作品タイトル不明
長老セルゲ
外見の年齢は二十代か三十代頃、エルフ族特有の翠がかった金髪は長く、神官服のような装いで 蟀谷(こめかみ) を押さえながら、何とも言えない表情でこちらへと足を進めてくる。
その人物には見覚えがある──というよりもアリアンの父、ディランだった。
一方で先程まで般若のような形相で二人の門番を締め上げていたアリアンは、悪戯が見つかった子供のように肩を小さくしてバツの悪そうな顔になっている。
「はぁ、これはどういう事かな? 他所様の里でこんな狼藉をするなんて」
ディランは大きな溜め息を吐いて、やれやれといった感じで話してはいるが、その声には静かな怒りが含まれている事が分かる。
とりあえずアリアンに助け舟を出そうかと思い、声を掛けようとしたその時、自分以外の他の誰かがその機先を制してディランに声を掛けていた。
「待って下さい! 彼女ばかりが悪い訳じゃないんです!」
そう言って騒ぎの輪の中に駆けこんで来たのは、一人のやや精悍な顔つきのエルフ族の戦士──と思しき人物だった。
使い込まれた革の鎧に腰に下げた剣、髪は短く、顎に無精髭を生やしたその男は、所謂自身が想像するエルフ像とは異なる雰囲気を纏った男だった。
ディランはその彼を見返し、アリアンへと視線を向けてから再び彼に視線を戻した。
「彼女はあなたに伝言を頼むように言って、それを彼らに伝えたにも拘わらず、それを一笑に付して無視しようとしたのです! 力に訴えたのは感心できませんが、彼らの態度は同郷である自身が恥ずかしくなるようなものでした」
その彼の訴えに、周りに集まっていた他の者からも同調するような相槌が投げられた。
アリアンはそんな光景を意外なものを見るような目で、何度か瞳を瞬かせて困惑している。
エルフ族の年齢はあまり細かくは判別できないが、アリアンを庇った無精髭の戦士も、彼に同調した他の里の者も門番の二人組よりは比較的若く見えた。
ドラントの里は異種族を嫌う閉鎖的な里だと聞いていたし、実際そうなのだろうが、全員が全員同じような考えを持っている──という訳でもなさそうだ。
「わかった、とりあえず彼の言い分を信じて、今はこの里に戻って来た理由を聞こうか?」
一度咳払いをして先程の空気を流したディランは、事の成り行きを見守っていたアリアンに改めてこの里に戻って来た理由を問うた。
そこで彼女はノーザン王国で知り得た、サルマ王国を蹂躙しつつあるこの里を襲った 不死者(アンデッド) の大軍勢の話を掻い摘んでディランに語った。
一通りの話を聞き終えた彼は、しばらく黙って瞑目した後、すぐに周囲に視線を走らせる。
アリアンはそれ程大きな声で喋ってはいなかったが、ここは耳のいいエルフ族の里だ。
こちらを遠巻きにしている人々の中に、まさかといった反応や、信じられないという反応を見せる人の姿がちらほらと視界に入る。
それは致し方ない事だろう。自分もあの王都の街壁に群がる無数の 不死者(アンデッド) を見るまで、十万という数字は大袈裟な見積もりではないのかという認識が僅かにあった。
ディランはしばしアリアンと目を合わせた後、先程の無精髭の男に門番二人の介抱を頼むと、今まで傍観していた此方にも向けてきた。
「これは早い目に周知と対策を講じておかないと大変な事になりそうだね。アリアン、アーク君、二人も一緒に来て貰うよ。君達には先に私の知人の長老の一人と会って貰ってから……彼に頼んで集会を開いて貰うしかないだろうね、これは」
そう言うやいなや、ディランは此方に背中を向けて里の中へと歩き出していた。
自分とアリアンはしばし視線を見合わせた後に、彼に大人しくついて行く事にした。
最初に向かったのはドラントの里の外れ近くにある少し大きめの家屋だった。
ディランがその家の家人を呼び出し、戸口に姿を現したのは三十代ぐらいのエルフ族の男。
簡素な衣服の下に収まるしなやかな筋肉、やや男くさい顔立ちで、エルフ族の特徴でもある長い耳の右耳だけが半分程の長さに欠けている。
彼は如何にも歴戦の戦士を思わせる風貌をしていた。
ディランからの紹介があり、彼はセルゲ・フル・ドラントと名乗った。
彼は自宅であろう家屋内に自分達を誘い入れると、少し広めのリビングのような場所に通して、適当に座ってくれという言葉に従った。
ポンタは窓の傍に腰掛けて、そこから外の景色を眺めて尻尾を振っている。
このドラントの里には三人の長老がいるようで、どうやら彼はその内の一人という事らしい。
ララトイアの長老であるディランとは以前からの知り合いで、今回の里の救援をカナダに要請する際も彼を折衝役として指名したのがこのセルゲだという話だった。
「うちの里は偏屈な奴が多いからな、摩擦で燃え上がるような者に頼む訳にはいかなくてな」
セルゲはそう言って肩で笑うのを見て、ディランは「おかげで妻の機嫌が悪くなったよ」と今回の話が決まったと伝えた時のグレニスの様子を思い出して嘆く。
しかしすぐに気を取り直して、脱線していた話を今回の用件に戻した。
「いや、今はその事はいい。まずは今後の対処が最優先だね」
そのディランの言葉にセルゲも頷いて応じた。
「確かにな。とりあえずだが、俺が他の長老にも招集をかけて、すぐにでも集会を始めよう。君達二人もその場には出席して貰うが、門でのように暴れないでくれると助かるよ」
セルゲの言葉にアリアンが何か反論をしようとするが、彼は「しばらく家で寛いでいくれ」と言い置いて、軽い笑い声を残してすぐに部屋を出て行った。
そんな彼を見送ったディランは、リビングに置かれたソファに預けていた背を起こして、その眼差しを真剣なものに変えてアリアンに向き直った。
「さて、彼が戻って来るまでに、ここまでの経緯をもう一度詳しく話して貰えるかな? 恐らくだが、今回この里が取れる手段は多く残されていない。この里を放棄してカナダへと移住するか、カナダから援軍を呼んで戦って勝利するか、だろうね」
難しい顔をして零すディランだったが、その顔を上げて気を取り直したように笑みを向ける。
「ただ人族との共闘の条件はいいですね。実はローデン王国やリンブルト大公国の方でも獣人──山野の民の無法な隷属化を禁止する方向で進めているんですよ」
アリアンはそのディランの言葉に驚きの感情を露わにし、自分も驚きながらも相槌を返した。
「それ本当なの?」
「ほぉ、それは奇遇であるな」
「まったくです。まさか個人でこの条件を国に突き付けて、それを飲ませるような事態が起こっていたとは想定外でしたけどね……」
ディランの苦笑に、自分は素直に頭を下げた。
「いや、まぁここは状況が加速したと捉えて、カナダの大長老会でも上手い具合に事が運ぶように調整しますよ。元々この動きは、異種族を受け入れる人族の国をエルフ族が支援し、この大陸での全体的な異種族排斥の潮流を止める試みだったんですよ」
そう言えばディランは先頃までローデン王国などに出掛けていて、何やら色々しているという認識でしかなかったのだが、まさかそんな事をやっていたとは。
自分は思わず感心して何度も頷いて、この先の展望に思いを馳せていると、アリアンが横からじっとりとした目で此方を見据えてきた。
「なんだか、ニヤニヤしてる気がするわ……」
彼女の言に思わず自分の顔を撫でてみるが、そこにはいつもの冷たい兜の感触があるだけで、顔の表情が分かる訳がないと驚きの視線を向けた。
「アーク、あなたの感情の気配は色々と分かり易いわよ? それで、何を想像していたのよ?」
と、此方の思考を読み切って得意顔の彼女に、降参とばかり肩を竦めて見せた。
「別に大した事を考えていた訳でないぞ? 我は単純に、街中に人族やエルフ族、獣人族など多種族が暮らす未来を想像していただけだ。そうなれば良いな、と」
自分が想像するファンタジーの世界。
多種族がそれぞれの長所を生かして共に助け合って暮らしている世界、そういう物語に出てくるような未来がくればそれは楽しいだろうなと──そう単純に願ったのだ。
そんな自分の考えを聞いたアリアンとディランは、互いに視線を交わした後に笑みを零していた。
「確かに、それは夢のある話だね。今すぐにとはいかないだろうけど、アーク君が国に提示した条件は間違いなく、その一歩にはなるだろうね」
柔らかな笑みを零すディランのそんな言葉を継いで、アリアンは小さく溜め息を吐く。
「そうなると、やっぱりノーザン王国も、ブラニエ領もどっちも後に残って貰わないとね」
「そうであるな、まずはこのドラントの里の説得、か」
アリアンの意見に同意を示して、この後に開かれるであろう集会に意識を向ける。
そんな自分達を見て、ディランは楽観的な表情で答えた。
「少し揉めるだろうけど、セルゲと彼の支持者たちがいれば今回の場は押さえられる筈だよ。ローデン、ブラニエもそうだけど、ここも変わる時期を迎えたって事だろうね」
そう言ってディランは、窓辺で日向ぼっこしているポンタの無邪気な寝顔を見て相好を崩した。