軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王宮の役人

「ミュリエル・グリフィス!お前との婚約を破棄する!そして、僕はこのアイリーン・カイザック子爵令嬢と、新たに婚約する!」

そう、婚約者はのたまったのだ。

と、妻から聞いた時、瞬時に浮かんだ言葉は。

……なぜ、学園の修了式で宣言を?

内容よりもシチュエーションに関する疑問だった。

◇◇◇◇◇◇

「アイゼンバーグ。これ、あとこれを各部署に配ってもらえるか」

上司に声を掛けられたのは、ちょうど手持ちの文書の添削が切り良く完了した時だった。

一式をまとめて片手に持ち、上司の前に移動する。

「こちら完了しましたので、確認をお願いします」

「はいはい。って、これもう終わらせたのか?明後日までだったろ?」

疑問顔を向けられるが、何を言うか。

「終わらせられる分は終わらせないと、イレギュラーな案件が入った時に影響がありますから」

当然のことを言ったまでだが、上司はなんとなく納得してない表情。

それを見たこちらも、何が?となる。

膠着状態の我々に対し、斜め前の席の先輩が割って入った。

「室長。アイゼンバーグは、残業せずに帰りたいだけですよ。奥さん待ってるから。今まではそうじゃなかったろ?」

そう言われて腑に落ちた。たぶん上司も。

奥さん待ってるから……、うん、いい響きだけど、奥さんはたぶん待ってない。

「単に私が会いたいだけですね」

心の内が素直に漏れた。

上司と先輩と、なんなら部屋中の人員の顔が生温くなった。

「アイゼンバーグも惚気なんてするんだな……結婚するってすごい」

「てか惚気るならもうちょっと表情緩めろよ。いつもの顔のままぶっ込んでくるな、反応に困るだろうが」

そう言われても。惚気たつもりがないので。

「まぁでも本当に、アイゼンバーグには良い変化になったようだな。部署回りも嫌がらなくなったし」

同僚のしみじみした言葉に、そこは確かにと頷いた。

王宮の総務を補佐する部署の役人として、月一は確定、多ければ毎週伝達事項を各部署に配布する必要がある。

こちらへの訪問者についでに渡すことが可能な文書もあれば、部署のトップに手渡しを厳守する内容もあるから、それなりに王宮内を歩き回る業務だ。

その『歩き回る』と言うのが厄介で……。

「妻帯者になったら、アイゼンバーグに絡む女性使用人も役人もかなり減っただろ?」

そういうこと。

こっちは仕事で歩き回ってるし、そっちだって仕事中だろう?!と切実に思うのだが、声を掛ける・腕を取る・よろけて倒れ込んでくる、などそれはバラエティ豊かに絡まれるのだ。

不幸中の幸いなのは自分の爵位が公爵家なので、身分を笠に着てどうこうされることはほとんどない。

これで身分が低かったりしたら、逆らえずに言われるがままお相手するしかなかっただろう。

下手したらそのまま取り込まれてたのかも、と思うと鳥肌が立つ。

今の所経験はないが、同じ公爵位に絡まれたなら家ごと抗議、王族や他国の来賓なら懇意にしてる王太子殿下に密告する。

ほとんどない、すなわちわずかにあるのは、こちらの爵位に気付かず伯爵令嬢辺りが居丈高に迫ってきたこと。

あの時は、周りの人間が泡吹いてたっけなぁ……。

遠い目の思い出はさておき、時間を取られるしストレスになるし問題は起きるしで、なるべく歩き回りたくないと言う思いは室内に認知されてた。

それでも回らなければならない場合は、咎められない最速で歩いてた。……目撃した王太子殿下に馬鹿笑いされたし。

「妻帯者に声を掛けるようなら、家門に喧嘩売ってますからね」

「アイゼンバーグだけでもエラいことなのに、嫁さんはグリフィス伯爵家だろう?あの商売上手な」

「あそこに睨まれたら、自分ちの商売オシマイだよなー。うちだったら物流止まるわ」

「うちももしなんかあったら、加工に使う原料が止められるんだろうな……」

なんか皆心配しだした。

ミュリエルの実家は領地持ちの伯爵家だが、実に手広く商売を行っている。

当主自ら仕入れに行くらしいし、なんならミューも自分の経営する店があるって言ってたな。

今はオーナーとして報告を聞くだけだが。

多少の策略はあれど、結局のところ家門全員が商売好きなんだそうだ。

「何かあれば、ですが。一度や二度くらいの無礼じゃ、商売に影響するほどの沙汰は出しませんよ」

一応伝えておく。実際、僕のやらかしや夜会での令嬢の失言についても、あの場でミューの気は収まってるのでそれ以上の罰などは与えられていない。

もっとも、今グリフィス家に無礼があったら アイゼンバーグ(うち) は黙ってないけど。

「寛大だなグリフィス伯爵家!さすが力のある家は違う」

「いい嫁もらったなぁアイゼンバーグ。参列した時に遠目から見たのとお披露目で挨拶したくらいだけど、若くて美人だった!」

「お淑やかそうだったな。アイゼンバーグはあぁいう女性が好みだったのかー」

上司が感心したように言う。

……お淑やか?ミューが?

あの気性はお淑やかとは言えない、言っちゃいけないだろう……と思って訂正し掛けたが、脳内のミューが本人曰くの貴族スマイルで「ルシウス様?」と笑い掛けてきた。

……了解です奥さん。言わなくていいこと、だね?

僕も見習って、貴族スマイルでやり過ごします。

「とにかく。部署回り、行けるな?各部署のトップもしくは第一補佐に手渡しだ。どちらも不在なら言付して、改めて在室の時間を告げてもらうように」

「承知しました」

「時間的に、戻ってくる頃に休憩に入るな。そのまま早めに入っていいぞ」

「ありがとうございます」

一礼して部署回りの準備をする。

「アイゼンバーグ、どっちの食堂にするんだ?俺は後休憩だから、第一食堂なら日替わりの献立見といてほしいんだけど」

隣の同僚に聞かれ、回るコースを思い浮かべる。

「……いや、最後に殿下方の部屋に行くから。そこから休憩なら第二だ」

「最後を殿下方にするのか?早めに終わらせたくね?」

「手渡すだけで終わるなら最初にするが、変に絡まれた場合後が伸びる」

「おい殿下に対して『変に絡まれる』とか言うな。不敬だろが」

ジト目で見られたが、肩をすくめるしかない。

第二王子殿下は特に関わりがないが、王太子である第一王子殿下は同い年で同級生、13歳で交流して以来実に10年に渡る仲だ。

当然お互いの黒歴史を知ってるし、他貴族たちのやらかしも把握済み。

公の場ではきちんと礼節を守るが、執務室内だと気心の知れたメンバーしかいないので雑談が盛り上がってしまうことがある。

もちろん嫌ではないしこちらも分かってて加わるのだが、仕事の時間が押してしまうのはいただけない。

「雑談で時間を取られるのは双方によくないし」

「王太子殿下と雑談って、ホント顔に似合わず強心臓だよな……。ちなみにどんな話をするんだ?」

聞かれて考える。

「……先月は陛下が頭髪に悩んでるらしきご相談を」

「今のは聞かなかったことにするから!さっさと行け!!」

この強心臓が!!と追い出された。

相談を受けてミューに聞いたらすぐさま育毛剤セットを献上して、先週は久しぶりに晴れやかなお顔で会議に参加なさってた、とまでは続けられなかった。

いい宣伝になったのになぁ。

秘密裏に口伝えで広まってるらしいけど。

癖で足早になりそうなことに気付き、苦笑して歩くペースを変えた。