軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

日曜大工

朝の日の光が頭上から差し込み、ときおり吹く風が辺りの木々の葉を騒がせ、静かな山の頂上に微かな喧騒が満ちる。

山頂付近に聳える巨大な 龍冠樹(ロードクラウン) はまるで自然の理から外れたような威容を誇っており、振り仰げば文字通り、山のように枝葉を伸ばす樹冠が辺り一帯の空を覆い、それはさながら山の上に傘を差したかのような光景だ。

そんな巨大な枝葉の隙間から零れる朝日が辺りに降り注ぎ、あちこちに光の溜まり場を作り、自らが作業している周囲を明るく照らしている。

山頂に立つ神社のお社のような建物は石造りの壁はしっかりと形を残し今もそこに在るが、屋根の方は木材で出来ていた為かすかっりと腐り落ちて、頭上は空まで届く吹き抜けになっていた。

そんな屋根の無い社の遥か高くから柔らかな木漏れ日が、自分が身に纏っている鎧に降り注ぎ明るく煌かせている。

白と蒼を基調とした美しい装飾の施された白銀の全身鎧に、背中で風にそよぐマントはまるで星の煌く夜空をそのまま切り出したかのような漆黒色。神話の騎士を象ったような豪奢な鎧姿でありながら、手に持つのはいつもの神話級の剣や盾──ではない。

握っているのは木製の取っ手。

取っ手の先に長く薄い金属製のヘラが取り付けられており、その金属のヘラ部分には灰色のまるで泥のような塊がのっている。 煉瓦(レンガ) 同士を接着する為のモルタルだ。

それを目の前に現在積まれている煉瓦の上に平らに塗り広げ、その上にさらに新しい煉瓦を隙間なく密着させる形に載せて組み上げていく。

「ふぅ、これでだいたいの形は出来上がったかな……」

そう独り言を呟いて、半円状の口を広げたような形に組みあがった 煉瓦(レンガ) 造りの構造物見る為、その場から一歩下がって傾きがないかを眺める。

いま自分が 社(やしろ) 内の厨房で作っているのは煉瓦製の焼き窯だ。

エルフ族の里でガスコンロに似た魔道具を首尾よく調達する事は出来たが、この世界で主食となるパンなどを焼く為にはどうしも窯が必要だった為、自らの手で製作中である。

人里離れたこの奥地にある社に窯造りの職人を呼ぶ訳にもいかず、材料を揃えての挑戦だったが、意外とやれば出来るものだなと、一人感心して頷く。

煉瓦窯に使う材料のあれこれなどはランドバルトの街出身の行商人ラキに伝手を借りて揃えたものだが、材料費はそれ程高くはなかった。

これが出来たあかつきには、パン以外にもピザなども焼く事が出来る。

せっかく南の大陸でトマトを見つけたのだ、作らない手はないだろう。

煉瓦部分にはみ出たモルタルを濡れた布で拭い取り、煉瓦表面の汚れを落としていく。

そうして作業していると、何処からか姿を現したポンタが足元に駆け寄って来た。

「きゅん!」

体長は六十センチ程、身体の半分程もあろうかという大きな綿毛状の尻尾と、前後の脚の間にあるムササビのような皮膜が特徴的なキツネ顔のポンタは、この世界では精霊獣と呼ばれる魔法を行使する動物の一種だ。

全体的に草色の柔らかい毛並みに覆われた身体は、草むらや木々の枝葉に紛れれば保護色となってその存在を上手く隠してしまう。

「おぉ、ポンタか? 今迄何処で遊んでおったのだ?」

そう言って持っていたヘラを置いて、ポンタの頭を撫で回す。

するとポンタは嬉しそうに頭をぐいぐいと押し付けるようにしてじゃれてくる。

「きゅん! きゅん!」

白い綿毛尻尾を振りながら、ひとしきり頬を擦りつけていたポンタの大きな耳が何かを感じてピクリと動く。そして不意に背後を振り返り一声鳴く。

そんなポンタの視線を追うと、厨房傍の窓から一匹の巨大な獣が顔を覗かせていた。

いや、その姿は獣というよりは巨大な爬虫類といった方が正しいだろう。

体長は四メートル程。全身は赤茶けた鎧のような鱗に覆われ、頭には二本の大きく突き出た角、そしてやや幅広の背中の中央を白い 鬣(たてがみ) のような毛並みが尻尾の先まで靡いていた。

「ギュリィィン」

その巨体と見た目でありながら、やや甲高い鳴き声を上げてその巨大爬虫類が首を振ると、その長い白い鬣が揺れて日の光に煌く。

角が邪魔で窓に顔を入れる事が出来ないのか、やや焦れたような様子で社の壁に自らの首を擦りつけて鼻を鳴らしている。

「おお、“紫電”と一緒に遊んでいたのか?」

自分は現れたその巨大生物の名前を呼び掛けながら窓辺へと寄って、横目で此方の様子を眺めていた紫電の太い首筋を撫でる。

すると紫電は、爬虫類特有の長細い瞳孔をますます細くして瞬きを繰り返した。

この地の環境にもだいぶ慣れたのだろう。

元々は南の大陸の平原──そこに暮らす遊牧部族である虎人族が駆る乗騎で、現地では 疾駆騎竜(ドリフトプス) と呼ばれていた。

しかし、あの一連の騒動の際に手を貸した縁で獣人族への貢献と“友”としての証として虎人族の族長から直々にこの 疾駆騎竜(ドリフトプス) を贈られてしまったのだ。

乗用車ほどもの体躯を持つ生き物など、その後の世話などを考えれば辞退したい事この上なかったのだが、「我らの友好の証だ」と言われれば断るのも難しい。

一応自分もエルフ族の長老(代理)から里の名を賜った者として、虎人族の者達と言葉を交わしている立場上、無下に断って今後の関係がぎくしゃくするよりかはマシだろう。

自分にはそう言い聞かせている。

北大陸では少々その威容は人々の耳目を集めるだろうが、幸いにしてこの社のある山の周辺は人の生活圏から大きく離れており、一番近くの獣人達が新たな築いている里も森を抜けた先だ。

それに馬より力があって多くの荷物を運べ、これから先も旅をするならば足の手段は大いに越した事はないだろう。

あと虎人族の最大部族であるエナ一族の族長からは、彼らが栽培する作物の“ 悪魔の爪(レッドネイル) ”と呼ばれるトウガラシの一種を優先的に譲り受けれる事にもなった。

今度ペッパーソースやトマトチリなどを作るのもいいかも知れない。

「あれから十日……いや、半月程になるのか」

紫電の首筋を撫でながら、思考を南の大陸での記憶から引き揚げて 頭(かぶり) を振る。

「お前もこの森には慣れただろうが、たまには広い草原にでも行って走らせてやらんとな……」

疾駆騎竜(ドリフトプス) は頭のいい乗騎のようで、ある程度放し飼いにしていても自らで餌を探し、寝床なども自分の気に入った場所で寝る。

以前温泉に入れて身体を洗ってやるといたく気に入ったのか、それからは時々勝手に温泉に入っている姿を見掛けた。

ただ背後に聳える 龍冠樹(ロードクラウン) を住処にしている 龍王(ドラゴンロード) ウィリアースフィムが社に下りて来ると、やはり生物としての格を敏感に感じるのか、森の中に隠れて姿を見せなくなってしまう。

だけどまぁ、それが本来の動物の正しい反応だろうとは思う。

ポンタのように 龍王(ドラゴンロード) が温泉に浸かっている間、その長い尻尾にじゃれついて遊ぶような変な度胸を持ち合わせている動物はそう多くはない筈だ。

そんな紫電だが、もともとは広大な平原で暮らしていたのだ。森の──さらに現在居るような山頂付近となればあまり開けた場所がなく、紫電にとっては窮屈な場所だろう。

東に湖の畔に現在も建築真っ只中の里付近はわりと開けた環境でもある為、折を見てこの社から湖まで通じる道を作るのもいいかも知れないな。

自分のその案に自画自賛していると、不意に後ろで人の気配がして振り返った。

そこには薄紫色の肌を僅かに上気させて、少し濡れた長い雪色の髪を手に持った長布でふき取っている姿のアリアンが立っていた。

彼女は今迄、社の裏手にある温泉に入っており、今上がって来たのだろう。

アリアンもここの温泉が気に入ったのか、自分がララトイアの里からこの社の開拓に出掛ける際に、時々こうして付いて来ては温泉に入りに来ているのだ。

そんな彼女は、いつもの旅先で身に纏う法衣と革鎧姿ではなく、独特の紋様が彩られたエルフ族の民族衣装に身を包んだ姿をしており、その姿はまさに湯上り美人を地でいっていると言えた。

「あ、竈、もう形が出来たのね? それにしても、アークって何かと器用よね……」

アリアンは何となしにそんな言葉を零しながら、先程出来上がったばかりで乾燥中の竈の内部を物珍し気に覗き込む。

そうすると彼女の豊かな胸が重力に従って、浴衣のように前で合わせた民族衣装が少しはだけるようにゆさりと下がった。

実にけしからん姿だと、そんな彼女の姿を鎧兜の奥から眺めていると、そこへポンタが一目散に駆けて行ってその胸元に飛び込んだ。

「ちょっと、ポンタ! あ、コラ! くすぐったいわよ! あはは」

──実に羨まけしからん光景だな。

じゃれる一人と一匹の様子を眺めながらそんな他愛のない思考が湧く。

そうしてようやく一息ついたのか、アリアンがポンタを抱きすくめた恰好で此方へと視線を移す。

「アーク、そろそろお昼だし里に戻るでしょ?」

彼女のその言葉に、空を仰いでいつの間にやら日が高くなっているのを確認する。

どうやら煉瓦窯造りに夢中で、すでに昼を回っていたようだ。

「うむ。仕込んであるものもあるし、一度里に戻るとしようか」

そう返事をして手元にあった道具類を片付けると、アリアンとポンタを伴って社の前庭へ出た。

そこでララトイアの里まで転移する為の魔法、【 転移門(ゲート) 】を発動させる。

「紫電、社の留守番、しかと頼むぞ」

「ギュリィィン!」

足元に大きく光る魔法陣が展開され、その魔法陣の外からこちらの様子を眺めていた紫電に声を掛けると、まるで返事をするように紫電が鳴いて鬣を揺すった。

このやりとりは紫電を伴ってこの社へと来た頃からの定番のもの。

ポンタも大きな友人に尻尾を振って意思表示を示した後、魔法陣が発動して目の前の景色が一瞬で暗転した。