作品タイトル不明
再びのドラントの里
長年敵対してきた両者、ノーザン王国アスパルフ国王と隣国サルマ王国のブラニエ辺境伯とが顔を突き合わせているという非公式の会談、その場に呼ばれる──。
そんな状況を聞いて、その場に赴きたいと思える人物は余程神経が太いか、神経が麻痺しているのか、そのどちらかではないだろうか。
しかしそれは、この場で断れる類の招きではない。
その会談の場に呼ばれたのは、アリアンとチヨメ、自分とでこの王都ソウリアで解放された獣人族の中から、新天地である開拓の里へと向かう先行移住者の募集と、選抜をしている時だった。
移住者の調整には一旦、チヨメと共に隠れ里へと戻り、今回の経緯を“ 刃心(ジンシン) 一族”の族長であるハンゾウや、里長のゴウロなどに報告して後、開拓中の里の方に出向いて実際に受け入れられる人数を算定し、そこからまた王都ソウリアへと戻って来るなど。
【 転移門(ゲート) 】を使って各所とのやりとりをして、王都で御触れを見た人々の中から募集要項に沿った人材を選んだりと、この数日は何かと忙しい日々だった。
そんな時に先の会談の場への呼び出しに訝しみながらもその場へと赴くと、ブラニエ辺境伯から驚きの報告を聞かされる事になる。
それはあの 不死者(アンデッド) の軍勢が隣国のサルマ王国の王都を襲っているというものだった。
しかもその数はおおよそだが、この王都ソウリアを襲った倍の二十万という途方もない数で、アスパルフ国王やブラニエ辺境伯から力を借りたいという申し出を受けた。
アリアンはあまり乗り気ではなく、リィル王女から受けた依頼から成り行きでノーザン王国の危機を救った事はともかくとして、これ以上、人族の国家の存亡に明確に関わりを持つのならば、一旦は長老や大長老に意見や了解を求めた方がいいという判断を下した。
少々、今更ながらに過ぎる気がしないでもないが、とは内心思いながらも、自分も既にララトイアという里の名を賜った身としては、彼女の判断は至極もっともな話だと言える。
だが、せっかく小さなリィル王女の涙を止める為に力を貸した筈の行動が、ここで手を引いてしまっては先の行動が無意味になりかねない。
ブラニエ辺境伯から聞いたサルマ王国の王都、ラリサの位置から地形的な事を言えば、王都を攻め滅ぼした 不死者(アンデッド) の軍勢が次に向かうのは恐らくブラニエ領だろう。
つまり、このノーザン王国の王都まで二十万の軍勢が攻め寄せるまでは多少の猶予がある。
最悪の場合、ブラニエ領が攻め滅ぼされる間の時間は稼げるが、そうなればせっかくのノーザン王国と同じく、他種族の奴隷解放、及び違法な隷属の禁止という条件を呑んだ貴重な人族の領地が地上から消える事になる。
それだけではない。ブラニエ領が危機に陥るとなれば、そこに領地を接するもう一つのエルフ族の里ドラントも二十万もの 不死者(アンデッド) の軍勢の脅威に晒される事になるのだ。
あの里には、 不死者(アンデッド) の軍勢からの先遣隊と思われる部隊と交戦し、大きな被害を負った彼らを支援するべく、カナダ大森林の大長老会の承認の下、アリアンの父であるラライトの長老ディランを始めとしたメープルの戦士団が駆け付けていた。
今回の事態はそんな彼らも巻き込む事になりかねないとなれば、ドラントの里の長老やディランに事の経緯を話し、どうにか早い内に対策を立てる必要がある。
その為、種々の問題を解決する為に自分とアリアンはルアンの森へと赴く事になった。
「すまぬな、チヨメ殿。一人、王都に残すような形になって」
今居るのは王都ソウリアに滞在中の間、アスパルフ国王から是非にという事で借り受けている王城の一室で、そこで自分はチヨメに向かって謝罪を述べながら頭を下げていた。
「きゅん?」
そんな自分を不思議そうに見上げるポンタの首根っこを掴んで抱きかかえたアリアンも、彼女に申し訳なさそうな顔をして謝る。
「ごめんなさいね。チヨメちゃんをドラントの里に連れて行くと、色々と不愉快な思いをさせるだろうし、同族としてもあのエルフ族の醜態を見て欲しくないのよね……向こうは私を同族だと思ってないんでしょうけど」
そう言った後に、アリアンは眉根を寄せて辛辣な言葉を口にして溜め息を吐く。
どうも彼女は最初にドラントの里を訪れた時の印象が悪かったせいもあってか、エルフ族という同族の里であっても少々当たりが強くなっているようだ。
「いえ、気にしていません。アリアン殿。事は急を要します、余計な軋轢を持ち込んで貴重な時間を浪費するのは得策ではありません。ディラン殿には宜しくお伝え下さい」
チヨメはそう言って黒い猫耳をパタパタと動かし、何でないという風に 頭(かぶり) を振って見せた。
そんな彼女の言に自分もおおいに頷いて同意を示した。
「そうであるな。やる事は多いが時間は少ない、早速ルアンの森まで飛ぶとするか」
自分とアリアン、そしていつもの定位置である兜の上に鎮座したポンタは、各自の装備を確認し、手持ちの荷物を抱えて、お互いの準備が完了したかを目で問う。
アリアンもポンタも問題ない──という事で、自分は荷物の中から紙を束にした一冊の冊子を取り出して、その中のページを捲る。
冊子の各ページには、この世界で自分が今までに訪れた場所を自身で描き写した風景画の数々が収められていた。
長距離転移魔法である【 転移門(ゲート) 】は、自身が記憶している場所へと一気に移動ができるが、記憶が薄れたりすると上手く発動しないという欠点がある。それを補うのがこの転移図画だ。
その中の一枚を開いて、その描かれた景色を元に記憶の風景を脳内に描き出す。
「では行って来る、チヨメ殿。【 転移門(ゲート) 】」
少し後ろへと下がったチヨメに一時の別れを告げて、魔法を発動させた。
部屋の中に自分を中心とした光の魔法陣が足元に展開され、それが近くに立つアリアンの足元まで広がると、一瞬にして周囲の風景が暗転して身体が一瞬浮いたような感触を覚える。
次に気が付いた時には、そこはノーザン王国の王城の豪奢な一室などではなく、周囲を木々に囲まれた屋外、森の傍に立っていた。
そして視線の先には、手に持っていた転移図画に描かれていた風景が広がっている。
ややなだらかに盛り上がった丘状の大地、その周囲に配されるような形で巨大な樹木が三本、無数の枝葉を伸ばして聳え立っていた。
まるで螺旋階段のようにうねる巨大樹の幹は、 龍冠樹(ロードクラウン) ほどの威容は誇ってはいないが、それでも常識的な樹木の大きさを遥かに凌いでいる。
そしてそんな幻想的な風景が特徴である巨樹の根本には、ここからでも分かる程に幾つもの住居の屋根がひしめくように軒を連ね、街の景観を形作っていた。
──間違いない、ルアンの森に築かれたドラントの里だ。
「着いたわね、まずは父さんと連絡を取らないとだけど……」
そんなアリアンは此方を見上げてから、自身に視線を落として口を噤んだ。
「チヨメ殿にはああは言ったが、我らもエルフ族ではないという点においては大差ないな」
そう言って自分はやや含み笑い漏らすと、彼女は盛大な溜め息を吐いた。
「ここで嘆いていても仕方ないわよね、行きましょう、アーク」
「きゅん! きゅん!」
気を取り直したかのように視線を上げたアリアンの言葉に、同調するように自分の頭の上でポンタが嬉しそうに鳴いて、綿毛の尻尾を振り回す。
ドラントの里へと二人並んで歩き出すが、里の周囲に聳え立つ三本の巨大樹のおかげで距離感が狂うのか、近づいている気配が一向にしない。
しかし見上げていた視線を下へとやると、街の全貌が徐々にはっきりとしてきた。
街の周囲を取り囲むのは石材と木材を組み合わせて造った城壁のような壁で、少々の魔獣程度の侵入者では破る事はできそうにない堅牢さが見てとれる。
その壁の周囲にはあちらこちらに畑などが広がっている風景は、カナダ大森林での里の風景よりも、人族の地方都市の思わせる景観だ。
しばらく進むと、ようやくドラントの里の入り口である街門が見えてきた所で、その通行に目を光らせていた門番らしき二人の戦士が威嚇するような目つきでこちらを睨めつけきた。
そしていよいよ街門へと近づいた自分達に、槍のような武器を手に持った二人のエルフ族が、互いの武器を交差させて道を遮るようにした。
「ここはドラントの里だ、他種族の余所者はここから先は通す事はできない!」
一人の男がそう言って手で追い払うような仕草を示すと、隣のもう一人もそれに同調して頷く。
そんな二人の態度にアリアンの 蟀谷(こみかみ) が痙攣し、相手を睨み返した。
「私はカナダ大森林から派遣された救援隊の隊長を務めるディラン・ターグの娘よ。父に話があるの、そこを通して貰える? 一刻を争うのよ」
静かな怒りを込めて話すアリアンだったが、相手は頑としてそれを受け入れる様子はないようだ。
「駄目だ。用があるなら言伝ぐらいは預かってやる、大人しく外で待っていろ。用件を言え」
里の救援の為に駆けつけた者の──しかも他里の長老の娘であっても、異種族という理由だけで彼女の道を阻もうとする。なかなかに融通の利かない連中だが、彼らのその行為は果たして勇気と呼べるモノなのだろうか。
自分なら命のある内に、早々に道を開けるのだが。
「この里を滅ぼす脅威がすぐそこまで迫ってるの。あなた達も知ってるでしょ? この里の戦士達に大きな被害を齎した化け物──それが大群で押し寄せて来る可能性があるのよ。父に伝えて!」
白く長い髪がまるで陽炎のように揺らめく姿を幻視できるような、しかし何とか怒りを抑え込んだアリアンは、里の中に居るであろうディランに対して伝言を彼らに伝えた。
しかし、肝心の伝言の内容を聞いた二人は一瞬互いに顔を見合わせた後、面白い話を聞いたという風にお腹を押さえて笑い声を上げ始めた。
「はははは! おいおい、長老のとこの嬢ちゃんでも言っていい事と、悪い事があるんだぜ? 里を滅ぼす脅威って、戦士団の連中が油断してやられたっていう 不死者(アンデッド) の事か?」
笑いながら語る同僚にもう一人の男も同調しながら、眉根を寄せて苦言を呈してきた。
「街の外回りをしている戦士団の連中は経験の浅い、若い奴が多い。 不死者(アンデッド) の相手をしている隙を突かれ所に魔獣にでもやられたんだろう、それを誤魔化そうなど。我々のように経験を積んだ者ならば、そんな油断などしない。他里への救援など、大袈裟なのだ」
その男の発言にアリアンが唖然とした顔で彼の顔を見返す。
「本気で言ってるの、それ? 同じ里の戦士の話でしょ?」
アリアンの信じられないという風な顔に、最初の男が鼻を鳴らして返した。
「ふん! 連中が倒したとかいう化け物、現場に行った者の話では何もなかったと聞いている。残っていたのは数十体程度の 人型不死者(アンデッド) が身に着けていた鎧の残骸だけだったとよ!」
彼のその言葉を切っ掛けにアリアンの表情から感情が抜け落ちると、あたかも二人にはも興味がないといった様子で彼女はその場を通り過ぎようとした。
しかしその行動はすぐに遮られる事になる。
「おいおい、私達を無視して里に入ろうなど。我々が許すと思っているのか?」
門番の男が怒りの口調を露わにしてアリアンを呼び止めるが、そんな彼らの一挙手一投足が傍から見ている自分にはとっては、地雷原ではしゃぐ馬鹿な二人にしか見えないでいた。
次の瞬間、ブチリと何かが切れたような音が幻聴で聞こえる程、その場の空気が変わった。
アリアンを中心とした同心円状、二人の門番のエルフ族を含むその場を取り囲むようにして炎の壁が地面から立ち昇った。
それはまるで彼女の怒りの沸点が限界に達し、地面からマグマが噴き出したような光景だった。
「!? 貴様っ、里で大規模な精霊魔法を使うなど正気かっ!?」
男がアリアンに対して正気を疑う言葉を投げ掛けるが、自分としては彼ら二人にこそ本当に正気なのかと問い質したい気分である。
「きゅ~ん」
頭の上にいるポンタも何やら呆れ気味に鳴いて、綿毛の尻尾が炙られないように先っぽを丸めた。
『ちっ、──戒める風よ、高きより来たりて……』
門番の片方の男が舌打ちして、アリアンがいつも精霊魔法を使う時に唱える言葉を紡ぎ始めると、男の手の周囲の空気がうねり、風が巻き起こり始めた。しかし──、
『──散れっ!!──』
アリアンが放ったその一言で、目の前に瞬時にして現れた火の玉が膨張、破裂した事によって周囲の空気が吹き飛び、里中に響くような爆発音が木霊した。
そして気が付いた時には男の手に集まっていた空気の流れは霧散して、ただ呆気に取られた二人の男が間抜けな顔をして立っていた。
しかしそんな彼らを大人しく眺めている訳もなく、彼女はさらに言の葉を編んでそれを解放する。
『──繋ぎ止めよ大地、我が意のままに、我が命のままに──』
彼女のいつもの謡うような声音ではなく、憤りを内包したような強い口調に呼応するかのように、地面から勢いよく飛び出してきた幾つもの鞭状の土くれが、それぞれ意思があるかのようにのたうち、男達に向かって伸びていく。
男達はそれを防ごうと持っていた槍状の武器を振り回すが、彼らの足元からも飛び出してきた土くれの鞭に絡めとられて呆気なく縛り上げられてしまう。
「経験豊富なんでしょ? 二百歳? それとも三百歳かしら? 私はまだ百歳もいってない小娘だけど、そろそろ本気を出す気のなのかしらねぇ?」
アリアンは口の端を歪めて嬉しそうな声で二人に語り掛けているが、その声音とは裏腹に土くれの鞭は捕らえた男達をギリギリと締め上げ重なり、そこにはまるで石柱に飲み込まれた人の造形物が出来上がりつつあった。
「ぐわぁぁっ!! 足がっ、足の骨が折れる!!」
「畜生、畜生!!」
涙を流しながら騒ぐ二人に加え、先程からの騒動に里の街門を遠巻きにして多くのエルフ族がその光景を眺めているが、誰も助けようと動く者はいなかった。
しかしそんな彼らを割って入ったのは、一人のエルフ族の男だった。
「そこまでだ、アリアン! 二人を解放しなさい!」