軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

報連相「相談」

ミハイルとは、学園内にある 東屋(あずまや) で待ち合わせていた。

三人ものお供(保護者かも?)を連れていくことになって、驚かれてしまうだろうな……と思いながら、エカテリーナはその東屋へ急ぐ。身分制社会であるからして、待ち合わせには身分が低い側が早めに行って待つのがマナーなのだ。そのあたりの感覚が、ちょっと身に付いてきたような気がする。

そしてミハイルは、身分が高い側のマナー通り少し遅れてきた。さほど待たせない、ほど良い頃合いであるのがさすがだ。

「やあ、待たせてすまない」

「お出でくださってありがとう存じますわ」

そう言葉を交わしつつ、エカテリーナはミハイルの背後にちらりと目をやる。彼も、一人ではなかった。

「あれは気にしないで。野次馬みたいなものだから」

珍しく、笑っていないと解る笑顔でミハイルが言う。俊敏そうな細身の青年、ミハイルの従僕ルカが、糸のように細い目をさらに細めて、なにやら楽しげに笑っていた。

「その、わたくしも、供が多くて申し訳ございません」

エカテリーナがそう言ったのは、イヴァンの立ち位置が従僕としてはいささか前に出過ぎているためだ。いつもにこにこと愛想のいい彼が、今はなぜか隣のミナよりも厳しい雰囲気で、ルカと相対するような位置を取っている。

イヴァン、どうしたの……。

あ、そういえばイヴァンとルカは、ユールノヴァ領でもこんな風に、皇子と話している時に近くにいたような。狐が出たとかなんとか。

緑豊かなこの学園なら、敷地内に狐の巣穴くらいありそうだから、ここでも出そうなのを警戒しているとか?狐ってそんなに警戒する必要あるのかなあ。

「フローラが来てくれたのなら、ルカたちには少し離れていてもらおうか」

ミハイルがそう提案してくれたので、それならイヴァンも警戒を解くことができるだろうと、エカテリーナはほっとしてうなずいた。

東屋の中で、エカテリーナとフローラは小卓を挟んでミハイルと向かい合った。

東屋には壁はなく、屋根とそれを支える柱だけの簡素な建物であるからして、三人の姿は外からもよく見える。イヴァン、ミナ、ルカは、東屋の外から三人を見守っている。貴族令嬢の基準から見てもまったく問題のない、健全きわまる状況だ。

なお、まだ燃えているフローラには、小卓を挟んで座る位置関係を少し直された。

なぜ直されたのかよくわからないが、皇子ミハイルにも堂々とものを言うフローラの姿に、エカテリーナはほんのり感動している。

フローラちゃんもすっかり皇子と親しくなったんだなあ……もしかするとこの先、ルートに入ることもあるのかも?

この思考のずれっぷり。一周回って、ある意味心配いらないのかもしれない。

ある意味では心配しかないが。

それはともかく、エカテリーナはミハイルにオリガの件を相談した。

「そう……リーディヤは、そう出てきたか」

ふっ、とミハイルは嘆息する。

「相談してくれてよかった。セレズノア家などの旧守派は、身分差を明確にすることが国家安寧の礎になるという考え方をしていてね。セレズノア領では、身分に応じて着るものや髪型、家の広さに様式まで、事細かに領法で定められているんだ」

「まあ……」

うわあ。

と思うけど、そういえば前世のヨーロッパでも日本でも昔は、 奢侈禁止令(しゃしきんしれい) と称して、そんなような法律があった気がする。時代と国によって、程度はさまざまだったけど。

この世界にもそういう考え方があって、何も不思議はないか。

「だから、もし君が自分でリーディヤに、そのフルールス嬢への扱いについて抗議でもしていたら、大きな議論を呼ぶことになったかもしれない。学園全体で旧守派と改革派が対立することになって、クラスの催しどころではない騒ぎになった可能性もあるね」

マジか……。

それが、リーディヤちゃんの狙いだったわけ?

学園を、いやもしかしたら学外の大人たちも巻き込んで、私への批判を巻き起こそうとした……とか?

ミハイルの言葉に、目を丸くするエカテリーナであった。

隣のフローラも絶句している。驚異のポテンシャルを持つゲームヒロインであるフローラだが、こういうことにはさすがに、不慣れどころか無知だ。

「フローラと親しい様子を見て思い付いたのだろうけど……リーディヤとしては、騒ぎを狙うというほどでもなく、君の出方を見ようとしたんだろうね。そういうことができるのが、優れた貴族令嬢だと、彼女は思っているから」

うーん……。

いや、いかん。こういうことは前世の価値観で評価はすべきじゃないだろうから、なんも言えません。

ただ、モニョる!

「ミハイル様は、そうはお思いではないようですわ」

エカテリーナの言葉に、ミハイルはただ微笑む。

こういうあたり、明確な評価はしないではぐらかすのが当然か。

と思ったが、ミハイルは不意に頭を一振りして、真面目な顔で言った。

「ある意味では優れていると思うよ。ただ、総合的な評価としては、良くはないと思う。自分の望みのために、大きな波風を立てて恥じないのは、どうだろうね」

あ、良かった。うん、君はそう思うよね。

「ミハイル様は、やがて皇国の安寧を担うお立場でいらっしゃいます。その視点で見れば、当然のお考えですわ」

エカテリーナがにっこり笑うと、ミハイルは笑顔になった。

「それで、君はどうしたいと思っているの?」

「わたくし……セレズノア家のご領内のことに、物を申すつもりはございませんの。長年それを続けてきたからには、それなりの必要がおありなのでしょう。ご事情も知らずに勝手な口出しなど、すべきでないことはわきまえております」

個人的には、めっちゃモニョりますけども。

あちらにはあちらの歴史があり、事情があるんだから。さっきも思った通り、前世の価値観でどうこう言うべきじゃない。

いや前世でだって、恐怖政治をやっていた中東の独裁者を排除したら、その国がかえって悲惨極まりないことになったり、していたもんね。

それに下手に口を出すと、オリガちゃんのためになるどころか、板挟みになってしんどい思いをさせてしまうだろうし。

「ただ、同じクラスでよき友人であるオリガ様に、クラスの催しを共に楽しんでいただきたい。それだけなのですわ」

リーディヤちゃんが聞いたら、笑うんだろうなー。

政治力とか、何それおいしい?の、ド庶民の感覚ですよ。

でも、なんでだろうね。私、彼女を、凄いとは思えない。

皇后という立場を狙うにしては、いずれ全員が自分の臣下となる者たちに争いを起こすなんて、長期的に見て得策かな?って思うんだよね。Win-Winが最上だよ。

本当にこれからの長い人生を、皇后という国を担う立場になって過ごす覚悟があるのなら、今はせっかくの学生時代。大人の真似をするより、短い子供時代をいとおしみ、楽しめばいいのに。

目の前にいる、皇子がまさにそうしているみたいに。

「できることなら、リーディヤ様にも、催しにご参加いただければ嬉しゅうございますわね。クラスの親睦を図る催しですので、難しゅうございましょうけれど。せっかくの学生生活を、お楽しみになっていただきとうございますわ」

エカテリーナの言葉に、ミハイルは微笑んだ。

「わかった。なら、君のクラスの催しではない音楽の会があればいいんだろう。リーディヤがそちらに参加するように、手配をするよ」

おおっ。

それなら、リーディヤちゃんがいない間に掃除を済ませて、オリガちゃんは音楽の夕べに参加することができる。

「でも、ひとつ条件があるんだ」

えっ。

「リーディヤを呼ぶために、僕も、君のクラスの音楽の夕べは聴きに行くことができなくなるからね。代わりに、別の機会を作って、君の歌声を聴かせて欲しい」

そう言って、ミハイルはちょっと悪戯っぽく微笑む。

きっと彼は、こちらが借りができたと思って遠慮をしないで済むように、こんな条件を出したのだろう。そう考えて、エカテリーナはぱっと笑顔になった。

君って本当にいい奴だよ!

「そのようなことでしたら、いくらでも。わたくしの歌などを聴いてくださるなら、嬉しいばかりですわ」

「ありがとう。楽しみにしてる」

にこっと笑ったミハイルの前で、エカテリーナはフローラに顔を向けた。

「フローラ様、勝手に同意してしまって、申し訳のう存じますわ」

「いえ、私も光栄です。一緒に頑張ります!」

いい笑顔で、フローラがぐっと拳を握って言う。

「えーと……二人で?」

笑顔が顔に貼り付いた状態でミハイルが言うと、美少女二人は笑顔でうなずいた。

「わたくしたち、二重唱で練習しているのですもの。フローラ様の素敵な歌声を、ぜひゆっくりお聴きくださいまし!」

「素敵なのはエカテリーナ様です。完璧な音感を持っていらして」

きゃっきゃと褒め合う少女たちに口出しできるはずもなく、ミハイルは苦笑した。

「まあ、いいか」

繰り返すが、東屋には壁がなく、彼らの姿は外からよく見える。通りかかった者がいれば、学園内では珍しいメイドと従僕の姿もあって、目を引かれるだろう。

そして、皇子ミハイルと公爵令嬢エカテリーナが話し込んでいたことを、記憶に留めるだろう。誰にはばかることもない、健全な歓談だとしても、親しげな様子だったと。

ミハイルとしては、まあいいか、なのだった。

だって。

二学期になって、エカテリーナの人気はますます上昇しているようだし。

歌よりも、ただ彼女を見つめるために、その日を楽しみにしている男子が山ほどいるようだし。

彼女はあいかわらず、どこまでも無邪気で、無防備だから。

これくらいの牽制は、しておかなければ。

エカテリーナではなくリーディヤと過ごすことで、社交界はさぞ、色めき立つだろう。エカテリーナが軽んじられるかもしれないと考えただけで、腹立たしい。

リーディヤは優秀な貴族令嬢だ。そして、それゆえに、権力を争う貴族たちの一員でしかない。

エカテリーナは、それとは違う視点でものを見る。普通のようでいて、より高く広く、見渡す視線を持っている。だから、彼女と話すのは楽しい。

それに……今日も彼女は、きれいだった。

翌日、オリガが嬉々としてエカテリーナに言ってきた。

「エカテリーナ様、わたし、音楽の夕べに参加できるようになりました!」

音楽の夕べを開催する日に、リーディヤがミハイルに請われて、歌声を披露することになったのだそうだ。

リーディヤは大喜びで、オリガのことなどどうでもよくなったらしい。

さらに、伴奏のためにミハイルが皇城の音楽家を手配したので、レナートもお役御免で時間ができたと。

「ようございましたわ、わたくしも嬉しゅうございます」

オリガに優しく言いながら、皇子ありがとう!と思うエカテリーナであった。