軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第38話 力

「先生。あの人達、すこしは反省するでしょうか?」

「無理でしょうね。私個人の経験則ですが、失敗の原因について過度に他責する人間は、おなじ過ちを繰り返す傾向にあります。まあこれは過度な自責も同じですが」

救いようがありません、とネクタイを整える影一を横目に、私はどうなのだろう?

と、綺羅星も己を振り返る。

ナンバーズとのトラブルを迷宮庁の役人に引き継ぎ、今日の仕事は無事に終了した。

職員さんの話によると、ナンバーズの大男――八崎努は公務執行妨害により身柄を拘束されたという。

ただ、公務執行妨害による拘留期間は短いらしく、また不起訴になる場合が殆どなのだとか。

「ちょっと、納得いきませんけど。向こうははっきりと攻撃してきたのに……」

「結果的にこちらは傷一つ負ってませんからね。まあ、ああいった社会の害悪は早めに処分しておくのが平和のためだと思うのですが、なかなか上手くいかないものです」

「……先生。話は変わるのですけれど。私は先生のように、強くなれるでしょうか?」

今回の件を通じて、綺羅星は痛感する。

――厄介事に抗うには、力が必要だ。

影一がナンバーズのような厄介者を軽々とあしらい、悠々自適に生きているのは実力があるからだ。

ダンジョン内における魔力の高さ。掃除屋としての実績。モンスターに対する知見の深さ。

先生のレベルは聞いたことないけれど、公式の魔力測定を受けたら、50くらいあるのではなかろうか?

……なんて考えると、綺羅星は先生にまるで追いつける気がしない……

「ふむ。強くなるのは必要ですが、私のように強くなる必要はないと思いますね」

「え。でも、強くないとダメ、って……」

「確かに、暴力というのは非常に分かりやすい力ではあります。が、強さというのは暴力や魔力のみを示すものではありません。――例えば、人望。コミュニケーション力。知識や経験。若さ。そういった要素もまた、実力のうちに含まれます」

アスファルトの小道を歩きながら、本物の先生のように語る影一。

「その点で考えますと、綺羅星さんには私にはない力がある、とも考えられます。……例えば電車の中で、あなたが私を痴漢呼ばわりして悲鳴をあげたら、どうでしょう?」

「え。そ、そんなことしませんけど……」

「仮定の話です。綺羅星さんは学校で真面目に過ごしており、先生や親御さんの覚えもよい。そんな少女が、いかにもくたびれた眼鏡リーマンに襲われたと聞けば、多くの人があなたに味方することでしょう」

それもまた力です、と影一は悠々と笑う。

人間は感情で動く生き物だ。

証拠がなくとも、いたいけな少女が涙を流せばそれだけで、人の心は動かされる……というのが、影一の持論らしい。

「卑怯なやり口だというのは認めます。が、世に蔓延る卑怯者の多くは自分を“可哀想な被害者”とし、我々を“悪辣な加害者”だと訴えてきます。そのやり口については是非、綺羅星さんも頭の片隅に入れおいてください」

まあ、私はそういった連中に容赦は致しませんが。

微笑を浮かべる影一に、綺羅星はうっすらとした寒気を覚えつつも――自分も彼のようにありたい、と、ぼんやりとした憧れを抱きながら帰路についた。

*

自宅のベッドに寝転び、綺羅星は春休みを振り返る。

……とても、濃密な日々だった。

影一とともに修行を行い、武器を新調し、実際にダンジョンへ足を踏み入れた経験は、今までの綺羅星では考えられないほど生死に結びついた日々だった。

モンスターと刃を交え、獲物を裂く手ごたえ。

倒した魔物は魔石になるので、命を奪ったという感覚はないけど……それでも人生初の戦は綺羅星にとって重く、学校の授業なんか比べ物にならない実感があった。

それに、ナンバーズという迷惑集団とのやり取り……。

綺羅星一人なら確実に襲われてたであろう連中を、当たり前のようにあしらう影一。

……善悪という観点で考えれば、影一普通は悪人だ。

相手に害意があるとはいえ、先制攻撃でトラップを仕掛け、迷宮を崩落させ、そのうえ自分は潔白ですと嫌がらせのように迷宮庁職員の前で笑顔をみせる。

……性格が悪いにも、程がある。

まさに生粋の悪人。

綺羅星の母親なら、蛇蝎のごとく嫌う相手だろう。……けど。

(先生は、嘘はつかない)

ベッドでごろごろ転がり、抱き枕をぎゅっと掴む。

先生は、母親のように「あなたの自由にしていい」と言いながら遠回しに愚痴るような二面性を持たない。

友達だと名乗りながら遠回しに虐めることも、右手で握手を求めながら左手で殴ることも、お前しか頼れる奴がいないんだと半笑いを浮かべながら面倒事を押し付けてくることもない。

影一普通は明らかに”悪”だが、同時に正しくもある。

……自分もあんな風に、堂々とした人間になれるだろうか?

はぁ……と、憂鬱な溜息が零れるのは、学校が始まるからだ。

綺羅星は新二年生となり、また憂鬱な学校生活が幕を開ける。

影一との研修は放課後、もしくは休日に限定されるだろう。

それは仕方ないにしても、綺羅星が一番いやなのは――

スマホが震えた。

表示された名前を確かめ、心臓がどくんと震える。

激しく高鳴った動機はやがてじんわりと黒い濁りとなり、綺羅星の喉や舌を絡めとり冷や汗へと変わり――震えながら、十コールほど続いた『鎌瀬姉見』と記された通話ボタンを押す。

『見てないでしょうね』

鋭い声に、何の話かわからなかった。

「姉見さん? 何の話で……」

『何って、あんたのせいであたし、この前ダンジョンで大けがしたのよ!?』

「え」

『あんたは知らないだろうけどね、あの後あたしと妹屋でわざわざあんたを探しに行ったのよ。ダンジョンの奥まで! そしたら突然、罠にかかって攻撃を受けたのよ!? 専門の病院に行ったら「なんでダンジョンに無許可で入ったんですか」って詰められるし……そんなの、お嬢とあんたが誘ったからで、あたしは行きたくなんかなかったのに!』

全部あんたの責任だから。慰謝料もあとでもらうから。あたし被害者だから。ひどい。ひどい。

一方的にまくしたてられ、綺羅星は唖然としながら――思う。

こいつは、何を言ってるんだ?

『ねえ。聞いてるの? 責任どう取ってくれんの?』

「そ、そういわれても。……その前に、姉見さん。ひとつお聞きしたいのですが」

『今あたしが話してんの、あんたの話聞いてないんだけど――』

「私を。落とし穴に突き落とした件については…………何も、ないんですか?」

綺羅星はあえて、意地悪な言い方をする。

普通、何かあるだろう。

悪いことをしたら謝るのは、小学生でも出来ること。

しかも彼女たちが行ったのは、謝るくらいじゃ許されない殺人未遂。証拠がないので訴えることはできないが、綺羅星はあの恐怖を肌身にしかと覚えている――

『は? あのさ~。そんな細かいこと、今どーでもいいっしょ?』

「………………は?」

『だってあんた、結局無事だったんでしょ? ならいいじゃん、あたしなんか大怪我したのよ!? しかもあたし、あんたを探しに行って怪我したのよ、こんな酷い話あると思う!?』

怪我のせいで春休み中ろくに動けなかった。毎日更新してるインスタも初めて休んで、フォロワーが減ったし家族から文句言われるし最悪。

学校からも、どうしてダンジョンに入ったんだって叱られて……。

『ねえ。あたしがこんだけ言ってるのに、なんで謝んないの? もしかしてあんた、自分は悪くないとか思ってない』

「……???」

『別にいいけどね、委員長がそういう態度なら。……いいの? 新学期始まって、学校くるの、大変になっちゃうかもよ? 妹屋もおなじ気持ちみたいだし、あんまり怒らせない方がいいと思うんだけどなぁ』

ねっとりと耳の穴をほじくるようにささやかれ、綺羅星は理解できず困惑する。

この人は、いったい何を言っている?

ダンジョンに行きたくないと伝えたのは綺羅星だし、そもそも彼女達が被害にあったのは綺羅星を突き落としたからで――

『委員長がそんな人だと思わなかったな。“友達”だと思ってたのに』

「っ……」

『ま、忠告はしたからね。新学期、楽しみだね』

けらけらと姉見が笑い、通話が切れた。

呆然としながらスマホを放り捨てた綺羅星は、じくじくと痛む胸を抱えながらいまの会話を思い返し、自分の何が悪かったのか考える。分からない。分からない。

天井を見上げながら、いくら考えても答えは出ない。

ただ……

――世の中にいる卑怯者の多くは自分を“可哀想な被害者”とし、我々を“悪辣な加害者”だと訴えてきます。

私は、そういった連中に容赦はしない――

影一の言葉に、綺羅星はぶるりと震える。

先生ならそれも可能だろう。

殺人をもいとわぬ神経を持ち、それを実行する力を持っているのだから。

けど、未だダンジョン探索を始めたばかりの、一学生の自分が。

“友達”のフリをした凶悪なモンスターに絡まれたら、どうすればいい……?

布団をかぶり、分からない、と声を震わせる。

……影一には相談できない。ダンジョンのことで迷惑をかけているのに、学校の、私生活のことまで相談なんてとても出来ない。

かといって親にも相談できない。……どうしたら。

(私、やっぱり弱い)

力が欲しい、と切実に思う。

影一の語るような、コミュ力だとか真面目さみたいな曖昧な力じゃない。

彼のように暴力的かつ絶対的な、何者にも負けない力――それを手に入れるには、どうしたら良いのだろうか。