軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰途

「フォルリ卿、どうか危険なことはなさらないでくださいましね。決して火口にはお近づきにならないで、周囲の様子を確認なさったらお戻りくださいまし。たとえ噴火の兆候が見られなかったとしても、突如何かが起きるかもしれないのですもの。くれぐれも御身を大切になさって」

「お嬢様、このような老人など、そうご案じくださることはござりませぬ」

くどいほどに言い募るエカテリーナに、日焼けした顔をほころばせて、フォルリは言った。

「こたびは現状把握が目的であることは、しかと承知しておりまする。深追いはいたしませぬ」

「そうですわね、わたくしがフォルリ卿を案じるなどおこがましいことですわ。お許しくださいまし。ですけれど、フォルリ卿は、お兄様にとってかけがえのないお方でいらっしゃるのですもの」

お兄様にとって、お祖父様は常に変わらぬ指針であり目標だから。お祖父様の親友というポジションのフォルリさんは、特別な存在。

皇国よりずっと科学が発達していた前世でも、確か九州の噴火で世界的に有名な火山学者夫妻が帰らぬ人になったことがあったはず。思わぬ事態というのは、起きる時には起きてしまうんだろう。

「もったいなき仰せ。ですが、閣下が一番大切にお思いなのはお嬢様にござりまする。一刻も早くお戻りになり、無事なお顔をお見せくだされますよう」

そうですねお兄様シスコンだから。

しかしフォルリさん、すっかりお兄様のことを閣下と呼ぶようになったんですね。以前はフォルリさんだけが『若君』と呼んでいたのに。若君呼びもちょっと萌えました。

でも、フォルリさんから見て、お兄様が頼もしさを増したということだろうから、喜ぶべきなんだろうな。

それにしても森林農業長という『長』がつく立場の人が、こんなにワイルドライフな現場の最前線ばっかり出歩いてていいんだろうか?

と思ったら、森林農業長としての実務は、ナンバーツーの副長に権限委譲してほとんど任せているんだそうだ。

というか、フォルリさんを森林農業長にしたのはお祖父様だけど、本当は副長のほうを任命したかったそうな。けど身分が低くて、周囲の反発が必至だった。本人がえらい苦労するのが目に見えていたから、侯爵家の生まれで身分では誰も文句を言えないフォルリさんをトップに据えて、副長がやりやすい体制を作ったと。

だから、フォルリさんが前世の国民的時代劇の御隠居様のごとくに領内を漫遊していても、仕事は問題なく回るらしい。この体制になってもう長く、副長が実質的トップである状態が浸透したので、フォルリさんはそろそろお飾りを辞めて森林農業長を副長に譲りたいのだけど、あちらが全力で現状維持を希望してくるとのこと。

『実権は自分にあって、責任は貴方に全部押し付けられる。こんな美味しい立場を手放すなんて御免です』

おいこら正直者、という感じですね。わかるけどね!前世社畜が全力で同意するけどね!

でも策士なお祖父様のことだから、『長』のつく立場を望まないフォルリさんに、『お飾りだから』と言ってまんまと役職につくことを呑ませたんだったりして。副長を任命したかったのは嘘ではないけど、今の体制こそがお祖父様の望んだベストである可能性は、高いと思う。大王蜂の森などユールノヴァの自然への愛情とか、身分を笠に着ず自ら動く姿勢とか、ユールノヴァにとって大切なことを、フォルリさんは体現してくれていると思うから。

なお、一緒に火山の現地調査に行く山岳神殿の神官は、降臨終了ダッシュで地図と神託記録を持ってきた、若い神官に即決したらしい。

体力があって気が利く上に、話をしてみると知識も豊富で、火山性ガスの危険などについても知っているようだった。明確に定義や名称があるわけではなく、火山は目に見えない毒を吐きそれが周囲に溜まることがある、という経験則レベルだったが、この時代ならそれを知っていれば充分だ。

「フォルリ卿は風の魔力をお持ちですの。空気がよどむ場所へ立ち入る場合は、必ず風を呼んで、毒をうち払っていただくよう気をつけてくださいましね。どうかお気をつけて」

「あ、ありがとうございます。フォルリ卿の安全を、精一杯お守りします」

「ありがとう存じますわ。あなたさまもどうか、お元気でお戻りくださいまし」

エカテリーナに微笑みかけられた若い神官が真っ赤になるのを、フォルリが面白がるような同情するような表情で眺めていた。

急ぎの旅でも、準備は必要だ。特にフォルリと神官は、地図と火山周辺の村についての情報が必要で、山岳神殿ではなく行政官が持っている資料を借りなければならない。

その手配やもろもろの準備を待つ間に、エカテリーナはフォルリ、アイザック、アーロンとの別れを惜しんで、四人で昼食をとった。

年齢差はやや大きいメンバーだが、楽しい歓談になった。フォルリとアイザックが語る祖父セルゲイのエピソードに驚いたり、アーロンとフォルリの副長が親しいことがわかったり。

エカテリーナはアイザックとの会話を楽しみ、虹石魔法陣の理論を確立するまでの道のりに感心したり、フォルリが話した植林のことでアイザックに感心されたりした。

「ただの思いつきですの。大叔父様にそのように褒めていただいては、面映ゆうございますわ」

「僕はそんなこと思いつけないもの。エカテリーナは賢いねえ。アレクセイとは仲良しかい?」

「はい!お兄様はいつでも、わたくしにとっても優しくしてくださいますの!」

思わず握りこぶしで力説するエカテリーナに、一同が笑う。

「兄様もいつも優しかった。アレクセイと君は、それぞれ兄様に似ているみたいで嬉しいよ。皇都で再会する日を、楽しみにしてる」

そしてようやく、エカテリーナは帰途についた。

六騎の騎士に守られて、馬車は進む。行きと同様、強行軍と言いつつのんびりな旅だ。

旧鉱山をあとにして、街道は森へと分け入っていく。うっそうと繁る深い森を縫うように、街道は北都へと続いている。

急ぎはしても、無理はしない。日が暮れる前に宿に入り、夜が明けると共に起き出して、早々に出発する。

大王蜂の縄張り、森の民の森の手前まできたあたりで、街道の近くに湧き水があるところで馬を休ませ、水を飲ませて草を食べさせた。エカテリーナはレジナたち猟犬と遊ぶことにして、ブラッシングしてごっそり毛が取れるのに笑ったり、ミナに木の枝を投げてもらって持ってこさせたりして楽しく過ごす。なおミナに投げてもらうのは、エカテリーナが木の枝を投げても、飛距離がお話にならないためである。

と、不意にレジナがエカテリーナに大きな体躯をすり寄せてきた。

「まあ、レジナ、どうかして?」

レジナを撫でて、エカテリーナは気付く。

レジナの体毛が逆立っていた。

他の猟犬も集まってきて、喉の奥で唸り声を上げたり、おろおろと歩き回ったりしている。猟犬たちが同じ一点を注視していることに気付いて、エカテリーナはその視線をたどった。

黒い大きな鳥が、木の枝にとまっている。

鴉のように全身が黒いが、身体の形は猛禽類に近い。鷹だろうか、鷲だろうか。

黒い猛禽類……。

「お嬢様!」

メイドのミナが駆け寄ってきた。エカテリーナを鳥からかばうように、間に立つ。

「馬車に戻ってください。あの鳥、なにか、変です。気配が変です」

「わかったわ」

エカテリーナがうなずくのと、黒い鳥がバサリと翼を広げて飛び立つのが同時だった。

油断なくエカテリーナを背にかばったまま、それを見送ったミナは、硬い声で言う。

「お嬢様、あれは普通の鳥じゃないです」

「ええ……以前、フォルリ卿からうかがった鳥ではないかしら」

竜告げ鳥。

玄竜の配下、もしくは分身。自分が見聞きしたことを玄竜に伝える、斥候のような存在。

そう、エカテリーナが言った、その時。

晴れ渡っていた空が、翳った。