作品タイトル不明
42「名前が広がっていくんじゃね?」
――京都某所。
茨木童子は、自らの拠点に戻ると、妹たちに出迎えられた。
「あ、姉ちゃん、おかえりなさい」
「姉貴、おかえり」
「べぁあああああああああああああああああああああああ!」
星熊童子、虎童子、熊童子に茨木童子微笑む。
「ただいま、可愛い妹たち。変わりはない?」
「変わりっつーか、なんつーか」
「どうしたの、星熊童子?」
酒呑童子の長女が茨木童子なら、次女が星熊童子だ。
鎧と籠手を身につけながら、素肌の露出が多い、二十代後半の赤褐色の髪を持つ褐色の女性だ。
目つきは悪いが愛嬌のある顔をしている。
そんな星熊童子の額からは一本の角が生えていた。
「金童子が死んだぜ。あー、なんだっけ、名前はよくわからないけど、ギャラクシー河童勇者にやられたようだぜ」
「……またギャラクシー河童勇者ね。しののんから名前を聞いてもよくわからなかったけど、金童子を殺せるくらいの力が持つ人間が京都に来たわけね」
はぁ、と茨木童子はため息をついた。
金童子の死を悼むことはない。
弱い鬼は死ぬ。それだけだ。
金童子は、五人弟妹の中で一番弱かった。いつか死ぬだろうと思っていたが、長生きした方だろう。
「金童子なんてどうでもいいわ。まったく、あいつのせいで私まで弱いと思われてしまったらとても不愉快ね」
「どうする?」
「京都にギャラクシー河童勇者が来ているようだから、捕まえて情報を吐かせてから八つ裂きになさい」
「おう!」
にいっ、と笑うと茨木童子は嬉しそうに拳を鳴らした。
「安倍家との話し合いはどうなった? 愚鈍な当主は、こちらの条件を飲んだの?」
「飲んだ飲んだ。力を貸す代わりに、人間を襲ってもいいってさ。ったく、あたいら鬼は本能で人を襲うが、あいつらは本能で汚えことを考えてるのかねぇ。気持ちわりぃ」
吐き捨てたのは、虎童子。
金髪を伸ばし、額から二本の角を伸ばした長身の女性だった。
武装している熊星童子に対し、虎童子は武装はせず袴姿だ。
「つーか、姉貴さ。安倍東雲と会ってたんだろ?」
「ええ」
「あいつはどうするんだ? 安倍家は、協力するって言ってるんだから、あいつはもう用済みだろ。鬼よりもやべえ霊能力者なんていらねえだろ。食うなりなんなり――」
虎童子の声が止まった。
否、彼女自身が止まった。
息ができず、声も出せない。指一つとして動かせない。
それは星熊童子、熊童子も同じだった。
「――口に気をつけろ」
茨木童子が静かに、しかし、これでもかと殺意を込めて小さく呟いた。
たったそれだけのことで、姉妹であるはずの鬼たちが恐怖で動けなくなる。
「彼は私のものだ。私が大切に大切にしてきた、愛する人だ。彼と対峙することがあれば、喜んで殺されろ。お前たちの命など、彼の前ではないと思え」
能面のような顔をしている姉に対し、謝罪も言い訳もなにもできない。
ただ、茨木童子に殺されませんように、と姉妹は祈った。
――恐るべきことに、彼女たちが知る酒呑童子よりも今の茨木童子の力は上だ。
酒呑童子は強い鬼だったが、怖くはなかった。
鬼らしい鬼であり、尊敬はしていた。
だが、茨木童子は違う。
ただただ怖い。
力を求めることをやめた酒呑童子に対し、茨木童子は強さを求め続けた。
幾人も人間を食い、妖怪を食い、魔を食い、神を食った。
酒呑童子を超えた力を手に入れた茨木童子は、数年前にさらに格別に強くなってしまう。
「……ふう」
茨木童子が小さく息を吐き出すと、硬直していた鬼姉妹が硬直から解放された。
その場に膝をつき、「はっ、はっ」と肩で息をする。
「ごめんなさい。少し頭を冷やすわ。私ね、彼が運命の人なの。初めて愛した人なの。唯一身体を許してもいいと思えた人なの。だからね、彼以外の安倍家の人間なんていらないわ。利用価値があるから放っておくだけ。いいわね」
「は、はい」
「わかり、ました」
「べあああ」
妹たちの返事を聞くと、満足そうに頷き茨木童子は拠点の奥へ消えた。
残された姉妹は、姉に殺意を向けられた怒りを安倍東雲に向けようとして、やめた。
「ギャラクシー河童勇者めぇ、ふざけた名前をした奴が京都に来るから姉ちゃんの機嫌が悪いじゃねえか! 絶対に許さねぇ!」
「どこの河童だかわからねえが、ぶっ殺してやる」
「べぁあああああああああああああああああああああああああ!」
代わりに、とんでもない方向に怒りを向けるのだった。