作品タイトル不明
65「急なラブコメじゃね?」①
「酒呑童子の娘虎童子が相手とはな。全くどうして、裏家業ってのは、物騒でおっかないぜ」
そんなことを言いながら、飄々とした態度の千手に、虎童子は牙を剥いた。
「いいなぁ! 鬼を、あたいらみたいな上位の鬼を見て、ビビらねえとか嫌いじゃないぜ!」
「こっちは、神様だ魔族だのを数日の間に嫌というほど見たからな! もうお腹いっぱいで、やべえ鬼くらいじゃもう驚けねえから!」
「それはそれで腹立つな! よし、てめえはぶっ飛ばして、家の改築要因にしてやる!」
「俺は関係ねえだろ!」
虎童子は、苦い顔をして叫んだ千手に向かって跳んだ。
千手の懐に入り、拳を握り締め、放つ。
反射的に後ろに跳んだ千手の顎を、虎童子の拳がかすめて、風がうなりを上げた。
同時に、千手の顎が鋭利な刃物で切ったように裂け、血が吹き出す。
「おっと。こりゃやべえな。やっぱり鬼と真正面から喧嘩なんてするもんじゃねえ。佐渡の喧嘩を見たせいで、つい勘違いしそうになったが、あいつもあいつで由良ほどじゃねえがおっかねえからなぁ」
「……うん。あいつはおっかねえよ。怖さレベルだと茨木童子よりもこええ!」
「……きっと俺のおっかない、と、あんたのおっかないは違うんだろうなぁ」
由良夏樹はもちろん、佐渡祐介と比べて七森千手の肉体的なスペックはあくまでも標準の範囲だ。
魔力で身体を強化する前であれば、鍛えている千手に軍配が上がるだろう。
だが、戦いとなると、殺伐とした異世界で勇者をやっていたような規格外とは、力が違いすぎた。
(俺ももう少しわかけりゃ嫉妬くらいするんだろうが……嫉妬できないほどやべえっていうか、もう壊れてて見ていて悲しいっていうかさぁ。異世界こわぁ)
きっと夏樹と祐介は千手が想像するよりも大きな代償を支払ったゆえに、現在の力を持つのだろう。
同じことをしたいとは思わない。
何よりも、下手にそんな力を持つせいで神や魔族のビッグネームに認識されたくない。
凡人は人間の中で生きていくに限るのだ。
「鬼もおっかねえ、勇者もおっかねぇ。いやはや、凡人の俺には持て余すなぁ」
「弱気だな。降参するならしてもいいが……あたいの目が確かなら、てめえは強い」
「酒呑童子の娘さんにそう言ってもらえるのは光栄だねぇ」
「そうやって飄々としていればいいさ! あたいは、あたいの好きなように喧嘩をするだけだ!」
虎童子が地面を蹴る。
地面が陥没し、再び風が唸る。
本来ならば、上位の鬼である虎童子の動きを認識することは、人間である千手には難しかった。だが、虎童子は性格的な理由なのか、愚直に真っ直ぐ向かってきた。
――ならば、『そこ』は千手の領域だ。
「――止マレ。動キヲ、止メヤガレ」
上位の鬼を絶対的に停止することは千手には無理だ。
しかし、一分、いや数秒で構わない。
それだけの時間があれば、鬼を殺す手段を持っている。
「な」
「悪いな、俺は魔眼持ちだぜ」
身体の動きが止まり絶句する虎童子に、千手が不敵に笑った。
油断はしていなかった。
だが、想像を超えたことが起きた。
「ちょ、ま、止まれねえ!」
「は?」
虎童子は間違いなく停止した。
声を出せるのは、虎童子が上位の鬼だったからだろう。
しかし、地面を蹴って跳んだ虎童子の肉体が止まっても、その動きまで止められない。
――つまり。
肉体が停止されたせいでそのまま飛んできた虎童子と千手が思い切り、激突した。
さらに追い討ちをかけるように、その衝撃で、ふたりの唇まで激突したのだった。
「いやあぁあああああああああああああああああああああああああ!」
そして、なぜか大地の勇者佐渡祐介が絹を裂いたような悲鳴を上げた。