作品タイトル不明
2「暑い時は素麺じゃね?」
朝食の後に二度寝をした夏樹は、昼になって再び茶の間に戻ってくる。
「おう、遅かったんじゃな」
「……常々思っていたけど、小梅ちゃんも銀子さんもお酒を飲んで寝る割には生活リズムは規則正しいね」
「ちっちっち、甘いっすね。お酒を飲んでいるからこそ、生活リズムが規則正しいっすよ」
「ごめん、意味わかんない」
小梅と銀子はテーブルを布巾で拭き、お皿を出してお昼ご飯の準備をしていた。
「……もうお昼ご飯か」
「寝る子は育つと言うが、随分と寝ておったのう。それでも……全快じゃないんじゃな」
「わかる?」
「わかるに決まっとるじゃろう。おかしいのう。勇者は一晩寝ると全快するはずなんじゃが」
「……小梅さん、それはゲームの世界だけっす。いえ、実際の勇者の回復力を知っているわけじゃないっすけど」
よく眠ったが、小梅が見抜いたように夏樹は全快していなかった。
異世界でアマイモンと戦った時に、今できる全力以上の力を出したせいもあるだろう。
また、星槍さんがゴッド預かりになってまだ帰ってこないこともあって、力が不安定だ。
その状態で、美脚の神や祝福の神と戦ったこともあり、夏樹の体調はイマイチだ。
元気ではある。
日常生活を送るには元気すぎる。
しかし、勇者としては力が戻っていない。
そんな感じだ。
「ほらほら、喋ってないでお昼にしようぜ」
「わーい、素麺だー!」
「今日は暑いからな。さっと食べるにはちょうどいい。薬味も用意してあるからたくさん食べてくれ」
「なんじゃ……素麺か。もっと手の込んだもんを作らんかい」
「小梅ちゃん……そんなモラハラ夫みたいなこと言わないで! 素麺みたいなシンプルな調理が必要なほど技術が求められるの! 昔、おばあちゃんの家に遊びに行ったときに出てきた素麺が美味しかったでしょう! サタンママもその境地を目指しているんだから!」
「俺様におばあちゃんはおらんわ! あと、サタンママとかキモすぎじゃろう! 昼飯食う前に食欲をなくすようなことを言うのはやめんかい!」
小梅とサタンのやりとりはどこか微笑ましい。
数年振りどころではないほど会っていなかったようだが、そういう雰囲気はない。
長い時間を生きる天使と魔族にとっては、人間には長い時間も瞬く間な時間なのかもしれない。
「あれ? お母さんはどこか行ったの?」
「春子さんは一登の家だ」
「一登の?」
サタンが教えてくれたが、夏樹は首を傾げた。
「三原優斗が亡くなっただろう。まあ、自爆らしいが。事情を知る一登はさておき、ご両親は事故死ってことで片付いているからな。親しい関係でもあるからと春子さんがお話をしに行っているって前に言っただろう」
「……三原、優斗? 何者だ?」
「…………サタンさん、夏樹のそういうドライなところ嫌いじゃないぜ」
「……俺様もじゃ」
「……私もっす」
「じょ、冗談だって! 勇者ジョーク! 勇者ジョーク! 優斗くんだろう! 小学生の頃、一緒にウサギの飼育係だった……あれ? 確かそれは吉野崎さんだった気が」
夏樹には三原優斗が思い出せない。
だが、気にはならなかった。
「まあいいや。素麺食べよう!」
「……深掘りはしないぜ。さて、味の感想を聞かせてくれよな。つゆも市販じゃなくて、昆布と鰹節のお出汁に、醤油とみりんでちょっと甘めにしたぜ」
素麺は氷水には入っておらず、水を切って盛り付けられていた。
錦糸たまご、煮た椎茸を食べやすいように切り分けている。
薬味は、定番のネギに、生姜、みょうが、大葉が並んでいる。
一口サイズに切ってめんつゆに浸したトマトと、食欲をそそるキムチも用意されていた。
「……サタンさん、きっと素敵なサタンママになれるよ」
「へへへ。よせやい、照れちゃうだろ」
夏樹とサタンはめんつゆの入ったお椀を軽く当てた。
「サタンさんの瞳に乾杯」
「夏樹の瞳に乾杯」
「きんもー!」
昨日に引き続きイベントのない休日が始まる。
――と、思っていた。