作品タイトル不明
35「イベントが無くね?」③
「なに見てん――むぐ」
好奇の視線に晒された夏樹が、何も考えずに文句を言おうとすると都によって口を塞がれた。
「余計なことを言わないようにしてください」
「むぐぐ」
夏樹が頷くと、都が手をゆっくり離してくれた。
「えっと、俺の席は」
「おーい、由良。ここ、ここだよ!」
「あ、ども」
都に手を振り、空いている席を指差してくれる男子生徒の後ろの席に鞄を置いて座った。
大変ありがたいことに、一番後ろの窓際だ。
眠るにはベストポジションだった。
「教えてくれてありがとう、山本くん」
「いや、誰だよそれ! 俺は片岡だよ!」
「申し訳ない。異世界に召喚されて勇者として無双していたせいで、記憶が曖昧で」
片岡くんは良いツッコミをすると、人懐っこい笑みを浮かべた。
彼は癖っ毛を伸ばした、明るそうな雰囲気だった。
「由良も異世界系好きなんだ? ちょっと意外だな」
「異世界は嫌いだよ。異世界人って、最悪じゃね? 日本人誘拐して戦わせるとかさ、しかも未成年だよ? 少年兵かよ!」
「あ、うん。そういう意見もあるよな。ま、まあ、娯楽としてはいいじゃん」
「……そりゃ娯楽なら、ね」
「意味深な言い方するな。あははは。由良は面白いな。俺はずっとクラスが違うから、その、ほら死んだ三原と幼馴染みって聞いていたからちょっと嫌な奴かなって思っていたんだけど、良い奴そうでホッとしたよ」
「え? 三原って……ああ、あいつか。あいつに比べたら、みんな良い奴だって」
「そりゃそうだ。ところでさ」
「うん?」
片岡くんは、夏樹に小さく好奇心の込められた声で尋ねてきた。
「あのさ、男子バスケ部が女子バスケの女子とやりたい放題だったから廃部になったんだけどさ、それチクったのって由良?」
「うん。俺」
「すごいな……マジかぁ。男子バスケ部ってほぼ全員がやることやってた癖に、由良のこと逆恨みしているみたいだから気をつけたほうがいいよ」
「ありがとう。でも、なんかまーくんとかいう変なのにもう絡まれちゃったよ」
「まーくんって、もしかして間宮じゃね? うわー、あいつなんか面倒臭そうな先輩とつるんでるって話を聞いたことがあるんだけど、大丈夫だったのか?」
「へーきへーき。股間蹴ったら大人しくなったよ」
「……由良、やべえな!」
「そうかな? 挨拶みたいなもんでしょ」
「そんな挨拶はねーよ」
その後、片岡くんと話をしていると、近くにいた男女問わず生徒が話に加わってきた。
なんでも女子バスケ部は廃部こそならなかったが、今年は公式の試合に出れないそうだ。
三年生の女子は泣いていたらしい。たったひとりの女子生徒のせいで、大変だ。
女子からは恨まれていないようだが、男子生徒が本気で夏樹をどうこうしようと考えているらしい。
夏樹としては、喧嘩を売ってくることが面倒臭いので、二度と自分に関わりたくないと思わせるくらいのサービスをしてあげようと思っている。
そもそも、不純異性交遊を楽しんでいたのだから、リスクくらいわかっていただろうに、と思わずにはいられない。
人間、あれもこれも、といういいとこ取りはできないのだ。
女子生徒もかなりおしゃべりで、優斗のことを聞いてきたのだが、夏樹としては異世界召喚されたせいであんな奴どころの騒ぎではなかったので、奴に関する記憶がすぽーんと抜けてしまっている。
面倒臭いことに巻き込まれた記憶だけは残っているが、優斗がクズであったこと以外の記憶はないに等しい。
女子生徒曰く、今まで気持ちが悪いほど「優斗くん優斗くん」と言っていた女子たちが、急に口を噤み、性格が変わったように大人しくなり、ひどい子だと悪口を言い始めていたのだが、そんな折に急に優斗が亡くなったので驚いたという。
だが、最後に男女揃って「こんなこと言いたくないけど、死んでくれてよかった」と言っていたので、よほど嫌われていたのだろうと思う。
「はい、席に着きなさい。ホームルームをはじめ――由良くん。久しぶりですね」
「あ、はい。ご迷惑おかけしました」
「いえいえ。勉強頑張ってくださいね。受験生なのですから」
「はい」
担任教師が入ってくると同時に、生徒たちがそれぞれの席に着く。
夏樹がいることに気づいた教師が笑顔を浮かべてくれたので、夏樹も笑顔で返す。
声から心配してくれていたのが伝わってきたので、少し嬉しかった。
「じゃあ、ホームルームを始めます」
久しぶりの夏樹の学園生活が緩やかに始まるのだった。