軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第99話 イヤです

「本日はようこそ、綺羅星さん。城ヶ崎邸へ。……小さなおうちではありますが、ゆるりとおくつろぎください」

その日の午後――学校を終えた城ヶ崎は予定通り、友人である綺羅星を自宅に招いていた。

城ヶ崎邸は坂の上に面した一軒家だ。

繁華街からは些か離れているものの、二階建てのお屋敷にバルコニーつきの庭と、実家に比べれば手狭ではあるが日常で住むぶんには問題ない。

失礼します……と萎縮ぎみな綺羅星に「遠慮せず」と微笑みかけながら、城ヶ崎は荷物を置きバルコニーへ。

坂下に並ぶ家々を見下ろせるシチュエーションを当然のように受け入れながら、じいやに紅茶とお菓子を用意して貰い、まずは丁寧に頭を下げた。

「綺羅星さん。先日は影一さんに失礼なことを口にしてしまい、申し訳ありませんでした。改めて謝罪させて頂きます」

「いえ。先生には私から、お伝えしておきますので」

「よろしくお願いいたします」

まずは挨拶と、謝罪。相手が詐欺師であっても礼節を欠いては、城ヶ崎の名が廃る。

そして、本題――の前に。

「……それで、今日は別でお話したいこともあるのですが、その前にひとつ、宜しいでしょうか? 先日襲われた、妹屋さんの件ですけれど」

S級ダンジョン”凪の平原”で彼女達を襲った男は結局見つからなかった。

迷宮庁の怠慢だとは思うが、それとは別で……。

「妹屋さんも話を聞いたのですが、彼女は綺羅星さんに見捨てられたと思っているようです。私を囮にして逃げた、と」

「……妹屋さんにはそう思われたかもしれません。けど、私が助けを呼びにいかなければ危険な状況でしたよね?」

「私もそう説明したのですが、聞き入れて頂けませんでした」

「城ヶ崎さん。繰り返しになりますけど、私は彼女と仲直りするなんて無理です。助けを呼びにいった私を、薄情者と呼ぶ人なんて」

確かに、あの一件は綺羅星と妹屋の仲を遠ざける結果になってしまった。

城ヶ崎がダンジョンというものに、さらなる嫌悪を抱いたきっかけでもある。

けど、だからこそ――試練は、乗り越えなければならない。

「それでも、お願いします。彼女と仲良くして頂けませんでしょうか」

「はぁ???」

「妹屋さんは、男の人に襲われてさぞ怖い思いをしたのでしょう。……以前、学校でモンスターに襲われた時も、そうでした。彼女はダンジョンという特別な環境で、二度も襲われて……その恐怖を誤魔化すために、綺羅星さんに八つ当たりしてるだけだと思うのです」

「だからって、その八つ当たりを私が黙って受け入れろ、ですか? 押しつけないでください」

綺羅星が睨むし、気持ちはわかるが――怯んではいけない。

妹屋はダンジョンの被害者だ。

彼女には心のケアが必要で、だったら直接の被害にあっていない自分や綺羅星が配慮するのは、当然だろう。

もちろん、妹屋のほうにも綺羅星は悪くないとキツく伝えているが――

「城ヶ崎さん。前から思ってたんだけど、どうして、そこまで仲良くしようとするんですか?」

「え」

「普通、付き合いたくないと宣言してる相手とまで、友達付き合いしようとは思わないはずですけど……」

ちくり、と胸が痛んだ。

友達付き合い。……それは城ヶ崎にとって、ある種のトラウマでもある。

じわり、じわりと昔の痛みを思い出し――でも、隠し続けるのも卑怯か。

「綺羅星さんは……私がいまの学校に通っていることを、不自然に感じたことはありませんか?」

城ヶ崎達が通う高校は、ありふれた公立高校だ。

いかにも私学に通っていそうな城ヶ崎が浮いているのは理解しているし、事実、彼女も前は名の知れたお嬢様学校に通っていた。

順当にいけば、エスカレーター式に高校へと行けたのだが――

「じつは私、前の学校で、軽い虐めにあっていたんです」

「……そうなの」

「はい。内容は大したことなかったのですが……やはり、居づらくて」

友達とは仲良くすべき。

小学校で母から学んだ理念に基づき、城ヶ崎は中学でもきちんとコミュニケーションを取ろうとした。

人の輪に積極的に入り、たまに、男子の間にも顔を出し。

クラス委員長までは引き受けなかったけれど、精力的に活動した、つもりだ。

なのに、気がついたら孤立していた。

――あの子、誰にでもいい顔をするよね。

いい子ぶって、男子にも色目つかってさ。悪い子じゃないけど、友達にはなれないかな。相手は誰でもいいって感じ?

そんなつもりはない、と、訴えた。

でも何故か聞いて貰えなくて――母様にも相談し、多少は改善したけど、どうしても聞いてくれない人もいた。

その子に言われた言葉は、いまでも耳に残っている。

――あなたさ。

――本当は友達が欲しいんじゃなくて、友達っていう名前のトロフィーを集めたいだけじゃないの?

「……当時の私は、お母様の教えを信じ切ることが出来ませんでした。……私は、弱くて。そして母様も、たまには相性の悪い人がいると言われて……居づらくなって、いまの高校に来たのです。お嬢様高より、普通の高校のほうが母様も”説得”しやすいしとも言われて」

「説得、ね」

「はい。けれど、転校した先でもやはり私は浮いていて……そんなとき、初めて声をかけてくださったのが、綺羅星さんだったのです」

あの時の喜びは、いまでも覚えている。

困っていることがあったら、相談して。私、クラス委員長だから、と――

「嬉しかったです。こんな私にも、声をかけてくれる人がいた。鎌瀬さん姉妹も同じです」

「……そっちは単に、金の匂いがしただけだと思うけど?」

「私には久しく、友達がいなかったので……誰かが一緒に居てくれる、それだけで本当に心が満たされました」

「話、聞いてる?」

城ヶ崎はそっと己の胸元に手を当て、祈るように感謝する。

やはり私は間違っていなかった。

誠心誠意きちんと頑張れば、綺羅星さんや鎌瀬姉妹のように分かってくれる人がいる。

だからこそ私は、高校で初めて出来た”友達”を、心の底から大切にしたいし――

友達の邪魔をする原因は、きちんと排除しなくてはならない。

……彼女が狂ったのは、ダンジョンのせい。

鎌瀬姉妹と綺羅星の仲が悪くなったのも、ダンジョンのせい。

全てはダンジョンが悪いのだから、ダンジョンに関わらなければ、私達はまた仲良く出来るに違いない。

――本題に入ろう。

彼女をきちんと、目覚めさせるために。

「綺羅星さん。……友達として、改めて言わせてください。ダンジョンに関わるのを、止めて頂けませんか」

――彼女はダンジョンに関わってから、変わった。

前は必ず相手の意見を聞いて考える人だったのに、最近は拒否することも多いし、それに……先日なんて、学校を休んでダンジョンの清掃業務に当たったらしい。

それはもう学生の領分を超えている。学生は、勉強と友情が本分のはずなのに。

「私も、ダンジョンについて沢山調べました。綺羅星さんは、騙されているんです」

城ヶ崎は改めて、ネットで調べた論説を並べていく。

迷宮庁の欺瞞と嘘、ダンジョンの真実。

世間で言われるような大災害――S級ダンジョン地下には恐ろしい怪物が眠っていて、ひとたび駆除に失敗したら致命的な損害を被る――等という話は、迷宮庁のでっち上げに過ぎない――

「ホンモノを、見たこともないくせに」

ぼそりと彼女が何かを呟いたが、気のせいだろう。

「綺羅星さん。今ならまだ、間に合います。ダンジョン攻略なんて野蛮で危険なことはやめて、ごく普通の女子高生として、前のように過ごしませんか? ……危ない大人の人についていくのではなく、一年のときと同じように、みんなで、仲良く」

「…………」

「私が望むのは、普通の女子高生らしい関係なのです。友達として仲良く、テスト勉強をしあったり、学校帰りにお買い物をしたり。……必要なら、私のお金を多少工面しても構いません。いかに友達であっても、私のほうが裕福なのですから、時には施しを与えるべきだと思いますし」

城ヶ崎が求めるのは、ごく普通の友人だ。

友達として仲良く学校に通い、遊び、ときには恥ずかしい秘密を打ち明け……照れて、笑って、友情を深めていく。

お金なんて関係ない。家柄なんて関係ない。

平凡な、ありふれた幸せを享受したい――そのために会話を交えることは、誰がどうみても正しいことに違いない――

「城ヶ崎さん。私の返事を伝える前に、ひとつだけ謝らせてください」

綺羅星が眼鏡を押し上げ、スカートに手を置きそっと頭を垂れた。

深く。正しく。

ごめんなさい、と。……?

「高校に入りたての頃、私はいつものようにクラス委員長を任されて、緊張してました。……このクラスで上手くやらなきゃ、クラスメイトからのけ者にされる。変な目で見られる、先生や親に叱られる。だから、間違ってもクラスの中でおかしなことが起きないように、気を張っていたのは本当です。そこで……浮いてるあなたを見つけました」

城ヶ崎がクラスで浮いていたことは、さすがの綺羅星でもわかったらしい。

高校に、黒塗りの高級車で出迎えされる一年生がいる、なんて噂も初日から流れていた。

「放っておくとまずいな、って、委員長として直感しました。だから私は、あなたに声をかけた。……今にして思えば、打算です。私はあなたと友達になりたい、というよりは、周囲から浮く人がクラスにいたら委員長が悪いって、責められる――周りの視線に怯えて、声をかけたんです」

「そんなことはありません! 綺羅星さんは私に、優しく、友達になってと」

「……その誤解を、わざと訂正しなかったのも、私の過ちです」

ごめんなさい。

一年間、勘違いさせたことは――ごめんなさい、と彼女が頭を下げる。

でも違う。違うのだ、と城ヶ崎はあたふたする。

確かに最初は打算でも、いまは立派な友達だ。

謝られるようなことでもないし、当時のことなんてもう関係ない。

「綺羅星さん。大切なのは……これからのことだと思います」

自分達の間には、大きな齟齬があった。

でもだからこそ、人間は対話を通じて齟齬を埋められる――過去を反省し、新しい関係を築くことが出来る。

「昔の綺羅星さんは、確かに間違っていたかもしれません。でも、それはこれからやり直せば良いことですし、私もそれを許したいと思います」

「…………」

「ですので、どうか。改めて――」

聖母の如く、城ヶ崎はゆるりと両手を広げ、彼女を迎える。

大丈夫。

私達はやり直せる。今からでも正しい道に戻ることは出来る。

だから、お願い。

あんなおかしなオジサンのところではなく、私の元に――

「イヤです」

「…………え?」

「城ヶ崎さん。今日は、あなたと友達になりたくて、お話に来たわけではありません。……逆です」

ふっ、と彼女がちいさく呼吸をはさみ。

ゆっくりと一口、紅茶を頂きながら、迷うことなく、こちらを見据え――断言した。

「私達。友達を辞めませんか?」