作品タイトル不明
第22話「もしかして、俺って結構やばい......?」
セレフィーナが封筒を持ってきたのは、ゼルドが連行されてから一週間ほど経った朝だった。
いつも通り、俺は中庭の泉のそばで土をいじっていた。
昨夜少しだけ地脈の流れが重かったので、周囲の石を並べ直していたのだ。放っておくほどではない。しかし、なんとなく気になる。そういう違和感を見つけると、昔から放置できなかった。
土に触れていると、魔力の流れや構造が整っていく感覚がわかるからか、どこか落ち着く。
そんなことを考えていると、校舎の方から小走りの足音が聞こえた。
こんなところに来るやつは一人しかいない。そう思って顔を上げると.......
やはりセレフィーナだった。
銀色の髪を揺らしながら、少し息を切らせてこちらへ向かってくる。普段の彼女は姿勢も歩幅も綺麗で、急ぐ時ですら慌てた感じを見せない。それなのに今日は違った。
その胸には、革製の封筒が抱えられている。
厚みがあり、中に複数枚の紙が入っているのが外からでもわかった。
「……届きました」
少しだけ弾んだような、まるで小さい子がお目当てのお菓子を買うことができた時のような、そんな声色。
「ウー◯ーイーツは頼んでいなかったはずなんだがな........何が届いたんだ?」
「竜王国からです!」
セレフィーナは俺の前まで来ると、封筒を大事そうに両手で差し出した。
「以前、お話しした写本の件です。父上に頼んで、古文書館から取り寄せてもらいました!」
そこで、俺は手を止める。
脳裏に浮かんだのは、学園長室で読んだあの古い写本。
“死神紋章を持つ者は、生きている間ずっと——”
あそこで文章は途切れていた。
続きがあるかもしれない。そう言っていたのを思い出す。
「……あの、続きが書いてあるかもしれないって話だったやつか」
「はい」
セレフィーナが静かに頷いた。
「かなり古い写本なので、解読が難しい箇所もあります。でも——」
彼女はそこで少しだけ目を細めた。
「続き、ありました!」
風が吹き、泉の水面が揺れる。
俺はしばらく封筒を見つめてから、ゆっくりと受け取る。
思ったより重かった。この重さは、単に紙の重さだけではない気がした。
「……開けても?」
「あなたのことが書いてある文書です」
セレフィーナは真っ直ぐ俺を見る。
「あなたが開けるべきです」
「まあ——そうだよな」
留め具を外し、中から出てきたのは数枚の羊皮紙だった。
古い匂いがする。
まるで時間そのものを閉じ込めていたみたいな、乾いた匂いだった。
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場所を屋上へ移すと、午前の風が気持ちよかった。アイラはまだ来ていない時間帯で、屋上には俺たちしかいない。
空が広かった。
俺はベンチに腰掛け、羊皮紙を広げる。文字は細かく、古い字体だった。ところどころ滲み、掠れている。
それでも——読めた。
不思議と、こういう古代語は感覚的に理解できることが多い。
ーーー理由はわからない。
しかしながら、昔からなぜかスラスラと読むことができたのだ。
「……読んでいくぞ」
「はい」
セレフィーナが隣で静かに頷いたのを皮切りに、俺は羊皮紙へ視線を落とし、声に出して読んだ。
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——生きている間ずっと、世界の声を聞き続ける。
地の底の嘆きも、空の果ての乱れも、水の流れの歪みも.......全て、その者の耳に届く。
これは呪いではない
これはーーー“役割”である
この紋章の本来の名を、我々は【冥境の門印】と呼ぶ。
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そこまで、俺は読むのを止めた。
「……冥境の門印」
小さく呟く。
死神紋章じゃないその名前が、妙に頭に残った。
「竜王国の古文書では、一貫してその名称で記録されています」
「死神紋章、ではなく?」
「死神紋章という呼び名は、現代の人間たちが恐れてつけた俗称です。本来の名は——冥境の門印」
俺はもう一度、その文字を見た。
冥境。
門印。
まるで最初から、誰かを拒絶するための名前じゃなかったみたいだった。
「……続きを」
「どうぞ」
俺は再び視線を落とした。
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冥境の門印を持つ者は、世界と世界の境界に立つ
生者と、そうでないものの境界、安定と、崩壊の境界......
その者が歩いた場所の地脈は整い、その者が触れた流れは本来の姿へ戻る。
古の愚者たちは、この力を制御不能と記した
だが、それは誤りである
この紋章は術者を選ぶのである。選ばれた者にとって、これは“扉”となる
扉は——開けた者にしか、正しく機能しない
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読み終えた瞬間、妙な感覚が胸に残った。
「……術者を、選ぶ」
「はい」
セレフィーナが頷く。
「竜王国の最古の記録では、冥境の門印は“世界が乱れた時、それを正せる者のもとへ現れる”とされています」
「世界が乱れた時に......?」
「そうです」
「……それが、俺だと」
「記録上は」
彼女はそこで少し言葉を選ぶように間を置いた。
「そういうことになります」
俺は黙った。
正直、実感は薄かったからだ。世界を正す、なんて........
そんな大層なことをしているつもりはない。
「…...少しお前の国の文書は大袈裟すぎやしないか?」
「大げさなどではありません」
セレフィーナの声は静かだった。でも、真っ直ぐと芯の通っている、確信めいた声。
「あなたは“なんとなく気になるから”という理由で、地脈を直し、川の流れを整え、封印を安定化させてきました。でも——その全部が、放置されれば大災害になっていた可能性があります」
「そんな大袈裟な......」
「泉の地脈もです。北棟の封印も。以前あなたが直した川の流れも。——全部、です」
俺は羊皮紙を見下ろした。
そこに書かれている内容と、自分のやってきたことが、妙に噛み合っていた。
だからこそ逆に、落ち着かなかった。
「……続き、ありますか」
「ありますが......」
セレフィーナは次の頁を指先で示した。しかし、その前に少しだけ表情を曇らせる。
「ただ……少し、重い内容です」
「重いってのは一体.....?」
「それはあなたの目で確認すべきことです」
彼女は一瞬だけ迷うように視線を伏せ、それから静かに言った。
「心の準備は、しておいてください」
そのセレフィーナの声を聞いた時、先ほどの文章を思い出す.......
世界が乱れた時、それを正せる者のもとへ現れる
ーーもしかして、俺って結構やばい存在かも......?