軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

音楽の夕べ(始まり)

音楽の夕べはエカテリーナにとって、ぶっちゃけ名前が小洒落ているだけのクラスの親睦会である。

前世の高校時代、合唱部で参加したコンクールの打ち上げで、カラオケのパーティールームを借りて皆でわいわい楽しんだ、そのノリだ。なのに妙なゴタゴタが生まれてしまって困惑したが、準備そのものは順調に進んで、予定どおりに開催の運びとなった。

クラスメート以外の聴衆も来ることは予想していたから、他の教室から椅子をいくつか借りて並べたりはしていた。が、蓋を開けたらそれではとても足りず、聴衆というか見物人が音楽室の外まであふれる事態となった。

気楽なクラスのカラオケ大会のはずが、しっかり発表会っぽい雰囲気になってしまった。

ひええ。

いや大丈夫。前世のコンクールは、区民会館の大ホールとかでやったんだから。ギャラリーは四桁いっていた可能性がある。それと比べたら、これくらい平気平気。

と自分に言い聞かせていたエカテリーナだが、すぐに不安を忘れ去ることになった。兄アレクセイが、ニコライと共にやってきたので。

二人の前に、すみやかに道が開く。在校生でありながら「ユールノヴァ公爵」である、アレクセイは有名人だ。エカテリーナのクラスの催しにわざわざ来た生徒たちには、別の意味で有名なのかもしれないが。

「お兄様!」

「エカテリーナ」

迎えた妹を、アレクセイは優しく抱擁する。

きゃー!

「きゃー!」

ん?また?

軽い 既視感(デジャビュ) と共に顔を上げると、音楽室の窓に鈴生りになっていた三年生らしき女生徒たちが、さっと引っ込んだ。

やっぱり、お兄様の同級生のお姉様方ですか……。

なんとなく触れないほうがいいような気がして、エカテリーナは彼女たちをスルーしておこうと思う。

しかしふと考えてみると、学園内で兄に抱きつくのは、貴族令嬢としてどうなのだろう。公爵家の品格とか、お兄様の威厳とかに、傷をつけてしまっているのではないか。

「どうした?」

妹の表情が曇ったことに気付いて、アレクセイがそっと頬に触れる。エカテリーナは目を伏せて、悩ましげに言った。

「わたくし近頃……お兄様に甘えすぎではありませんかしら。ユールノヴァの娘たるもの、いま少し周囲の模範となるべく、威厳を保つべきではないかと」

「お前は望む通りに振る舞えばいいんだ。お前の優しさと気品は、そのままで周囲の模範だとも」

一分の迷いもなくアレクセイが断言する。

「お前が笑顔で私に歩みよってくれることが、私の心にどれほどの喜びと光をくれることか。お前は夜の女王であり、光の女神だ――私のエカテリーナ、思いのままに輝いていておくれ。世界を明るく、美しい場所にするために」

「お兄様……」

シスコンフィルターの光度調整機能が進化してますね!さすがお兄様!

悪役令嬢の私が光の女神って、どうつっこんだらいいのか解らないほどのシスコンぶりです。私もブラコンとして、お兄様のシスコンに追いつけるよう、もっと精進せねば。追いついてしまっていいのか、よくわからないけども。

とにかくこれからも、お兄様が喜んでくれるなら、私も喜んで抱きつきます!

考えてみたら今さらですもんね。

「あいかわらず仲が良くて何よりだ……」

ああっお兄様の隣でニコライさんが遠い目に!すみません!

「ニコライ様、ようこそ。マリーナ様は三番目に歌ってくださる予定ですの、楽しんでくださいまし」

「ああ、ありがとう。猿の鳴き声なんぞ、聞いてもらってすまんな」

「お兄様!」

ちょうどやって来たマリーナが、キーッと怒りの声を上げた。

「どうしてそう、お兄様は無神経なんですの!閣下のお言葉の美しさと比べたら、お兄様のほうがよほど猿ですわ!いえ、猿にも劣るガマガエルですわよ。早く人間になってくださいませ!」

「お前な!俺に公爵みたいな台詞を言って欲しいか⁉︎」

ニコライの言葉に、マリーナは虚を衝かれたように考え込み……ふっと生温かく笑って兄をナナメに見る。

「絶対に嫌ですわね」

「……おう」

今日も仲良く喧嘩するクルイモフ兄妹を、にこにこと見ているエカテリーナである。

こちらの兄妹も、現れ方は違っても、ブラコンシスコンの気があるような気がするのだった。

そんな一幕はあったものの、掃除を済ませたオリガも寮から戻ってきて、音楽の夕べは始まった。

始まりを告げたのはエカテリーナだ。実質的主催者の責任として。だからこそ、想定以上の参加人数を見て、不安になりかけてしまったわけだが。

「皆様、あらためまして、二学期に皆様と再会できたことを喜ばしく思っております。このささやかな催しで、わがクラスの和がいっそう深まりますことを、願っておりますわ。

そしてお集まりくださったお客様方、つたない技芸ではございますが、お楽しみいただければ幸いに存じます」

内心びびっているとは到底思えない、楚々としつつも凛と立つ公爵令嬢が優雅な口調で言う挨拶に、温かい拍手が起きる。

「今宵は、参加を申し出ていただいた順に演奏していただくことになっておりますの。ですから、僭越ながら一曲目はわたくしと」

エカテリーナは微笑んで手を差し伸べ、待機していたフローラが歩み寄ってその手を取った。

「フローラ様との二重唱にて、歌わせていただきます。お耳汚しですが、お聞きくださいまし」

フローラの表情に緊張が見て取れて、エカテリーナは取り合った手にそっと力を込める。

大丈夫大丈夫。しょせん教室に入れる程度の人数、二桁止まりだから。クラスの学芸会だから。失敗したって笑い話さ!

自分だってびびっていたくせに、勝手なものである。

しかし、フローラは笑顔になった。

アイコンタクトでタイミングを取って、少女たちは歌い出す。

皇国は、今は残暑の季節。涼風渡る夕闇の中に、雪風吹き荒ぶ雪の歌が流れ出した。

――この歌は、世界的大ヒット曲なのだけれど。

実は日本語版の歌詞は、本家である英語版の歌詞とは、かなりニュアンスが変わっているそうだ。英語版はもっと、孤独な主人公の心の苦しみを訴える内容らしい。

対して日本語版は、吹っ切れてありのままの自分を肯定する、明るく力強い感じに改変されている。

世界各国の言語に翻訳されたこの曲だけれど、日本語版の内容は特異なもので、世界に紹介されると高く評価されたとネットの記事で読んだことがある。さらに日本語版は映画そのものも、いろいろな台詞の翻訳が歌詞に寄せたニュアンスになっていて、英語版とは印象が違うそうだ。

あの映画が日本で特に大ヒットした理由は、そこにあるらしい。

今回、皇国語への翻訳で元ネタにしたのは、日本語版の歌詞。正直、英語版の歌詞はそこまで覚えておりません。

それに日本語版の歌詞こそ、フローラちゃんに歌ってほしいと思った内容なので!

主旋律を歌うのは、基本的にソプラノのフローラ。華のある澄んだ声は美しく、音楽室に入りきれない者たちにも伸びやかに届く。

メゾソプラノで音感の優れたエカテリーナは、きれいなハーモニーで主旋律を包み支える。時にはソロで歌い、曲にアクセントをつける。

伴奏のないアカペラで歌っているにもかかわらず、安定した音程は不安も不足も感じさせない。美しいハーモニーからそれぞれのソロへの切り替わり、次々に転調して変化するメロディーは、聴くものを驚かせ、深く惹き込んでゆく。

二人の少女はときおり手を取り合い、笑顔で身を寄せたり以前のファーストダンスの経験を生かしてターンを決めたり、見た目にも華やかな振り付けで、聴衆を釘付けにした。

ここは学園。聴衆は皆、思春期の少年少女だ。そして貴族の子息子女であって、それぞれの軽重はあれど、背負っているものがあり束縛されていると感じ、抑圧を感じてもいる。

そんな彼らにとって、自分への肯定を歌い上げる歌詞が、どれほど魅力的か。

歌い終わって、エカテリーナとフローラが一礼した時。

聴衆からは惜しみない拍手が起こり、一曲目にもかかわらず総立ちのスタンディングオベーションとなったのだった。