軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お茶会

「皆様、皇城へようこそ。お会いできて嬉しいこと」

そう声を掛けつつマグダレーナが入室すると、すでに席に着いていた大使夫人たちが一斉に立ち上がり、皇后に向けて礼をとった。

おおお……!

マグダレーナに付き従っているエカテリーナは、内心で感嘆の声を上げる。夫人たちの装いの華やかさと多様性に、そうせずにはいられなかった。

舞踏会で皇国各地の衣装や流行をある程度は知れたけど、国際交流はやっぱりレベルが違う!

輝くばかりのメタリックパープルの髪を、塔のように高々と結い上げた夫人がひときわ目を引く。結い上げた髪の高さは、なんと五十センチくらいありそうだ。地毛だけではなく、何かで盛っているのだろう。

そうかと思うと、ターバンのような感じに髪に布を巻いて、髪を隠している夫人がいる。彼女の衣装はとてもカラフルで、紫、黄、緑、白、赤を大胆に配色して、それが華やかにまとまっていた。素晴らしいセンスだ。

七色に輝く爬虫類の革らしきものを、ドレスのアクセントにしている夫人もいる。蛇やワニではなく、ドラゴンの革だったりするのだろうか。ダチョウの尾羽のような巨大な羽を髪飾りにしている夫人もいて、きっとダチョウではないファンタジックな生き物のものに違いない。

その中に一人、黒一色の質素な衣装に白い被り物の夫人がいた。そのシンプルさが、逆に目立っている。目立つのは、この中では年配であるその夫人の、静かな威厳のせいなのかもしれなかった。

そして衣装だけではなく、塔のような髪型の夫人のメタリックな髪色のように、皇国の民には見られない容姿を持つ人も見受けられる。

さすが、大国ユールグラン皇国。国交のある国々が大陸三つを跨いでいるだけのことはあるよね。

予習してきて知っていたことだが、目の当たりにした思いでエカテリーナは内心唸る。

そこへ、マグダレーナが言った。

「まずはご紹介しましょう。こちらは本日の会に参加する、ユールノヴァ公爵令嬢エカテリーナですわ」

夫人たちの視線が、エカテリーナに集まる。エカテリーナは優雅に淑女の礼をとった。

「エカテリーナ・ユールノヴァにございます。このように素晴らしい会に参加させていただき、まことに光栄に存じております。どうぞよろしくお願いいたします」

夫人たちの視線がエカテリーナに注がれる。

強く、値踏みされた気がした。

「噂に高いユールノヴァ嬢にお会いできるとは、嬉しいことですわ」

「なんとお美しいご令嬢でしょう」

そんな声が上がる。それぞれ母国語が異なる夫人たちだが、日常会話に不自由ないレベルに皇国語が話せる人ばかりのようだ。このお茶会は、聡明で勉強熱心な夫人だけが参加できる場なのだろう。

そうした声にエカテリーナは答えず、マグダレーナの傍らに慎ましく控えていた。

通常のマナーでは、エカテリーナが謙遜の言葉を返すところだ。

しかしこの場合、夫人たちが声を掛けているのは、あくまで皇后マグダレーナ。大使夫人たちがこの会に参加している目的は、少しでも多く皇后と言葉を交わして 誼(よしみ) を通じ、皇国と自国の絆を深めることだ。好意的な言葉は皇后の趣向へのものであって、茶会の添え物に過ぎない若輩者のエカテリーナ自身など、眼中にないに違いない。

将来のガラスペンの他国展開に役立てようと張り切ってやってきたエカテリーナだが、がっついてはいけない。ここでエカテリーナが言葉を返すと、夫人たちが皇后からお言葉を賜る機会を潰してしまうことになり、かえって好感度を下げる恐れがあるのだ。

という注意事項をあらかじめ教えてくれたハリルさん、ありがとうございます。聞いていなかったら、張り切って自分から話しかけてしまうところでした。さすが商人です。

教えてくれた時の様子から見て、実はハリルさんが昔やらかしてしまって、その反省があるのかも?と思ったりしましたが。

「エカテリーナを聞き知っていらっしゃる方がこんなに、さすが情報通ですこと。今日はきっと楽しい会になるでしょう。皆様、お国のことをエカテリーナに教えてあげてくださいな」

マグダレーナが夫人たちに言葉を返してくれて、満足そうな夫人たちの様子にエカテリーナもほっとした。

そしてマグダレーナの言葉で、エカテリーナも控えるばかりでなく会話に参加する流れができたようだ。

皇后陛下、ありがとうございます。さすがです。

マグダレーナと、彼女に付き従ってきた二名の夫人と共に、エカテリーナは席に着いた。

なんと、皇后の隣の席だ。いいのかしらと思わずにいられないが、皇后が招いた客が公爵令嬢という身分であると、ここでないと収まりが悪いらしい。身分制社会とはそういうものなのだと、あらためて思い知るばかりである。

せめてもと、二名の夫人と、大きなテーブルを挟んで皇后の正面に座る大国の大使夫人たちに丁重に会釈をしておいた。

天候についての軽い雑談を交わす中、茶器が運ばれてくる。

侍従が、お茶の銘柄をうやうやしく告げた。

「ただいまよりお注ぎいたしますのは、ディンブレネア国スリ・ラジャ夫人よりご提供いただきました『翠天女』なるお茶でございます」

ディンブレネアは『神々の山嶺』近くにある島国で、高級な茶葉の産地として知られている。夫人たちの視線がターバンのような布で髪を隠したカラフルな衣装の夫人へ向いたので、彼女がスリ・ラジャ夫人だと分かった。

「ありがとう、スリ」

皇后にお礼を言われて、ラジャ夫人が微笑む。

「尊敬する皇后陛下にちなみ、また春の訪れを願って、お持ちいたしました」

流暢な皇国語に、感嘆せざるを得ない。

皇后陛下にちなみ、とは『翠天女』という銘をマグダレーナのブルーグリーンの髪色に重ねてのことだろう。では、春の訪れを願っての意味は?

という疑問は、侍従がカップにお茶を注いでくれた時に解けた。

なんとこれは……。

緑茶ではありませんか!

確かに早春の芽吹きを思わせる、透き通った 早緑(さみどり) 色のお茶を、エカテリーナは感動の面持ちで見つめる。

この世界に緑茶があるのは、なんら不思議なことではない。紅茶も緑茶も、なんなら烏龍茶やプーアール茶なんかも、原料は同じ茶の木の葉だからだ。ただ製法が違うだけ。

緑茶は発酵させない、紅茶は発酵させる。烏龍茶やプーアール茶は半発酵……だったかな。違ったらごめんなさい。

さらに実は、皇国に茶葉が輸入されるようになった当初は、緑茶が主流だったらしい。その後紅茶が入ってきてブームが起こり、今はお茶といえば紅茶で定着した。

とはいえユールノヴァでは昔ながらのハーブティーもよく飲まれていて、ミナはよくエカテリーナのために、安眠作用があったり体調を整えたりするハーブティーを淹れてくれている。

お茶と言いつつ、紅茶以外もけっこう飲んでいたエカテリーナである。

なお、先に緑茶が流行って、のちに紅茶が定着した流れは前世のヨーロッパも同じだったらしい。

「緑茶は初めて?」

マグダレーナに訊かれて、エカテリーナは頷いた。今生では初めてなので。

「はい、このように爽やかな色のお茶をいただくのは初めてですわ。香りもすがすがしく、春の空気が立ち昇るような心地がいたします」

「気に入ってくださいましたのね」

ラジャ夫人がエカテリーナに微笑みかける。

「苦みがありますので砂糖をお使いになる方が多いのですが、我が国では砂糖を入れずに飲むのが一般的なのです。最初の一口だけでも、お試しになりませんか」

「お教えありがとう存じます。そのようにいたしますわ」

エカテリーナは笑顔で答えたが、日本人であった記憶を持つ者として、緑茶に砂糖を入れる選択肢は最初からない。

前世でも、よその国で日本人がペットボトル入りの緑茶を買ったら砂糖入りで驚いたという話を聞いたので、皇国で緑茶に砂糖を入れるのがスタンダードなのは事実だろう。けれどもやっぱり、違和感を感じずにいられないのだ。

とはいえ、肉体は日本人雪村利奈ではなく、ユールグラン皇国人エカテリーナ。前世とは、味覚や嗜好に若干の違いがある。緑茶を飲んだら、砂糖を入れたくなる可能性は捨てきれないかも。

などと思いながら、エカテリーナは緑茶を一口飲んだ。

よし捨てきれた。

「確かに苦みがありますのね。ですけれどたいそう風味豊かで、苦みの奥にほのかな甘みが感じられるように思います。わたくしはこのまま、お砂糖は入れずにいただきとうございますわ」

エカテリーナの言葉に、ラジャ夫人がにっこり笑った。