軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第100話 返事

城ヶ崎の目が見開き、ひゅっと呼吸を止めたのが綺羅星にもはっきり見えた。

笑顔が困惑に変わり、やがて否定されたという事実を理解し、強ばっていく――それでも、綺羅星の答えは変わらない。

「城ヶ崎さん。あなたから見れば、私はいい友達だったかもしれません。誰にでも真面目に接する委員長。先生の言うことをよく聞く、いい子。……けどそれは、自分に無理を利かせていたニセモノの私でした」

真面目でなければ、親や先生、クラスメイトに見放される。

そのことにずっと怯えながら、生きてきたけれど……

「でも、いまの私は……ダンジョンでの経験を通じて、すこしだけ、自信を持てるようになりました」

先生に説得されたから、だけではない。

氷結竜アイスオーグとの死闘。

鎌瀬姉妹にお礼をした経験。

そして、マザースフィア分裂体の単独撃破。

先生の庇護の上ではあるけれど……

今の綺羅星はただひがんだ奴隷根性に支配され、他人にこびへつらうしか脳のなかった馬鹿ではない。

それを学べたのは、ダンジョンがあるおかげ。

ダンジョンという、魔力と力だけが全てを司る世界で。

影一普通という異常者に出会い、救われた今だからこそ、綺羅星善子は自信をもって口にする。

「そんな私から、ダンジョンを奪うくらいなら。……私に道を教えてくれた先生との関係を邪魔されるくらいなら、友達としての縁を切った方が、いい」

「っ――」

「あなたとは、もう、道を違えたんです」

ここまではっきり言えば、彼女にも伝わ――いや、違う。

このお嬢様には、そんな生ぬるい言葉だけでは通じない。

城ヶ崎河合はある意味で、鎌瀬姉妹すら霞むほどに傲慢なバケモノだ。

友達とは仲良く出来るという妄執に取り付かれるあまり、相手の人間性を見ていない――私がイヤだと言ったところで、誤解だ、勘違いだと言われるのがオチだろう。

伝えねばならない。

どんなバカでも、はっきりと理解出来るように。

綺羅星の奥底に、密かに積もり積もった鬱憤を理解させる――私がどれだけ心のチェーンソーを滾らせ、がなりたたせていたかを――

「城ヶ崎さん。……いまの言葉、訂正します」

「え。じゃあ、友達に……」

「いえ。友達を辞めるのは前提で、それでもまだ、私に絡んでくるなら……」

がちゃん、と綺羅星は手元のティーカップをテーブルに叩きつけ、彼女を睨み。

「あなたを、躾けます」

「……は?」

「今度一緒に、ダンジョンに行きましょう。そこであなたに、徹底的に教えてあげます」

「……え? え?」

「言葉で理解出来ない子には、身体に教えてあげるのが一番ですから」

彼女を始末する訳にはいかない。

足がつくし、彼女の家族にも睨まれるだろうし、そもそも彼女は断罪するほどの悪事は働いていない。

けど、とにかく鬱陶しい――なら、身体で学んでもらおう。

通常攻撃なら証拠が残らないことは、実証済み。

もちろん彼女ほどのお金持ちなら、なにか特別な手を使う方法もあるかもしれないけど……その時は、彼女にだけ効く猛毒を刺せばいい。

――あなた。友達を疑うの? と。

「私、今まではっきり言いませんでしたけど、あなたの物言いに苛立つことが沢山ありました。正直ストレスでしたし、他の子もそう感じてたと思いますよ」

「え……」

「普通に考えて、ヘンじゃないですか。あなたほど友達を欲しがってる子が、私や鎌瀬姉妹以外に目立った友達がいないなんて。表向きは受け入れられても、心の中で拒絶されてるタイプですよ、あなた」

学校にてグループに入ったことのある人間なら、一度は経験があるだろう。

グループの頭数に一応入ってるけど、内心皆からうざったいと思われ、貢献していない人間。

的外れなことばかり口にし、味方のフリをしながらパーティに無意識な心のデバフを与え続けるフレネミー、それが彼女の本質だ。

昔の綺羅星は、自分に自信がなさすぎたあまり、彼女に引っ張られていたけれど……。

いまは、大丈夫。

ダンジョンにおいて、迷いは敵だし――いまの綺羅星は、学校の教室だけが全てではない。

「っ、待ってください! 私はただ、綺羅星さんに正しい道に戻ってほしいと思っただけで、そんな、友達やめるだなんて」

「私のダンジョン攻略や、先生の邪魔をするなら、あなたは友達ではなく”敵”だ」

「っ――」

「あと勘違いしないでください。私は友達を辞めると言いましたが――正確には、今なら友達を辞めるだけで済ませてあげる、と言っているんです」

言いよどむ城ヶ崎に、綺羅星は人差し指を突きつける。

「それとも。……血祭りがお望みですか?」

綺羅星は彼女を見据え、心のなかでチェーンソーをがなり立てる。

先生のように、一刀両断は出来ないけれど。

それでも、先生の語る自分の道を――ノンストレスの道をゆくために。

自分の人生を生きるために、彼女を斬る。

「城ヶ崎さん。返事は?」

「っ」

「あなたは私の敵か、それとも無関係なクラスメイトか」

「……綺羅星さん、そうやってお互い睨みあっていては、何も」

「返事は」

「き、きちんと話し合いをすればきっと……」

「返事」

「話を聞いてください!」

「あなたのいう話し合いは、自分が欲しい返事がくるまでワガママを押し通すことでしょう? であれば私も、私の納得できる考えを貫きます」

「っ……!」

「次が最後です。返事は? 次に返事がなければ、私はあなたをモンスターとして認識する」

城ヶ崎が息をのむ。……それでも、彼女は返事をしない。

綺羅星が明白な二択を突きつけているにもかかわらず、ひらひらと答えから逃げ、代案すら提示しない。

なら、綺羅星の出すべき答えは一つしかない。

決断した瞬間、あ、と城ヶ崎がポケットに手をあてる。

「すみません電話が……し、失礼しますね……?」

音もなく震えてもいなかったスマホを耳に、はい、はい、と返事をしながら席を立つ彼女。

訝しむ綺羅星の前で……

彼女は空中を見上げながら「わかりました」とひとつ頷き、こちらへ申し訳なさそうに。

「すみません、綺羅星さん。お母様が仕事を終えられたようで、私、いまから迎えに……」

「返答なし、ね」

「そ、その話はまた後で……」

半笑いのまま席を立ち、後のことはじいやに、とへらへら笑いながら彼女が逃げようとした、その時――

城ヶ崎家が爆発した。

「!?」

「ひゃあっ!?」

もちろん爆発したというのは錯覚だ。物理的に吹っ飛んだわけではない。

けど、風通しのよいバルコニーに突風が吹き荒れ、形のいいグラスやテーブルクロスが揺らぐなか、綺羅星が感じたのは――魔力の奔流。

「ま、魔力……!?」

なんで地上にこんな魔力が……いや。

地上に魔力があふれるなんて、原因はひとつしか考えられない。

綺羅星が。影一が。

迷宮庁職員や掃除屋の方々が、一生懸命に業務を行っているからこそ保たれている平和を破る、象徴――

「ゲートクラッシュ!?」

ダンジョンが内包する許容限界魔力を超え、地上にモンスターが現れる災厄。

けど、何故?

人里離れた山奥でのゲートクラッシュならいざ知らず、どうして一個人の敷地内で……まさか。

「城ヶ崎さん! あなた、自宅にダンジョンゲートが出来たのを放置してたりしてないでしょうね!?」

「そ、そんなこと…………あ。っ、そういえば今朝……ダンジョンが。でも私、だ、大丈夫だろうと……」

おかしい、と眉を寄せる綺羅星。

ダンジョンにおけるゲートクラッシュは、出現して三日や一週間程度で起きるものではない。

例外があるとすれば……成長速度が異常に早い、異質なダンジョン――

「もしかして”マザースフィア”分裂体の生き残り……?」

「お嬢様! 大変です!」

そこに血相を変えて走ってきたのは、綺羅星をバルコニーに案内してくれた執事さんだ。

「お、お屋敷から星型のモンスターが! このままでは我が家のみならず、周辺の家にまで飛び火します!」

「なっ」

「上代家や狭間家はともかく、細茅家にまで飛び火しますと、城ヶ崎家としての面子が……」

「っ、何とかしてください! いけません、私のミスでご近所トラブルなどと知られては、お母様に恥をかかせることになってしまいます!」

城ヶ崎が青ざめ、慌てている様子を見るに、彼女にもいろいろ面子があるのだろう。

綺羅星は構わずスマホを掴む。警察を通じた迷宮庁への連絡だ。

ゲートクラッシュを確認した場合、市民には遅滞なく通報する義務がある。被害拡大防止のためだ。

業界人に限らず、いまや日本の常識ともいえる行動を取った綺羅星だが――

その手を、城ヶ崎に掴まれた。

「っ、綺羅星さん。その電話は」

「通報ですけど……」

「待ってください。綺羅星さんはご存じないと思いますが、自宅でダンジョン騒ぎが起きたなどと知られては、お母様に、ご近所に知られ……っ、そ、そうです!」

彼女は突然、いいことを思いついた! とばかりに綺羅星に歪な笑顔で微笑みかけ、

「綺羅星さん。あの……もし良かったら、なのですが。このダンジョンを掃除してもらう、とか……できません、か?」

「…………あ゛???」

「も、もちろん報酬はお支払いします! 相場の五倍、いえ十倍! ですからお願いです、どうか友達として!」

どうか、と両手を合わせて必死に拝んできた――その瞬間。

綺羅星のなかで、ガタン、と。

盛大な音を立てて、心の天秤が傾く音がした。

あ、こいつはダメだ、と。

この子は自分がいま何を口にしたのか、まるで理解していない――

綺羅星の中に、僅かに残っていた説得への意欲が消え、代わりに、ガリガリと刃物の鳴る音が響き。

煮立つ心をおくびにも出さず、震える手でスマホを握り連絡先を変更する。

「先生に聞いてみます」

「っ、できれば綺羅星さん一人で……」

「私は半人前です。ダンジョンのボスに心当たりはありますし、出現時期から考えたら私で倒せるかもしれませんが、安易な判断はできません」

困ったときは、上司の指示を仰ぐ。

身勝手な判断が死を招くことは、ダンジョン経験者なら百も承知。

とはいえ……今までいくつかのモンスターと戦ってきたが、一人でダンジョンを踏破した経験はない。

そんな自分が、一人でダンジョンを掃除する――それもゲートクラッシュを起こしたダンジョンを攻略する、なんて、先生は許してくれるだろうか?

けど、綺羅星にはダンジョンに潜りたい理由がある。

……だって。

今この場で未知のダンジョンに挑めるなら、城ヶ崎をわざわざ人気のないダンジョンに連れて行くことなく、このまま……

そんな想いが通じたかは、分からないけれど。

程なく繋がった影一に理由を伝えると、彼は二つ返事で許可してくれた。

『構いませんよ。今のあなたなら十分、実力はあると判断します。――存分に、楽しんでください』