軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話「最初は友達からで!」

廊下の角を曲がったところで、後ろから声が聞こえてくる。リリアーナだった。走ってきたらしく、息が乱れていた。

「待って! レイン、待ってよ!!」

俺は立ち止まり、振り返った。

リリアーナの目には、涙が浮かんでいた。

「なんだよ」

「なんだよって……! 三年間よ? 三年間、一緒にいたのよ? それなのに、こんな終わり方ってないじゃない!!」

「婚約破棄を先に言ったのはそっちじゃないか」

「あれは……あれは勢いで! 本気じゃなかったの! ねえ、もう一度だけ話を聞いて。あなたがそんなにすごい人だって知っていたら、私だって——」

「……あー」

俺はしばらく考えた。

「知っていたら、ってことは、知らなかったら同じだったってことだよね」

リリアーナの言葉が止まった。

「俺が普通の無能のままだったら、婚約破棄のまま終わっていたと思う。たぶん、それが正直なところでしょ」

「違う、違うわよ! そういうことじゃなくて——」

「俺はあなたのことを嫌いじゃなかったよ。でも、好きでもなかったし、終わったのも事実」

「レイン——!」

「じゃあ、ごゆっくり」

俺はまた歩き出した。

後ろからすすり泣きが聞こえた。それから、地を踏む音。追いかけてこようとしたのかもしれない。でも、足音は遠ざかっていった。

隣でセレフィーナが、静かに歩いている。

「……よかったんですか」彼女が小さくそう言って、尋ねてきた。

「何が?」

「あのまま突き放して」

「突き放したつもりはないんだけどな。ただ、事実を言っただけで」

セレフィーナは少し黙って、それから小さく笑った。

「……そういうところが、好きです」

「そういうところも何も、俺は大したことはしてないはずなんだがな」

「怒らないし、意地悪もしない。でも、自分の筋だけは曲げない。私があなたに惹かれた理由の中の一つです!」

俺にはよくわからなかったが、褒められているらしいので、黙っておくことにした。

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後日談として聞いた話がある。

カイル殿下は婚約破棄の法的手続きを踏んでいなかったことが問題になり、学園長に呼び出されて国際法上の問題点を一時間かけて説明された。

内容を一言でまとめると「今回の宣言は法的に無効であり、仮に本件が竜王国に伝わった場合、外交問題になりかねない」というものだ。

殿下はその日の午後から、別人のように大人しくなった。と、周囲の生徒たちは噂していた。

リリアーナは翌日、正式な婚約解消の申請書を提出した。らしい。俺のもとには何も届かなかったので、ちゃんと通ったのだろう。

そしてその約一ヶ月後——エヴァンス侯爵家が、国際水利権の管理失敗を理由に領地の一部を没収されるという沙汰が出た。

話によれば、侯爵家が管理していた川の上流に不正な堰が造られており、それが去年の氾濫の一因だったと判明したらしい。

去年の大雨の夜、俺が直した川の流れを、誰かが改めて調べた結果——そういう話になったようだ。

ちなみにカイル殿下は、リリアーナとの関係も自然消滅したらしい。実績のない人間を選んだという判断が、殿下の家臣たちの間で評判を落としたそうだ。

リリアーナにとっても殿下は「肝心な時に逃げようとした人」といういう印象になってしまったようで、両者の縁はそのまま静かに終わった。

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一週間後。

俺は屋上のベンチで弁当を食っていた。

婚約破棄の一件以来、中庭の端の席は落ち着かなくなった。視線が増えたからだ。同情ではなく、好奇の目で。それが嫌で、人の少ない屋上に逃げてきたのだが......

「——ここにいらしたんですね」

扉が開いた。セレフィーナが入ってきたのだ。今日は走っていない。でも急いでいたのか、髪が少しだけ乱れていた。

「毎日ここにいらっしゃるんですか?」

「いるよ。一人で食べたいからね」

「……一人が好きですか」

「好きというか、慣れてます」

「そうですか」

セレフィーナはそれ以上は聞かずに、隣に座った。当たり前のように。手に弁当箱を持っている。なぜか俺の分も入っていた。

「もしこの弁当を受け取ってくれなかったら、少しはしたないかもしれませんが、私は下の階に行って、あなたに泣かされたと大騒ぎします!」

「よくもそんなでたらめを......」

かといって、これで本当に泣かれでもしたら、俺への目線がより肥大化するに違いない。こいつはそれをわかって、言っているのだろう。

……本当に芯が通っているやつだな。

俺は差し出された弁当箱を受け取り、開けてみると、想像の数倍は豪華だった。一口、箸を口の中に運んでみるとーーー

「……美味い」

「よかった」セレフィーナは小さく微笑む。ほんの少し、安堵したかのような顔だった。

「……なんで俺なんですか」俺はもそもそと食いながら、そんな疑問を口にする。「あなたなら、もっと立派な相手がいるでしょうに」

「立派さは関係ないのです」セレフィーナはきっぱりと言い切る。「あなたが好きなので!」

「まったく......なんで俺なんかのことが好きなんだ」

「単純な理由ですよ。三年前、助けてくださったからです!」

彼女はそう言った後、少し真剣な顔になった。

「一つだけ聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「あなたはよく、人助けをしています。なぜ、そんなことをするのですか?誰かに頼まれたわけでもないのに......」

俺は少し考えた。

「……困ってたら、助けたくなるじゃないか」

「普通は、知らない人の馬を止めようとして、蹴られるかもしれないと思ったら、向かう足が止まりませんか?」

「あー、でも蹴られなかったよ。うまく避けたからね。結果よければ全てよし!」

「蹴られる前提で動いていたんですか」

「そうだな、足の向きを見てたら大体わかるし——」

「え.....向きって読めるんですか?」

「俺もあんまりわかってないんだけど、こう、なんか、感覚?でわかる感じ」

「……〝感覚〟」

セレフィーナがそっと額に手を当てた。なぜだろう。しばらくそのままでいたと思ったら、顔を上げてまっすぐに俺を見た。

「あなたは本当に、とんでもない方です。でも——全然ご自分では気づいていない」

「何にだよ」

「ご自分がどれほどすごいか、ということにです!」

「すごくないぞ。普通も普通。そこらへんにもよくいる、平凡な男と言えば俺だからね」

「全然普通では、ないんですよ!」彼女はまっすぐに俺を見た。目が少し、柔らかくなっていた。

「まあ、でも——そういうところが、大好きなんですけどね」

俺は空を見上げると、雲が気持ちよさそうに流れていた。

少し間があいてから、俺は口を開く。

「……竜族の番って、どういうものなんですか」

セレフィーナは少し驚いた顔をして、それから、ゆっくりと笑った。

「一生で一人だけ決まる、魂の伴侶です。決まったらもう変わることはありません!」

「何で決まるんですか」

「魂が惹かれ合う、としか言いようがないですね。でも竜族には、わかります。出会った瞬間に、それこそ“感覚”的に!」

俺はなんと言えばいいかわからず、しばらく空を見ていた。

「……あの」

「はい」

「結婚はまだちょっとわからないが」

「…………」

「とりあえず、昼飯を一緒に食べるとか、友達になるとかまでなら許してやる......」

しばらく間があった。

それから、セレフィーナが小さく息を吸う。

「——本当に、いいんですか!?」

「いいですよ」

「……やった!」

ぼそっと静かに言い、体の中心で小さくガッツポーズをする。同時に、声が少し震えていることが見て取れた。

「声が小さいな」

「今は……うまく声が出ないので」彼女はそっぽを向いたが、耳まで真っ赤になっているのがよくわかった。「あとで、家に帰ったら叫びます!」

「叫ばなくてもいいだろ」

「いえ、絶対に叫びます!この喜びを、私の内にだけ秘めているのは勿体無いですからね」

俺はため息をつく。

そこで、自分でも気づかない間に——口の端が、少し上がっていたことに気づいた。

なんだか、悪くない気分だ。久しぶりに、ちゃんとそう思うことができた。この感覚は、リリアーナといても得ることはできなかっただろう。

「あ、そう言えば!急なんだけど一ついいかな」

「はい?なんでしょうか?」

「ーーーー俺、実は死神の紋章、完全に使いこなせるんだよね」

「..........え!?」