作品タイトル不明
テンプレートな出自の令嬢に挨拶した
「お姉様ごときが辺境伯夫人になるなんて、生意気なのよ!身の程知らずだわ!」
わぁお。
人目を忍んで行われた令嬢による令嬢への叱責に遭遇し、心の中でつい思ってしまった。
本当に人目のない死角を作るなんて、公爵家が油断するとでも?
そしてその言い掛かり、後で告げ口されるとは思わないものなのか?
後先考えずに騒ぎを起こす令嬢に、他人事ながらため息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ルシウス、ミュリエル!いい夜だな……てどうしたルシウス」
恐れ多くも第二王子殿下自らのお声掛けに夫婦揃って頭を下げ、礼の終わりの表情に率直な意見がされた。
ルシウス様を見上げ、苦笑してしまう。
納得いかない、さりとて機嫌が悪い訳でもない微妙なお顔は、こちらに来る前からのものだ。
説明を求める視線に、肩をすくめた。
「ドレスの色が気に入らないんです」
「……私の色じゃない」
そう言われても、一生紫しか着ないとか嫌だし。
ルシウス様の髪色のドレスもあるが、今日はお義姉様主催の夜会だし。
下手したらお義兄様と揃いの色になるじゃないの。
ということで、主催夫婦と被らない色選びをしたらば、ルシウス様の不興を買った。
「それにしては、少し嬉しそうでもあるわね?」
「似合わないとは思ってないし、かろうじてアクセサリーが紫と金なので。目に入るとご機嫌が直るのよ」
マリーの指摘にも答えを示すと、殿下夫婦に笑われた。
「相変わらず、愛が溢れてるわね」
「あふ……?」
「これ、本人無意識なんで。あまり言葉にしないであげて」
ほら、言葉が浸透したら恥ずかしくなってる。
耳を赤くし、恥じらって目線を彷徨わせるルシウス様に、一同『眼福!』と内心一致してることだろう。
しばらくルシウス様抜きで社交だ。
「ローズ様の主催でお披露目になったのね。てっきりアイゼンバーグ家で披露すると思ってたのに」
そう言ってマリーの向ける視線の先には、主催夫婦と並ぶ一組の男女。
体格の良い、威風堂々とした辺境伯家当主。
楚々として可憐な、当主夫人。
本日のメインイベント、辺境伯家当主夫妻のお披露目だ。
ルシウス様の祖母、ソフィア様のご実家。
当主になられたレイモンド様はルシウス様のハトコにあたるので、確かにアイゼンバーグ家で夜会を開くのもありだった。
「お義兄様と辺境伯様が旧友なんですって。お義姉様とも縁戚ではあるし、気兼ねなく過ごしてほしいとのことで、あちらのおうちが招かれたんですわ」
そうして見ると、二組の夫婦はともに仲良く談笑してる。
ハトコとは言え関わる機会の少ないルシウス様より、旧友であるお義兄様との方が会話も弾むのだろう。
マリーたちはそれで納得してくれたようだ。
耳の赤みがようやく引いたルシウス様もそちらを見てーー何か言いたげな表情だが、無視。
「まぁそうね。それに、辺境伯閣下と奥様もミューたちと同じくらい新婚だものね。同じ屋敷内に新婚夫婦が二組いるのも、周りがやってられないわよきっと」
マリーが冗談めかしてユーリ様に話し掛けるが、ルシウス様のお顔はますます複雑になった。
さすがにそのままではまずいので、マリーには目線で『ちょっと放っとけ』と伝えて、ルシウス様とともに少し離れる。
「……気にしてない、って言ってましたよね?」
「言ってた……」
「信じてないんですか?」
「そうじゃないけど……」
「閣下も奥様も幸せそうだったじゃないですか。結果良ければ全て良しでいいんです。ルシウス様が気に掛けることでもないの」
「うん……」
返事はするが、やはり浮かない顔してる。
別にルシウス様が何をした訳でもないのに。
いや、何もしてないからこそこの表情なのか?
◇◇◇◇◇◇◇
「辺境伯閣下、ですか。お祖母様のご実家の?」
次の夜会の話をしてると、なんだか浮かない顔をしてルシウス様が打ち明けた。
別に秘密の話ではないだろうに、どうも口が重くてそのくせ話したそうにしてるから、色々宥めすかして話のキッカケをどうにか始めさせた。
「僕らのハトコにあたるレイモンドが、結婚を機に後を継いだから。叙爵と夫婦のお披露目を兼ねてるんだ」
「それはおめでたい」
「それで、そのレイモンドの奥さんになったエリーゼ嬢なんだけど……」
「エリーゼ嬢。どちらの家の方ですか?」
「……ネフィカ子爵家」
「え?子爵?」
告げられた出自にポカンとしてしまった。
元伯爵令嬢として必要な高位貴族の家は把握してるし、下位貴族家も主要だったり交流のある家は知ってるが、ネフィカ子爵家は情報がない。
「すみません、情報を把握してなくて恐縮ですが、ネフィカ子爵家は何か突出した産業などお持ちでした?」
「いや、普通の家。普通の領地、特筆する名産もなし」
「そう、ですよね……。ならご夫妻は恋愛結婚なんですか?」
爵位の差に驚いてしまったが、元々縁のあった二人が身分の差を超えて結ばれたのならありかな。
しかし、ルシウス様は首を振った。
「恋愛結婚じゃないんだ」
「はい?」
「なんて言うか……しいて言えば、救済結婚?」
「キューサイ??」
言葉が変換出来なかった。
キューサイ、九歳、休載……救済?
「救い、って意味ですか?」
「そう。エリーゼ嬢は姉上のお茶会仲間の幼馴染だったんだけど、ネフィカ子爵の前妻の娘なんだ。幼い頃に母親が亡くなって、今は後妻を迎えてて異母妹がいて」
「うわ、はい。分かりました」
その説明だけで、テンプレートな出自であることを理解した。
「……いびられてた?」
「そうらしい。年頃なのに社交にも出て来ないし、手紙を出しても返事がなかなか来ないって仲間の令嬢が長年心配してたところ、子爵家に昔から仕える家令が一念発起して、エリーゼ嬢を心配してる幼馴染に会わせてくれたんだって。それですぐ姉上の茶会に参加させて、事態が発覚した」
「困った時のローズ様頼りですね!」
さすがはお義姉様!
感心してると、ルシウス様の顔が少し綻んだ。
「前妻の娘で長女なんだから、本来はエリーゼ嬢が婿を取って子爵家を継ぐはずなのに、使用人扱いして跡継ぎの教育を全く受けさせなかったらしい。本人も子爵家に見切りをつけてたから、一刻も早く家から出たいって。で、そうなるとどこかに養子に入れて高位貴族の嫁に入るのが手っ取り早いって……」
「高位貴族の嫁?」
心当たりが目の前に。
「それ、いつ発覚した話なんです?」
「……二年前」
「ということは、ルシウス様がまだ縁談とか考えてない頃のお話なんですね?」
「そうです……」
段々と項垂れてきたぞルシウス様。
「嫁入り話があったんですか?」
「……一番最初に姉上も僕を候補に立てようとしたらしいんだけど、エリーゼ嬢の為人と僕の性格を検討したら、これは止めておこうって没案になったんだって……」
「為人?ルシウス様と合わないんですか?」
「合わないかどうかは……話してもないし。でも、長年家で不遇の身を耐えてきたご令嬢だから、不満とかを表に出せない性格なんだって。僕と会わせたとしても、たぶんお互いに本音を打ち明けず当たり障りなく会話を終えるだろうって判断された」
「あら」
そこかー。
確かに、元々女性に慣れてないルシウス様が、いくら不遇の身の令嬢に同情したとしても、突っ込んだ会話とか出来ないだろうな。
お互い気を遣い過ぎて疲労して終わる予感。
さすがはお義姉様、ナイス判断。
「それで、次点が辺境伯家に?」
「ちょうどレイモンドも嫁候補を探してた時期だったんだ。辺境伯家は時流に沿って動かないといけないから、適齢期までは婚約しない方針で。彼は口数は少ないけど、顔色とかで機嫌を読み取るそうだから、エリーゼ嬢が打ち明けなくても寄り添えるんじゃないかって」
「それはなかなかの能力ですね」
「エリーゼ嬢も実家から逃げるんだったら遠い方がいいっことで。あっという間に辺境へ移った。一年婚約者として交流して、叙爵を機に結婚した」
物語になりそうななれ初め!
ハッピーエンドで良いではないの?
「それで、なぜルシウス様は浮かない顔を?」
「……不遇の身のご令嬢が助けを求めてて、自分の環境なら手を差し伸べられたのに、まさかの性格がネックになって頼られないとは……」
「不甲斐ない?」
「そう……」
なるほど。
ハッピーエンドは良しとして、名前が上がっただけで却下されたのが悔しいってとこかな。
自分で考えてもたぶん上手く振る舞えなかっただろうと思うと、なおさら情けないのかも。
性格の割に正義感は強いのよね、ルシウス様。
項垂れたままのお顔に手を差し込み、頬をつつく。
「ルシウス様。そこでエリーゼ様とご結婚なさってたら、私を救えませんよ?」
「ーーっ!」
「ルシウス様があの時未婚でいてくれたから、私もこのおうちに来れたんです」
ハッと顔を上げたルシウス様の目が見開かれる。
あの時、あのタイミングでお互いがいたからこそ進めることが出来た結婚だ。
「私はルゥの性格、好きよ」
「……僕も、ミューが好き」
嬉しそうに笑ったルゥに抱き寄せられ、ピッタリと収まった。
「ルゥがこの性格だから、私と上手くやれてるのよ」
「うん。エリーゼ嬢には悪いけど、あの時姉上に却下されて良かった」
「悪くないですよ。エリーゼ様も辺境伯閣下と結ばれたんですから、全員幸せな結末だわ」
「うん……」
「どうしても気になるなら、夜会でお二人の様子を見ましょう?幸せオーラが溢れてたら、ルゥと縁がなかったことも布石だったんだなって思えるわきっと」
「うん……」
二度目の頷きは、どこか迷ってるようだった。
「ルシウス様?」
「ミュー、……体格の良い男性は好き?」
「なんの心配ですか」
◇◇◇◇◇◇◇
「幸せですか?ってわざわざ言葉にしてまで確かめたんだから、もう気にしなくて良いのでは?」
「そこは疑ってない、納得してる」
「じゃあ何が引っ掛かってるんです?」
「……レイモンドの方が男らしいから……」
そこ?
夫婦に挨拶をし、二年前に救いの手を差し伸べられなかったことを遠回しに謝罪したが、二人ともキョトンとしてた。
意味を理解し、「気にしてない」とのお言葉をいただいたのでこれにて一件落着かと思ってたのに。
「今更鍛えて、女性陣にモテたいんですか?」
レイモンド様は体格が良くて寡黙、顔つきも精悍で男らしい方だ。
ルシウス様が引け目を感じるとしたら、逞しさくらいだとは思うけど、男らしくなりたいのか?
そう考えてると、割と泣き言が多くどちらかと言えば女々しい旦那様が、恨めしい目つきをした。
「女性陣に、じゃなくて。ミューにモテたい」
「は?」
「体格の良い男性が好きか聞いたのに、答えてくれなかったじゃないか」
そこか!
たしかに回答を有耶無耶にしてしまったが、特に拘りがないからだと言うのに。
私の夫がいじましい。
「……私が逞しい人がいい、と言ったら鍛えるんですか?」
「辺境で一泊三日をしてくるよ」
「そんな悲愴な顔で決意しないでください。体格は、このくらいがいいです」
そう告げて、ルシウス様の腰に抱きつく。
少しはしたないけど、これで機嫌が直るなら許されるだろうきっと!
少し間を置いて、ルシウス様の腕が回った。
「……本当?」
「本当です。ついでに言うと、髪は金色で目は紫が好みです」
「良かった。ミューの好みの色をしてた」
よし、直った!
たぶんマリーとユーリ様が呆れた顔をしてるけど、問題はない。
私達夫婦の仲が良好であることは、いつだって周囲に広めておくべき重大案件なのだから。