軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

星雲を抱く

イヴァンに連れられてきたレフとアイザックは、見事に対照的な表情をしていた。いかにも着慣れない感じの礼服でこちこちに緊張している様子のレフと、公爵家の一員らしく華やかな姿も板につき、ほのぼのとした笑顔でただ喜ばしげなアイザックである。

「エカテリーナ、誕生日おめでとう。今日もとても綺麗だねえ」

アイザックがエカテリーナに言った。

「ありがとう存じます。大叔父様に祝っていただけて、嬉しゅうございます」

「きっと兄様も祝っているよ」

アイザックの視線は、絵の中のセルゲイに向いている。

「アレクセイの贈り物は素晴らしいね。こんなに優しいことを思い付くようになって……それにこの絵、本当に兄様がそこにいるような気がして、僕は嬉しいよ。あの子は立派な画家になったなあ」

あの子、というのはハルディン画伯のことだろう。ハルディンが画家になれたのは祖父セルゲイの引き立てがあったからだそうだが、二人を引き合わせたのはアイザックだったそうなので。

なお、アイザックとハルディンが知り合ったきっかけは、皇都で道に迷っていたアイザックを当時少年だったハルディンが道案内したことだというのが、アイザックらしいエピソードではある。

「でもね、レフの贈り物もきっと君は気に入ると思うよ。レフはずいぶん前から準備してきたそうでねえ……少し手伝わせてもらえて楽しかった。こんな才能のある子を、よく見付けたねえ」

えっ。

大叔父様がムラーノ工房に通い詰めていたのは実は、レフ君の誕プレ制作を手伝うためだった?

それは、凄いことなんですが。レフ君も天才だけど、大叔父様も天才なんですから。歴史に名を刻むというか、人類史に変革をもたらすレベルの大天才なんですから。

私の誕生日プレゼントに、こんなすごい二人がタッグを組んでしまったのって凄すぎるのでは!

「いっ、いえ」

レフがあたふたと首を振る。

「お嬢様、お誕生日おめでとうございます。あの、公爵閣下がお買い上げくださいましたから、これは僕ではなく閣下からの贈り物です。そもそもハリル様が以前からご支援くださって、それで形にできたものですし、僕からの贈り物なんて言うのがおこがましいと……。博士も本当にすごい方で、もうユールノヴァ公爵家で制作されたものと言ったほうが」

え、そんな前から?ハリルさんレフ君を支援してたの?

ていうか、お兄様レフ君が用意してくれていたプレゼントを、お買い上げしちゃったんですか?

「我が妹にふさわしいものと認めたので、私からの贈り物とすることにした」

アレクセイが言う。

お兄様、堂々とおっしゃる。妹にふさわしいものは自分が贈る!という、清々しいまでのわがままボディならぬわがままシスコン。さすがお兄様。

ところでどこからわがままボディ出してきた自分。

ていうか、わがままなんかじゃないし!

レフ君は以前から髪飾りやブレスレットをプレゼントしてくれて、代金を渡そうとしても気晴らしに作った物だからと受け取ってくれなかったんだよね。でも最初の髪飾りだって素晴らしかったのに、青薔薇のブレスレットはもはや世紀の傑作以外の何物でもない上、ガラス以外の金細工の要素も大きくて他の職人さんの手もかかっていたはず。

公爵令嬢の私が、いち職人であるレフ君からタダでそういう物をもらってしまうのは間違っているよねと、実はずっと気になっていたんですよ。私が前世庶民だからそう思うだけでなく、この世界での感覚でもかなりナシで、レフ君のほうが僭越とか非難されてしまいかねない異例のことなので。

今回、お兄様がレフ君に対価を渡してくれたのなら、その気掛かりもなくて済みます。ありがとうお兄様。

そしてお兄様は、ちゃんとレフ君を来客として招いて、贈り物を披露する時にはこうして呼んで、制作立案がレフ君であってそもそもの贈り主であることを明らかにしている。公明正大。こういうところ、本当に素敵です。

しかし、天才のレフ君と天才の大叔父様がタッグを組み、お兄様がこれは自分からの贈り物にする!と奪い取ったじゃなくて出資者になったほどのプレゼントとは、一体……。

とエカテリーナが思ったまさにその時、声がかかった。

「ご用意いたしました」

そう言ったのはハリルだ。彼の後ろにはユールノヴァ家の使用人の中でも屈強な男性が数人がかりで、白い覆いをかけた大きなものを 輿(こし) に載せて重たげに運んできている。商業流通長のハリルが直々に、工房からの運搬を指揮してきたのだろうか。

レフ君の作品なのに、こんなに大きい?

ガラスペンやアクセサリーとはあまりに違うもののようで不思議に思ったが、ふと頭をよぎる記憶があった。二人がかりで抱えるほど大きくて重たげなガラスの花瓶を運ぶ、徒弟たちの姿。

あれを見たのは……ガレン工房。レフと初めて会った場所で、ムラーノ親方が亡くなってからしばらく、レフはそこで働いていた。

その時にレフは、ガラスで大きな作品を作る技法を身につけたに違いない。ムラーノ工房の炉はそんな大きなものを作るには適さないだろうけれど、そのあたりをハリルの支援でなんとかしたのかもしれない。

細心の注意を払って、運んできたものが床に下ろされた。

「披露を」

アレクセイがレフに言い、レフは緊張の面持ちで白い覆いを掴むと、一気に取り去った。

「ーーっ!」

言葉にならなかった。

現れたのは、女神像。

いや、レフは女神ではなくあくまでエカテリーナの似姿として、この彫像を制作したのかもしれない。だが、見た者誰もが、女神としか思わなかった。

ほぼ等身大の立像だ。波打つ髪を背に垂らし、目を伏せて淡く微笑んでいる。衣装は古代アストラ帝国風のゆったりしたチュニック、右手はその衣装を腿の辺りで軽く摘み、左手は胸元に当てている。その指先のまろやかな形と静謐な笑みに、エカテリーナは奈良の中宮寺で見た国宝、 半跏思惟像(はんかしゆいぞう) を思い出した。そしてもうひとつ、ミケランジェロのピエタ像も。

それほど美しい。ガラスの像ゆえに目鼻立ちははっきりと見てとれはしないのだが、それゆえにこそ絶世の美女と感じさせた。

ガラスだが無色透明ではない。まるで巨大なオパールから掘り出したかのように、青みがかった乳白色の中に淡い虹色の色彩が浮かび上がっている。その色は均一ではなく、像の胸部に濃くそこから離れるにつれて透明に近くなっていた。

アールデコのガラス工芸の巨匠の一人ルネ・ラリックが好んだ、オパールガラスによく似ている。ラリックもまた、このオパールガラスを素材として女神像を多数制作していた。美術館で開催されていた作品展にたまたま行って、その美しさにうっとりした記憶のあるエカテリーナだが……あの時に見たオパールガラスと目の前にある女神像は、似て非なるものだ。

この女神は……本当に、淡く光っていた。

胸部のオパールに似た乳白色の奥に、いくつかの異なる色の光源があり、ゆるやかに明滅している。それはまるで、女神が胸の内に、息づく星雲を抱いているかのようだ。

光といえば……もしかして。

エカテリーナは、アイザックに視線を向ける。アイザックは無邪気に答えた。

「この光かい、虹石だよ。微細な虹石を取り出す工夫をしていたものだから、細かいのが手元にたくさんあったんだ。虹石は熱では溶解しないから、原料に混ぜて溶かしてガラスを成形しても、虹石は内部で光る」

ああそういえば、ユールノヴァ領の旧鉱山で初めて会った時、微細な虹石を顕微鏡で見たり話を聞いたりしたのだった。

「光だけでなく、このオパールのような色合いを出す方法も、博士に教えていただいたものです」

レフも言葉を添える。

「無色透明では物足りなくて、でも今までのどの色でも満足できなくて、行き詰まってしまって……求めていた通りのものを完成させることができたのは、博士のおかげです。美しくて、優しくて、どこか謎めいている……僕はまさにこれを作りたかった。学者様はすごいです」

自分の作品を見やるレフの目には、万感の想いが込もっているようだ。

「すごいのはレフだよ。不純物が混じるとガラスはすぐに割れてしまうけど、虹石の場合、ガラスをむしろ強化できることもある。ただし混入させる虹石が含有する魔力を一定の組み合わせにしなければならないし、成形物の中の虹石の位置も重要だから難しいんだ。この大きさで成功したのは初めてだよ」

とアイザックは言うが、虹石がガラスを強化できるとかその条件とか、おそらく本人が突き止めたことだろう。彼をおいて他に誰一人、レフに理想の作品を作る手助けができる者はいなかった。

やはり天才同士のタッグは、とんでもない奇跡を起こしたらしい。

「ご覧、これがお前だ」

アレクセイがエカテリーナの肩を抱いた。

「この像は、お前の本質を見事に捉えている。この世のものとも思えぬ美しさ、優しい光……ハルディン画伯にはあらためて今のお前の肖像画を依頼しているが、魂を描く画家と言われる画伯といえども、ここまで描き出すのは難しいのではないか。この像はお前自身に次ぐ、ユールノヴァの至宝となった」

「お兄様……」

言いかけたものの、エカテリーナは口をつぐむ。

もう一度、女神像を見やった。

ほぼ等身大の像だが、台座と一体になっておりその分高さがあるので、エカテリーナは見上げることになる。

胸元に乳白色が濃く、離れるにつれて薄くなっていくが、服のひだ、指先や顔など、精緻な箇所は輪郭に乳白色が強く出ているようだ。水晶とオパールが溶け合ったかのような透明と乳白色の揺らぎが、虹石がなくとも淡く光を帯びているように美しい。

顔立ちはエカテリーナと瓜二つなのかもしれない。だがこの幻想的な色彩、表情、そして光。見つめていると、時を忘れてしまいそうだ。

内心で叫んだ。

お兄様。

これが私って、完全にシスコンの欲目です!シスコンフィルターです!

私、ここまで美しくはございません。お母様似ですから自分で言うのもなんですが美人のうちではありますが、ここまでではないです!

しかしレフ君、天才なのはよく知ってたけど、なんかもうどこまで行っちゃうの。ミケランジェロがピエタ像を制作したのと同じくらいの年齢だと思っていたら、あの傑作と比肩できちゃいそうなものを作ってしまうなんて。

モデルが悪役令嬢の私なのに、この神々しさ。天才による恐るべき美化。

これはもしかして、レフ君、シスコンウィルスに感染してしまったのでは……。

などと考えておののくエカテリーナ。

いつの間にかエカテリーナの中では、シスコンウィルスは確固たる実在の存在になってしまったようだ。

現実逃避ともいう。