のままに行動した。
それだけのこと。
東雲は、鬼の鬼らしい行動に意味を見つけようとして、振り回されていただけだった。
飛んだ茶番である。
「――いやいや、重い! 重すぎ! というか、思考がきんもー! 世界中からご祝儀を奪おうとか図々しにもほどがあるから! 俺は一円も払わねえぞ、こらぁああああああああああああああああああ!」
からから、と嗤う茨木童子の背後に聖剣を構えた夏樹が立っていた。
茨木童子は焦ることも恐れることもなく、振り返り円を盾にする。
夏樹は気にせず聖剣を振るった。
「――ま」
東雲が止める前に、聖剣が円ごと茨木童子を斬った。
「デンジャラスマモンマモンハイパーウルトラキョウトタワーアグレッシブフラッシュジャパニーズフジギャラクシー河童勇者――Z斬り!」