軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第116話 城ヶ崎河合4

「転移石? 何それ」

「人気のない場所のほうが、やりやすいでしょ?」

綺羅星が綾道達を誘ったのは、駅から繋がるゲートではなく近場の公園だった。

こっちの方が人少ないし、目立たなくて便利でしょう?

と、綺羅星が当然のように誘いながら、インベントリより出したのは”転移石”という、パーティ全員を特定の階層からスタートさせるアイテムだ。

マザースフィア討伐の際”海底水晶洞”五階から開始するために用いたアイテムでもある。

それを用い、綺羅星はしれっと――全員を”凪の平原”中層二階へと連れてきた。

S級ダンジョン”凪の平原”といえど、一般市民に開放されているのは低層二階までだ。三階以降はモンスターも強くなり一般人では手が出せなくなる。

中層ともなれば……転移させられた瞬間、誰だって驚くだろう。

その隙をつき、綺羅星は無言で、連れの金髪女ふたりの後頭部を殴りつけた。

メリケンサックについた追加効果”パラライズ”により麻痺した二人に目もくれず、驚いた綾道を即座に殴りつけダウンを取る。続けて、

「城ヶ崎さん、運んで。……察してみたけど人気はなさそうだし、公園ゲート入口にも人いなかったから大丈夫だとは思うけど」

命じられるままずるずると三人を物陰に運べば、あとは人間サンドバッグの出来上がりだ。

やめて、お願い、と悲鳴をあげる綾道の顔を容赦なく踏みつける綺羅星。

その様に先の事件がフラッシュバックした城ヶ崎は、思わず気を失いそうになりながらも震えて見守るしかできない。

与えるのはあくまで魔力ダメージであり、綺羅星も加減してるので死ぬことはないが……

「ああ。やっぱり分かりやすい悪役、いいですよね。殴りやすいボディしてるんですよ、ホント……!」

ぶつぶつ囁きながら殴り続ける綺羅星に、委員長らしい真面目さは欠片もない。

野生の本能、狂気そのままに拳をぶつける頭のイカれた女が一人。

「け、警察! 姫ちゃん警察……っ!」

「いいんですか? 警察なんか呼んで。このまま、モンスターの餌にしてもいいですけど」

「なっ……」

「私この辺で時々レベリングしてるので知ってるんですけど、中層には首狩りウサギとか出ますよ。油断してるとC級冒険者でも死にます。そこに放り出してもいいんですけど?」

「っ……あ、あっ……」

綾道ががくがくと顎を震わせ、涙にくしゃっと顔を歪ませる。

もちろんそれで許されるはずもなく、綺羅星はより獰猛に瞳をぎらつかせる。

「そこを、殴るだけで許してあげてるんです。後でちゃんと、生きて帰っても大丈夫なように証拠を残さないであげてるんです。だから、もっと感謝して殴られてくれないと、私、気が変わっちゃうかも……」

「ひっ……」

「ねえ。なにか言うこと、あるんじゃないですか? 私に」

「っ――あ、あっ……」

綺羅星が、ん? と青ざめる綾道に笑いかけ――

「あ、ありがとうございますううう! 私を殴ってくれて、あ、ありがとうございますっ……!」

「はぁい、よくできました♪ 物わかりのいい子は好きですよ。いい子にはちゃんと、ご褒美あげちゃいますねえ」

にっこにこの笑顔で、再び拳を振り下ろす綺羅星。

その傍にはびくびくと痙攣し、麻痺したままの金髪女が二人、転がったまま……

「あ。そちらのやられたフリして逃げようとしてる子達にも、あとで同じ質問しますから……ね?」

びく、と震えた名も知らない女達に、綺羅星が眼鏡を輝かせ唇をつり上げた。

――そんな暴虐の様を呆然と見守っていた城ヶ崎に、ふと、綺羅星が視線を流し。

「そうだ。城ヶ崎さんも、やってみます?」

「え」

「この人達との関係は知りませんけど……あまり、いい関係ではありませんよね?」

「っ……わ、私は……彼女とは、友達で……」

そう。友達。

……友達? 本当に、そうだったのか?

心がきしむ城ヶ崎に、綺羅星の声がするりと蜜のように滑り込む。

「昔は友達だったかもしれませんけど、あんな言い方をしてくる子が友達だとは思えません。……本当は、騙されてたんじゃないですか?」

「……それ、は……」

「この様子だと、ずっと前からですよね。……腹立ちませんか?」

そう。城ヶ崎はずっと彼女に騙されていた。

母の仕掛けだとしても、それでも、ずっと友達だと信じていたのに。

……お前との友情は、ママが作った楽しい楽しい友達ごっこに過ぎなかった。

単なる操り人形に騙されてたとも知らず、お笑い草だったよ――

……この子達も。

本当は……私の友達のフリをしながら、裏で、そんなことを囁いていたのでは?

「…………」

幻聴が聞こえる。

みしり、と城ヶ崎の心に亀裂が走る。

友達。

友達。

私にとって、ずっと大切だった”ともだち”が、……本当は、本当は――

「ね? 一緒にやっちゃいましょう?」

「……あ、ああ……っ……」

「ああ。でも、いきなりそんなこと言われても、心の整理がつきませんよね。……それに、城ヶ崎さんは友達想いですから、彼女を許したくなるかもしれませんね。なので……」

裸にひん剥かれた綾道のマウントポジションより立ち上がり、唇を柔らかく緩めて微笑む綺羅星。

そのまま、彼女はするりと……城ヶ崎の背後に回り。

城ヶ崎の首を両手でつかみ、緩やかに締める動作をみせながら……

優しく。

神の恵みを、あなたに施しましょうとばかりに、優しく。

「選んでください、城ヶ崎さん。私と一緒にあの子を虐めるか。……それとも、あの子の代わりにあなたが殴られるか」

「――――え?」

「あの子のことを、本物の友達だと思えるのなら。身代わりにくらい、なれますよね?」

それは、……それは。

あ、あ。と……口から声にならない悲鳴が零れる。

身代わり。友達の代わりに、私が……殴られる?

――記憶が蘇る。

つい先日、彼女に殴られ、四肢をもがれ達磨のように転がった忌まわしき記憶が。

それでも。

もしかしたら――昔の城ヶ崎であれば、頷いたかもしれない。

彼女は、私の友達だから。

私は、私の信念をかけて友達を守ります。高らかに宣言し、綺羅星の行為を受け入れいた可能性は……なくもない。

けど、でも。

いまの城ヶ崎は、背後に立つバケモノの恐ろしさを誰よりも理解していて。

それに、いま、目の前で転がっているのは……

「ひ、姫ぇ……助けてぇ……」

友達だったものが悲鳴をあげる。

助けて、と情けなくも手を伸ばしたその女は、けれど、私をずっとずっと騙していた諸悪の根源。

そんな女を助けるために――

偽りの友達を助けるために、自分の身を犠牲に、なんて……。

また、あの暴虐の嵐を受けるなんて、とても――

「城ヶ崎さん。あなたは何も悪くありませんよ」

「……え」

「だって今、あなたは私に脅されているんだから」

綺羅星の、囁くような声が。

耳に冷たく……優しく響く。

……振り返れない。

城ヶ崎の後ろには、顔の見えない悪魔がいる。

「わかります。いくら友達のためだからって、自分が殴られるのは嫌。当たり前のことです。普通のこと。なので、あなたが自分を犠牲にする必要はありません。ね?」

「……あ……」

「あなたには友達を見捨てる理由がある。しかもその友達は、裏ではあなたを馬鹿にしていた、ニセの友達。……そんな子のために、自分を犠牲にする必要はないですよね?」

取引だ。これは公平にして公正な価値の提示だと、心の言い訳を滑り込まされる。

自分の首元に添えられた、綺羅星の手が見える。

メリケンサックをはめた鋼鉄の輝きが。

ぎらり、と彼女の拳に輝く鈍色のきらめきが、城ヶ崎の思考を怪しく歪ませ、全てを塗りたくるように潰していく。

「だから、あなたは私の提案に乗っても罪はないんです。

私と一緒に、あの女達をいじめていい。

あなたには、友達を見捨てる理由がある……

私に脅迫され、お友達を痛めつけないと自分もやられてしまう、という理由が。……ね?」

仕方がないこと。

友達を見捨てるのではなく、自分の身を守るために行う防御行為。

正当防衛は人として認められた権利であり、そう、城ヶ崎は自分を守るために仕方なく――これは、仕方なく――

「選んでください城ヶ崎さん。私にまた虐められたい? 刻まれたい? それとも――」

「っ……」

「あなたを騙し続けてきたモンスターを、私と一緒に虐めたい?」

「…………」

「ね。私達……」

「友達、ですよね?」

耳元で囁かれた、その瞬間――ぶちん、と城ヶ崎の中で、なにかが弾けた。

見えない鎖が砕け、バラバラに千切れるような。

心の底。まだ城ヶ崎自身ですら意識していない、初雪のようにまっさらな大地の下に沈んでいた泥のような何かが、ぶしゅ、と煙をあげ噴き出したかのような。

無言で立ち上がった城ヶ崎は、スカートが汚れるのも構わず草原を駆け抜ける。

息を切らし。勢いよく。

ただただ一直線に、無心のままなにも考えず、地面に転がる綾道の下へと駆け寄り――

その顔面を、サッカーボールのように蹴飛ばした。

ぶべ、と鈍い音と悲鳴がしたのは気のせいだろう。

足元から聞こえるのは人間の声ではない。自分を騙したモンスターの悲鳴であり、城ヶ崎は脅されて仕方なくモンスターと戦っているのだ。

はぁはぁと息を切らし、上手く飛ばなかったサッカーボールを何度も何度も蹴飛ばしていく。

ボールにしては随分と蹴れる面積が多かったので、立ち位置を変え角度を変え、何度も何度もがんがんと蹴飛ばしていく。

足首が痛い。全身がきしむ。

それでも構わず、城ヶ崎はひたすらにモンスターを攻撃していく。

その度にヘンなうめき声が響いたけれど、モンスターの泣き声に構っている暇はない。

やらなきゃ、やられる。

直感に従い城ヶ崎はひたすら蹴飛ばし、蹴飛ばし、つま先が痛くなるまで攻撃を続け、お嬢様らしさをかなぐり捨てながら――ふと。

彼女は……自分でも体感したことのない未知の感覚に包まれる。

宇宙。

あるいは海の底。

火山の爆発のような、底知れない熱量を秘めた、ナニカ。

それは城ヶ崎の人生において初めてもたらされる、生の質感。

彼女が住み続けたお花畑の世界とは全く異なる、自分の手で、足で、自らの身体をもって飛び込んだ道――極限まで追い詰められた精神の先、生きるために、戦うために汗を流した、その感覚……そして。

その内側。

心の奥底にずっと蓋をしていた何かが、どろりと蠢くような。

大蛇のような。

獣のような。

腐りきってうち捨てられた、赤子のような。

猛烈な腐臭を伴いおぞましい程の憎悪と狂気をまき散らした何かが、地獄の底から這いずり出し、城ヶ崎のなかでずっとずっと我慢していたものが、べったりと手垢をつけ――壊せ、壊せと囁き始める。

――私を騙していたものを、全て潰せ。

――汚泥のように腐ったクソみたいな世界を、すべて潰せ。

城ヶ崎は己の内に起きた突然の変化に、呼吸を失い。

それが自分の奥底にあるものだ、と、理解すらできないまま蓋をし、ぶんぶんと首を横に振る。

……違う。違う。

私はただ、綺羅星さんに脅されてモンスターを退治しているだけ。

暴力反対。平和が一番。

人と人は、話し合うことで解決できる。暴力なんて決して振るってはいけない。

対話。対話こそが友達との関係において何よりも大切なことなのだ――何度も心の中で念じながら、城ヶ崎は足元に転がるモンスターを狂ったように蹴飛ばし、心の中で平和の声を叫び続ける。

「いひ、いひひひっ……あは、あはははっ……!」

与えられた言い訳を繰り返し、平和を祈りながら友達と一緒にモンスターをやっつける、その横顔は――

綺羅星を除いて、誰にも見られることはなかっただろう。

愛らしいお嬢様。

世間知らずで、クラスでは浮きがちだけど、虫一匹すら殺したことのない、天然すぎる女の子。

思い込みがちょっと激しく、でも、悪い子ではないんだよねと言われる、花のような子が。

赤くぎらついた瞳を輝かせ、飢えた野犬のようにヨダレを垂らし。

隣に並ぶ綺羅星と、うり二つの表情を浮かべていることに――

たった一人の友達を除いて。

まだ、誰も気づいていない。