軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第37話 不平等

何かの冗談か、と九条は己の認識を疑った。

善意の第三者。本日は迷宮庁の職員とともに、あなた方を助けに来ました。

眼鏡を押し上げながら、リーマン野郎が平然と九条達に語っている。

……トラップを仕掛けた、当の本人が?

九条はあまりの事実に言葉を失い、遅れて――全身が熱を持つ。

ふざけるな。よりにもよって。

自分達をこんな目に遭わせた張本人が、こんなにも堂々と、善人ぶった姿で自分達の前に現れるとは……っ!

「っざけんな、テメェ……っ!」

隣の八崎もまた火を噴き、今にも飛び掛からん勢いで睨みつけ。

九条も思わず剣に手が伸びるが――

「っ……!」

勢い余る感情をギリギリ、なんとか理性で押しとどめる。

……落ち着け。安易な挑発に乗ってはいけない。

いま手を出せば、奴らの隣にいる迷宮庁職員の印象が完全に悪化する。

それは、まずい。

怒り狂う心境を押しとどめ、九条は、自分は冷静だと言い聞かせながら汗をぬぐう。

「聞いてくれ。確かに僕等は救援信号を出した。けど、その原因はそこの背広男にある。奴が僕達をはめたんだ。ダンジョンにトラップを仕掛け、閉じこめておきながら、あたかも善人のフリをして僕等を助けに来た。そんな非道が許されるはずがないだろう?」

九条が訴えるべきは――迷宮庁職員達。

第三者という公平にして平等な人間がいるなら、九条達の正当性もきちんと証明されるはず――

と、リーマンがすっと手を挙げて。

「失礼ながら、証拠はございますか? レコーダーの方は」

「僕らのレコーダーを提出する必要はない。あなたのレコーダーをみれば、行動履歴が残っているだろう? それとも、何かレコーダーを提示できない理由でもあるのかな」

奴らがどんなトリックを用いて、自分を欺いたか知らない。

が、彼のレコーダーを確認すれば、どんなイカサマだろうと暴けるはず――

「申し訳ございません。私達のレコーダーは先程、不具合が生じておりまして。おそらくですが、レコーダーブレイクによるジャミングを受けた際に故障したようです」

「は……?」

「何?」

眉をしかめる黒服達。――そんなはずはない。

確かに、九条達は先程レコーダーブレイクを起動させた。が、あれは外部とのライブ通信を遮断するジャマーに過ぎず、レコーダーそのものを破壊する機能などない。

「っ……そんな言い訳、通じると思うかい?」

「では、そちらのレコーダーを見せて頂いても宜しいでしょうか。私達も先ほどこの場所を通りましたが、もし同じジャマーに引っかかっているなら、何かしらのエラーが表示されるはずですが」

ぐ、と九条は言葉に詰まる。

九条達のレコーダーは、破損こそしていないが……その時の映像は残っていない。

奴らに襲いかかる瞬間を、自らのレコーダーに証拠として残しておく馬鹿などいないからだ。

だが、そうなると……結局どちらの映像も、ないということに……

「ふむ。結局、証拠はないようですね」

「ぐ……だが、レコーダーだけが証拠ではない。迷宮庁の調査員であれば、現場に残った残存魔力を調べるとか、そういう方法もあると聞く。それで犯人を調べれば、あの爆発トラップを仕掛けたのは君だと――」

「ええ。確かに爆破しましたが、何か」

!?

「は……? み、認めるのかい? 君があの壁を破壊したと」

「ええ」

「……?? それは、己の罪を認めると?」

「罪とは一体何の話です?」

不思議そうに首を傾げる、リーマン野郎。

馬鹿か。お前は何を言ってるんだ――

「それは、僕等をあそこに閉じ込めるために、迷宮を爆破した罪で……」

「仰っている意味はよくわかりませんが、爆破ならいま目の前でしたではありませんか。あなた達を助けるために」

「んなっ……!」

確かに今、瓦礫を除去するために爆発系スキルが発動したのは見たが。

……その時に、証拠も吹っ飛ばした……?

青ざめる九条に、眼鏡リーマンは表情ひとつ変えることなく淡々と告げる。

「失礼ながら、申し上げます。冷静に考えまして、あなた方をはめた人間が、あなた方をわざわざ救援に来た……というのは些か筋が悪い話かと思いますが」

「そ、そんなの自作自演で幾らでも!」

「仮に自作自演だとしても、私にメリットがありません。……逆なら、あり得ますけれど」

そう説明した後、リーマン野郎が後藤にこれまでの経緯を説明し始めた。

――前回のダンジョン攻略にて、九条達ナンバーズと影一の間にトラブルが生じたこと。

――ナンバーズの身内から犯罪者が出るほどの騒ぎとなった事。

――本件について影一に一切の非はないが、逆恨みされている可能性はあること……。

後藤が九条を睨みつけながら、大きく息をつくのが見えた。

「存じている。悪七ナナの件だろう。彼女を捕まえたのは我々だからな」

「話が早くて助かります。であれば、迷宮庁側も事は理解していたのでは?」

「……本来なら迷宮庁として“ナンバーズ“の参加は断るべきだった。……が、やむを得ん理由があってな」

苦い顔をする後藤に、「お疲れ様です」と会釈する影一。

くそ、まずい。……話の流れが悪すぎる。

違うのだ。あの時は悪七のヤツが勝手に暴走して……そもそも先にトラップを仕掛けてたのは、ヤツの方で。

九条達は被害者で、奴らは悪質な加害者――なのにどうして、自分達が悪者にされている?

自分は、何も間違っていないのに。

不平等だ。こんな世界は間違っている。絶対におかしい、狂っている。

なのに、なのに――反論の手立てがない……っ!

じっとりと油汗を流す九条に、後藤が冷めたような目でこちらを見下してくる。

「……残念ながら、救援者に対する暴言は見過ごせない。本件については本庁に報告し、然るべき措置を取らせて貰う。場合によっては、狩人ライセンス剥奪も視野に入ることだろう」

「な、っ――!」

剥奪。ライセンス剥奪。

九条の頭に、致命的な言葉ががぐるぐると駆け巡る。

狩人ライセンスは、狩人にとっての運転免許証そのもの。

ナンバーズがナンバーズとして活動する根幹であり、もし、それを剥奪されたら――自分達は、もう――

「ま、待ってくれ! ライセンスの剥奪はあまりにも!」

許されない。そんな不条理がこの世にあっていいはずがない。

そもそも九条信という男からライセンスを剥奪したら、自分にはもう何も残っていない――それは、それだけは。

青ざめ、乾いた唇を開いて、何とか説明しようと口を開く。

すべては黒服男の勘違い。リーマン野郎の口車に乗せられ、酷い誤解をしているだけ。

違う。自分達は悪くない。

九条はただただ真面目に頑張ってきただけなのに、仲間に足を引っ張られこんなクソ親父に騙され、理不尽な目に遭っているだけなのだと訴えれば、きっと信じてくれる……!

そんな九条の空回りは、

「っざけんじゃねぇぞコラぁー! テメェ、黙って聞いてりゃあ、ざけやがってよおぉ!」

轟音とともに空気を切り裂いた戦斧に、かき消される。

目を血走らせた八崎が得物を構え、黒服男に飛びかかり――馬鹿、やめろ――!

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、ダンジョンってのは力が全てだ、ざけやがってぇ――」

「成程。その点だけは同意するが」

黒服男が呟き、……すっと身体をスライドさせる。

何もない空間を大斧が切り裂いた直後、

ドス、と。

黒服男のボディブローが、八崎の腹部を見事に捕らえた。

「が、っ……な、っ……!」

「それ以上語るな、屑が。貴公等の愚行もそこまでだ」

「ば、馬鹿なっ……」

嗚咽を零しながら、その場に崩れ落ちる八崎。

っ……あり得ない。

脳筋馬鹿とはいえ、あの八崎が一撃で……?

あまりの光景に呆然とする九条の前で、ふぅ、と黒服男が戦闘態勢を解き、そこに影一が笑いかけた。

「ご対応ありがとうございます、後藤さん。何分、私はごく普通の民間人ですので。私が直に戦うと、過剰防衛で訴えられる可能性もありますから、ね」

「迷宮における暴力沙汰は後を絶たない。その点は、我々も憂慮しているが……力及ばず申し訳ない」

「いえいえ。私のような何の取り柄もない一般人にとって、公安の方々の存在はとても頼りになりますから」

にこやかに語る彼等に、九条はもう何も出来ず、膝をついて呆然とするしかなかった。

――この国に、正義はないのか。

自分達のような正しい者が嘘偽の悪人に欺され、搾取される――これがいまの日本、いまのダンジョンの姿か。

不平等。不平等不平等、不平等――!

心に滾る負の熱をどろりと滾らせながら、けれど、九条には何一つ抵抗する余地もなく。

くそ……と心の中で毒付きながら、言われるがまま、彼等に連行されるしかないのだった。

――なんて、惨めな。