作品タイトル不明
25「気に入られたんじゃね?」①
「じゃあ、お母さん、お友達のところ行ってくるわね。買い物してから帰ってくるから、お昼はみんなで食べててね」
「はーい。行ってらっしゃい」
「春子さん、お留守は僕に任せてください!」
「いや、帰ってよ」
アルフォンスが朝食代わりに作ってくれたスムージーを豪快に一気飲みした春子は、約束があったことを思い出し、身支度を整えると慌てて出かけていった。
春子を玄関で見送るのは夏樹と、サタンだった。
「あのさ」
「なにかな、息子よ」
「さすがにぶっ殺したくなってきたぞー」
「サタンを前にビビらずそんなことが言える人間も少ないんだがな。まあいいさ。少し真面目な話をするか」
夏樹が頷くと、茶の間に戻ろうとしたサタンが足を止める。
茶の間では「味噌汁が薄いんじゃ!」とお怒りになられている小梅と、「しっかり出汁をとっているからそれでいいんだよ!」と睨み合うアルフォンスの声が聞こえてくる。
あまり真面目な話をする空気ではない。
「お前さんの部屋に行くか」
「……だね」
仕方なく、夏樹の部屋に移動する。
部屋に入ると、まずサタンはベッドの下を覗いた。
「エロ本なんてねーから! 小梅ちゃんと銀子さんと同じことすんなよ!」
「すまん、すまん。男の子の部屋にくると、つい、な。うちの長男も次男もそっち方面にあまり興味がないみたいでな。親としてはつまらん。まあ、次男の場合は、ベッドの下から解体新書が出てきたときには焦ったが」
「なんで解体新書?」
「その辺は話すと長いからまたの機会にしようぜ。さてと、由良夏樹。夏樹と呼ばせてもらおう。俺のことはサタンと呼んでくれて構わないぜ」
「わかったよ。太一郎さん」
「……おい」
「冗談冗談。いいじゃない、太一郎っていい名前だと思うよ?」
「それはそれ、これはこれ、だ」
はぁ、とため息を吐かれてしまう。
サタン的に、夏樹のように気さくに接してくるような人間はあまりいないのだろう。少しペースを崩されているような感じだった。
「とりあえず、小梅の話だ」
「うん」
「アルフォンス・ミカエルは負けたってことで婚約者候補から外す。俺とルシフェルの目の前で敗北したといえば、まず文句は言わせねえ。小梅を特別可愛がっているガブリエルあたりは文句を言うだろうが、それはお前には関係ないから気にするな」
「オッケー」
「……ノリが軽いな。おじさん、ちょっと若者のノリについていけないかもしれん。お前さん、俺が怖くないのか?」
「うーん。小梅ちゃんのお父さんだし?」
夏樹よりもサタンのほうが強い。
それは間違いない。
もちろん、サタンの本当の意味での力は不明であるが、夏樹もすべての力を出しているわけではない。特に、まだ中学生の夏樹は身体への負荷を最低限にするためにいくつかの制限をかけている。
それでもきっとサタンには勝てないだろうと思うが、戦う前から負けた気になるのもちょっと悔しい。
だが、サタンが強かろうと小梅の父親であることは変わらない。
ならば、怖がる必要はない。
「ふ、ふ、ふはははははは。いいぞ。春子さんの息子だからではなく、ひとりの男として由良夏樹。お前のことが気に入った。お前が死ぬ時、俺が直々に迎えにきてやろう。そして、魔族に転化させ、俺の側で働かせてやる」
とても良い笑顔をサタンは夏樹に向けた。
「死んでまで働きたくないなー」
「それは社会に出てから言え。夏樹がその力を持って社会にちゃんと出ることができるのか不安はあるが、数年先のことを考えても仕方がないだろうさ」
「その内、力も制御するから平気ですよー」
「ならいいさ。それで、小梅の話に戻るがな、神界はアルフォンスが最大の結婚相手だったから、当面は問題ない。だが、面倒臭えのが魔族だ」
ベッドに腰掛けるサタンは、後退気味の額を撫でる。
「小梅は天使だが、魔王の娘だ。嫁にして力を得ようとする奴もいるし、俺への人質にしようとする奴だっているだろう。まあ、その辺はいいさ」
「いいんだ!」
「いいんだよ! 俺が一番懸念しているのが、小梅が利用されることだ。サタンの後ろ盾を得ることや、人質って意味じゃねえ。小梅の力は夏樹もわかっているだろう? あの子が子を産めば、当たり前だが控えめに言って高い潜在能力を持つ子が生まれるだろう。小梅と、その将来的に生まれる子を利用されるのは父親としては面白くない」
「もしかして、そんなお馬鹿なことを考える魔族がいるの?」
「いる」
「へぇ」
夏樹は心の中の殺すリストを捲って、名を書く準備をした。
「幾人かいるが、一番面倒なのがマモンだ」
「マモン? あー。あの、マモンか。そういや最近マモンってないなーって思っていたんだよね。はいはい、マモンマモン」
「知らないなら知らないって言っていいぞ?」
「知らないです」
「だよな。俺ほどじゃねえが、強い魔族だ。強欲を司る魔族だが、気が小せえ癖に強かでな。欲しいものは必ず手に入れる野郎だ」
「そのマモンが小梅ちゃんを?」
サタンは首を横に振り「違う」と否定した。
「奴が欲しいのは魔王の座だ。そのために小梅を娶り、利用しようとしていやがる」
「殺せば?」
「企むのは自由だ。実行しない限りは殺せない。クソ野郎でも魔族の幹部だ。俺が手を下すことはできない。いや、できるが、他からの反発が出てくる」
「よくわからないけど、わかった」
魔界の事情も魔王の苦労も人間の夏樹にはわからない。
だが、夏樹はマモンの名を殺すリストの最上位に書いた。
「とりあえず、俺がマモンをぶっ殺せばいいんだね?」
獰猛な笑みを浮かべた夏樹に、サタンも唇を吊り上げて笑った。