作品タイトル不明
第166話 ミュリエル先輩
ニーナの仕入れが終わった時にはすでに16時を過ぎていた。
「さて、では、そろそろミュリエル先輩のもとに行きましょうか」
店を出ると、ニーナが提案してくる。
「ああ。そうだな。どこにいるんだ?」
「町の北の方にある【ささやきの宿】だそうです。案内します」
俺達はニーナを先頭に町を歩いていく。
「しかし、ニーナちゃん、買ったねー。持ち運びが大変そう」
硝石だけでも魔法のカバンに入りきらないらしいからな。
「その都度都度で馬車を借りることになるわね。まあ、人手がいるから大丈夫」
カルロとミュリエル先輩か。
「頑張ってねー」
「ええ」
俺達はその後も人の多い町中を歩いていくと、【ささやきの宿】と書かれた看板がある宿屋の前までやってきた。
「ここか」
「普通の宿ですねー」
3階建ての宿屋であり、特別良いわけではないが、悪くもない一般的な宿だ。
「2人はここで待っていて。ちょっと声をかけてくるから」
ニーナはそう言って、宿屋に入っていく。
「大丈夫ですかねー? いきなり襲ってくるとかないですかね?」
「大丈夫だろ。カルロとニーナを信じよう」
俺達はその場で待つ。
すると、宿屋からニーナと共に長い金髪を1本に結んだ女性が出てきた。
学生時代より髪が伸びているが、ミュリエル先輩で間違いない。
「はじめまして。レスターです」
「エルシィです」
「ウェンディでーす」
俺達は後輩なので先に挨拶をする。
「うん。ミュリエルだ……あれ? 今、人形が動かなかったか? しゃべらなかったか?」
ミュリエル先輩が目をこすった。
「あ、この子は使い魔なんですよー」
エルシィがいつものように説明する。
「どう見ても人形なんだが……」
ミュリエル先輩は納得していないようだ。
「ミュリエル先輩、そんなことよりも話をしましょうよ」
ニーナが諫めた。
「それもそうだな。すまんが、私の部屋は散らかっているので公園で話そう。あっちに広場があるんだ」
ミュリエル先輩が右の方を指差す。
「そうしましょうか」
俺達は右の方を歩いていく。
すると、噴水や芝生が綺麗な広場に出た。
「憩いの場って感じですねー」
「そうだな。イパニーアの王都を思い出す」
あそこほど広くはないが、人は多く、皆、楽しんだり、休んだりしている。
俺達は公園の施設のテーブルについた。
俺とエルシィが並んで座り、対面にミュリエル先輩とニーナが座る形だ。
「改めまして、魔法学校で2個下だったレスターです。当時1年でしたが、ミュリエル先輩のご活躍は有名でしたし、何度かお見かけしたことがあります」
改めて挨拶をする。
「そうか。私も君を見たことがあるな。図書館の一角が我々庶民に解放された時、真っ先に図書館に向かった男子だ」
すぐに行ったね。
「学びが大事だと思っていましたので」
これは今も変わらない。
「それは素晴らしい心がけだ。なんでも宮廷錬金術師になったらしいな。さぞ優秀な錬金術師なんだろう」
うん。
「努力の甲斐がありました」
「そうだな。しかし、それを辞めて、今は国外か」
「はい。やはり貴族と上手く付き合えませんでした。私もエルシィも孤児で家族がいませんでしたし、いっそ別の国でアトリエを開こうと思ったんです」
当たり前だが、エリクサーのことは言わない。
「ふむ……2人は恋人同士か?」
「結婚しましたね」
「それはおめでとう。イラドに追われているようだが、私は君達を報告する気はない」
カルロが言ってた通りだな。
「ありがとうございます。ミュリエル先輩も密偵を辞められるそうですね?」
「ああ。さすがにもうやってられない。私はランスの王都が良かったんだ。でも、今回のことでもうあそこにはいられない。おそらく、今度は別の国に行くことになるんだろうが、もうこんな目に遭うのは嫌だし、実家に帰ることにした」
ランスの王都は華の都と呼ばれ、人気だからな。
「わかりました。私達としては非常に助かります」
「こちらも今回のことに付き合ってもらって感謝する」
頭を下げ合う。
「先輩、今回のことをどう思いますか?」
「私も思うところはある。でも、その前に君の意見を聞きたいな」
俺の意見ね。
「今回のことは第三者が関係していると思われます」
「ほう? 第三者か?」
「おそらくですが、ランス政府にもイラドからの一方的な同盟破棄の使者が行っているでしょう」
多分、そう。
「そう思うか?」
「同盟破棄を一方的に告げるのはありえません。もっと段階を踏みますし、協議を重ねます。もし、あるとしたら奇襲をかけ、相手の国に攻め込む時です。ですが、そういった雰囲気も見えません」
「私もそう思う。そして、おそらく、その第三者はイパニーアだろうな」
同意。
「間違いないでしょうね。内乱状態のイパニーアは外国の介入を恐れています。特に北にあるランスとその同盟国のイラドです」
ランスとイラドはイパニーアの豊富な資源を欲しがっているだろう。
だが、イパニーアは地理的にも兵士の質的にも攻め込むのは困難だ。
だからこそ、攻めるのは内乱中の今なのだ。
「時間稼ぎだろうな」
こんな離間の策はすぐに見破られる。
しかし、確実に時間は稼げる。
「先輩はそう思ったからさっさと逃げたわけですね?」
「ああ。絶対に変なことに巻き込まれると思った。イラドは貴族社会だし、切り捨てられるのは私だ」
多分、そうだろうな。
真偽を確かめるために無茶な探りを強いられると思う。
それを命じられる前に撤退を申請したんだ。
「本国に帰って、責任問題になることは?」
「そうならないようにすでに実家の領主であるシートン伯爵とカリスタ令嬢に庇護を頼む手紙を送ってある。昔から良くしてくれたし、伯爵は王家にも顔の利く方だから助けてくれると思う」
ミュリエル先輩は優秀な錬金術師だし、打算的に考えても助けてくれるだろうな。