軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王都オーラヴ2

大きな帽子を頭に被り、蒼い瞳が此方を覗き込んでいる。少し短めに切り揃えられた黒髪を揺らし、動き易そうな黒い服装をした一人の少女がそこに立っていた。

背丈は小柄で身長百五十くらいだろうか、街娘といった印象は無く、腕に籠手、足には脛当てをして腰に短剣を差していた。

目の前の少女の瞳が頭の上に貼り付いているポンタに一瞬吸い寄せられたが、すぐにその視線を戻して真っ直ぐに見つめてくる。

その何処かで見覚えのある澄んだ蒼色の瞳をじっと眺め記憶の糸を手繰る。

「ふむ……、見覚えはあるのだが……」

「……ディエントでは事が上手く運んだようで何よりです」

その少女はじっと瞳を逸らさず抑揚のない声で語りかけてきた。その言葉にディエントの人攫いの拠点で出会った猫耳忍者の姿が脳裏を 過(よぎ) る。

「おぉ、何時ぞやの忍者娘か」

思わず出した声に反応してか、彼女の細い眉がピクリと動いた。

「ニンジャ……、やはり聞き間違いではなかったのですね」

彼女は小さくそう呟くと、その小さな背を精一杯伸ばし此方を見上げてきた。

「あなたと少しお話しがしたいですのですが……、構わないでしょうか?」

その真剣な眼差しでの問い掛けに無言で頷くと、彼女は少し人通りの少ない路地へと此方を促してきたので、それに黙って従った。

彼女は周囲の気配に気を配り、すこし落ち着いてから話し始めた。

「申し遅れました。ボクの名はチヨメ。 刃心(ジンシン) 一族の六忍の一人です」

彼女の名乗ったその名は随分と和風な名前だ、それにしても──。

「ジンシン一族?」

聞き慣れない名前につい疑問が口を突いて出る。

「ジンは刃、シンは心を表す言葉で”耐え忍ぶ者”という意味です」

それに目の前の少女、チヨメが明瞭に答えを口にした。

どう考えても” 忍(しのび) ”の漢字を現した言葉としか思えない一族名だ。

そんな考察を頭に上らせていると、チヨメと名乗った少女は真っ直ぐに蒼色の瞳を向けて此方を見返して、その瞳が此方の名乗りを促してくる。

それを受けて此方も素直に名乗り返す。

「我が名はアーク、旅人だ。故あって今は各地を放浪している」

「そうですか……。ところでアーク殿、何故ボクをニンジャと呼んだのですか?」

チヨメは此方の問い掛けの答えを聞き逃すまいとするように、じっとりとした瞳で見つめ返してくる。

彼女の言葉の端々には忍者という存在を知っているように見受けられるが、自分と同じ存在という訳でもなさそうだった。

「ふむ、我が故国ではチヨメ殿のような恰好した密偵の事を”忍者”と呼んでいたのでな」

此方もあえて質問に答えて彼女の様子を探るように見る。

チヨメはその答えを聞いてそっと瞑目すると、納得したかのような表情をとった。

「やはりそうですか……。”忍者”とは我らの一族のみに伝わる隠された名。それを知るというアーク殿は初代様と同じ御国の生まれなのですね」

どうやら”忍者”という言葉は彼女達の 刃心(ジンシン) の一族にのみ伝えられているようで、これを知る者は必然的にその言葉を教えた初代様なる人物と同郷の者か一族に限られるというわけか……。

すると彼女の言う初代様と言うのは、自分と同じ日本人、または忍者を知る地球人である事は間違いないだろう。

初代と言うからには代を重ねた子孫という事か──。

「ちなみに、現在は何代目なのか……聞いてもよいか?」

「……現在は初代様から数えて二十二代目様が一族を率いています」

チヨメの答えを聞いて少し項垂れる。

ある程度は予想していたが、まさか二十二代も重ねているとなると、さすがにその初代様とやらは生きてはいないだろう。

そう思いながらも彼女に問い掛けてみる。

「してその初代様はもうご存命ではないのか?」

「はい。初代様は六百年程前、迫害を受けていた猫人族の一部を率いて新たな一族を興しました。それが 刃心(ジンシン) 一族です」

「ふむ、それで何故我にその話を?」

以前アリアンの父であるディランから聞いた話によると、目の前の獣人種族は迫害を受ける存在で一方的に奴隷として狩り立てられていると聞いた。

それが人族の街、それも最も人の多い王都で堂々と声を掛けてきた上に、一族の話を自ら明かすのはかなりリスクの伴う危険な行動の筈だ。

「是非アーク殿に手伝って頂きたい仕事があります」

チヨメの行動を訝しんでいると、彼女はさらに大胆な発言を繰り出してきた。

ディエントでの行動などを考え、今現在、危険を冒して人族の街へと潜入を果たしている状況を鑑みると彼女の言う仕事の内容は自ずと見えてくる。

「チヨメ殿、其方達の言うその”仕事”を人族である我に助力を乞う事は構わんのか?」

此方の問い掛けに蒼い瞳の色を深くした彼女は静かに頷く。

彼女が手伝って欲しいという仕事は恐らく彼女達の同胞──、山野の民達の奴隷解放の手伝いだろう。

しかし人族によって受けている迫害からの解放を、人族である自分に助力を願うという事はいったいどういう事だろうか。

何やら彼女の方にも意図があるようだが、現在はエルフ族のアリアンに力を貸しているのでそう軽々しく返事を返すわけにもいかない。

「我は現在エルフ族の協力者をしている。ここで其方達への協力をする事は仁義に悖る」

此方の言い分を真っ直ぐに聞き届けていた少女は少し考えるような仕草をしてから、ややあって口を開いた。

「ではその現在協力しているエルフ族の方とお会いしたい。もし今回の件でアーク殿が協力して頂けるのなら、報酬の他にボクから情報も提供しましょう」

抑揚の少ない声色だが、少し挑戦的な色をのせた彼女の言葉が静かに耳に染み込む。

「ほぉ、情報……とは?」

「アーク殿達はあの売買契約書に記された人物を探していると思われるのですが……違いますか?」

ジトっとした瞳が此方を見据えてくる。

「そこまで見当をつけておるのか……、だが三人の内二人は既に判明している」

「そうですか……、では残るはドラッソス・ドゥ・バリシモンだけと言うわけですね」

目の前の少女は何でもないような風に言って少し口角を上げる。

彼女は売買契約書の中身を知っているどころか、記されていた三人の人物の内、此方が割り出しきれていない残りの人物の名までピタリと当ててきた。

「……其処まで解るという事は、その人物の素性など──」

「ええ。知っていますよ」

さすがに忍者だけはあるという事だろうか。

情報は確かに欲しいが、その為には彼女達の奴隷解放の手助けをする事になる筈だ。

自分としては協力する事に吝かではないが、あまり派手に目立つような作戦行動となれば考え物だ。

今迄の事が表沙汰になれば既に今更なのかも知れないが、本格的にお尋ね者になってしまえば旅がしづらくなる。

しかし、売買契約書に記された三人の内二人は判明したと言った時、彼女は迷いなく残りの人物にバリシモンの名を口にした。

それは三人の中で一番見当を付けるのが難しいという確信があったからだろう。

こうなってくると闇雲に街中で聞き込みをしてもそうそうバリシモンの素性が判明するとは言い難くなってくる、それどころかバリシモンの名を聞き込む怪しげな人物の情報が今度は拡散しはじめる事になる。

ディランは以前、彼女達はかつての密偵集団の末裔だっと言っていた。まさに情報に関しては彼女達の方が 上手(うわて) なのだろう。

これは一度戻って、アリアンに要相談かも知れないな……。

「では一度、今回の件を相談して返事を致そう」

「ではボクも連れて行って下さい。アーク殿の協力者であるその方に、直接お話しを致しますよ」

まだ幼さの残る彼女だが、その揺らぎのない蒼い瞳を見据え、少し思案する。

恐らくこの忍者少女を連れて行ってもアリアンを害するという事はないだろう───とは思う。

そういう確信めいたモノはあるが、万が一があったとしても対処はそれなりに可能の筈だ。

「承知した。ではチヨメ殿、案内致そう」

チヨメを後ろに従えて大通りに出ると、そこからは第三街壁の門を越えてさらに先を進んで行く。小柄な彼女だが、特に遅れる事も無くついて来る。

ポンタはチヨメとの長話に飽きて頭の上でうつらうつらとしているのか、時々兜の上からずり落ちそうになるのを、手で直しながら宿へと戻った。

宿は三階の部屋で、その一室にチヨメを招き入れる。

部屋にある椅子に彼女を座らせて、自分はベッドに腰を掛ける。

ポンタもようやく眠気が去ったのか、ベッドの上で前足をふみふみしながらベッドの固さを確かめている。

部屋の中に沈黙が降りて、何やら妙な間が生まれる。

忍者少女チヨメを見ると何故かそわそわしてポンタと此方を見ていた。

「チヨメ殿、 厠(かわや) は一階だ」

「違います!」

場を和ませる為だったが、あまり表情を変えない彼女が、若干赤くなって否定の言葉を間髪入れずに発していた。

小さく見えても立派な乙女という事だろうか。

そんな彼女に荷物袋から小さな革袋を取り出して手渡す。

此方の意図を掴めずチヨメは頭に疑問符を浮かべていたが、その中身を取り出すとポンタがベッドの上で反応して初めて気づいたようだ。

先程から彼女がそわそわと視線を投げ掛けていた相手の紹介をする。

「紹介が遅れたが、此奴は綿毛狐のポンタ。木の実や果実が好物だ」

彼女はその言葉を聞きながら、自分の手に取られたドライベリーに視線を吸い寄せられて近づいてくるポンタに口元を緩くしている。

ポンタは彼女の足元でウロウロしながらドライベリーを眺めている。

まだ椅子に腰掛ける彼女の膝上に乗るほどは慣れていないのだろう、ただそうなるのは既に時間の問題だろうが。

恐る恐るチヨメが手に持っていたドライベリーを近づけると、ポンタの大きな綿毛尻尾が左右に振られて感情を表に出している。

与えられたドライベリーを美味しそうに咀嚼するポンタを見ながら、チヨメも目を細めて仄かに笑みを零していた。

「人であるアーク殿が精霊獣を手懐けているのには驚きです……」

ドライベリーをやりながら、ポンタの毛並を撫でていたチヨメが呟く。

「此奴はわりと誰とでもそんな感じだがな……」

少し苦笑しながらそれに答えるが、チヨメは 頭(かぶり) を振った。

「いえ、精霊獣は人の悪意などに敏感です。こんな人の街中で安らいでいられるのはアーク殿に絶対の信頼を寄せているからでしょう」

彼女の言葉を聞いて改めてポンタを見る───、そこには既にベリーで籠絡されて彼女の膝上でおねだりするポンタの姿があった。

まぁ彼女の言を信じるなら、自分はポンタの安心タオル的ポジションなのだろう。

そこはあまり深く考えずに、他の気になっていた事を彼女に聞く事にした。

「そう言えばだが、初対面の時に何故エルフ族の救助だと判ったのだ?」

彼女と初めて遭遇した時、此方を人攫いの人間だとは断じる事なく目的を推察してのけた。

普通あの場で鎧騎士などを見れば人攫いの仲間だと判断しても可笑しくない。

此方の質問を聞いて顔を上げたチヨメの双眸が真っ直ぐに向けられる。

「ボク達やエルフ族、人族はわりとそれぞれ特徴的な臭いがします。あなたから極薄くですがエルフ族の臭いがしました。ただ──」

少し言葉を切って言い淀むが、意を決したのか視線を上げて再び口を開く。

「アーク殿は少し変わった臭い、というより気配を感じます。今迄に感じた事のない気配です……」

そう言ってチヨメの視線がじっと此方の、兜の奥を覗き見るように、蒼い虹彩が絞られ見据える。

中身は全身骸骨なので、特に臭いの発生源になるものは少ないのは当たり前だ。

彼女の瞳には何か掴んでいるような雰囲気が宿っているようにも見えるが、それは単なる此方の杞憂かも知れない───。

部屋の中に若干の沈黙が流れた後、部屋の扉を叩く音が聞こえた。