軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 影一普通

安心、安全、ノンストレス。

それがごく平凡なサラリーマン、 影一(かげいち) 普通(ふつう) がもっとも重視する矜持だ。

仕事はなるだけ定時に終了。人付き合いは周囲との関係に軋轢を生まない程度に、けれど優先しすぎないくらいに収めていつも一人で帰宅する。

自宅でコンビニ弁当を頂きながらゆるりと新着動画やライブを視聴し、好きなゲームや漫画を楽しみ、頃合いを見計らってのんびりお風呂。

湯船で一日の疲れを溶かした後は、しっかりと髪を乾かし。

風邪をひかないよう注意しながら、あくびをかみ殺して横になる。

エアコンの温度を低めに設定したうえで布団を被ると、寝付きがよくて最高だ。

人生を、凪のように穏やかに過ごしたい。

仕事のストレスも、煩わしい人間関係もできるだけ遠ざける。

恋人や友人、親戚などといったトラブルの元と関わることもなく、SNSの喧噪にも深く触れない、徹底的なまでの自己完結。

世間で目立つこともなく日々を過ごし、プライベートは己の趣味を充実させる。

それこそ、影一普通のめざす理想にして最高の人生と呼べるものだ。

そんな影一が最も好む趣味は、とあるオンラインゲームだ。

”ロストマジック・オールイン・ワールド”

通称”LAW”と呼ばれる、剣と魔法をベースにしたオンライン型異世界ファンタジーは、堅実な完成度ながらもきわめて高い自由度を持つゲームであった。

オンラインらしい対人戦を楽しむもよし、ユーザー同士で協力してボスを倒し素材を集めるもよし。

アイテムをひたすら集め自宅をカスタマイズするのも、未知の秘境を散策するのもアリだろう。

当然、影一はずっとソロプレイだ。

人里離れた秘境で黙々と素材を集め、合成と錬金を繰り返し、強力な装備を作っては未知のダンジョンをソロ踏破する。

そうして稼いだアイテムでさらに強力な装備を調え、レベルを上げる。

淡々とした繰り返し作業こそ、影一にとって心洗われる快適な時間であった。

だが――何事にも、終わりはある。

「LAW、サービス終了ですか」

LAWは世間的にみて人気のあるゲームではない。

いわゆる、ユーザーには高評価だが流行には縁遠い典型例だ。

それでも根強いファンがつき、サービス開始から十年も続いたと考えれば御の字だろう。

長年親しんだゲームがなくなるのは、寂しいもの。

SNSのトレンドでも、小さくではあるがサービス終了を惜しむ声が聞こえてくる。

これも時代の流れかと思いつつ、影一は何となく公式SNSを探すと――

どうやら、サービス終了前に最終イベントを開催するらしい。

しかもそのイベントでは、本編にずっと未登場だったあのボスと戦えるのだとか。

「……噂の“ラスボス”ですか」

通称”厄災”と呼ばれる最強のボスが、LAWの最終イベントでお披露目になるらしい。

開発スタッフの熱意を感じるな、と影一は薄く笑いつつ、久しく重い腰を上げる。

……普段はソロプレイに徹しているが、せっかくの最終イベントだ。

最後くらい自分が徹底的に稼いだアイテムを使い、最終イベントを一番乗りでクリアするのも一興だろう。

それが、影一の親しんだ”LAW”というゲームに対する、最大の恩返しではないか。

などと、柄にもないことを考える。

久しぶりに本気を出すか、と影一は姿勢を正してPCを起動した。

*

……しかし。

影一がLAWのエンディングに到達する夢は、最後まで叶わなかった。

なぜなら……

LAWのサービスが終了するより先に、現実世界が滅んだからだ。

”世界同時多発災害”

2028年、夏。

そうとしか呼べない異常災害が、世界各地で相次いだ。

以前から予測されていた、南海トラフ大震災。

その翌日には、関東直下型の大地震。

さらには千島海溝を起点とした大地震を経て、日本各地の活火山が活性化し、地表を炎と灰で埋め尽くした。

数日にして壊滅的ダメージを受けた日本は、各国に支援を要請。

しかし、必要とされた援助は何一つとして届かない。

世界がそれどころではなかったのだ。

頼みの綱たる米国は宇宙人の侵略により国土の八割が消滅し、中国では大地より蘇ったゾンビが次々と人々を襲い。

欧州ではドラゴンが地表を焼き払い、南米では未知の感染症の拡大により壊滅状態――SNSに溢れる非現実的な情報は、しかしリアルな映像とともに届けられ……

繁栄を迎えていたはずの地球人類は、こうして呆気なく滅んだ。

そんな中、影一普通は……。

自宅でLAWを遊んでいた。

もちろん、恐怖がないわけではない。

安心安全ノンストレスをモットーとする影一にとって、死は最も恐るべき災厄だ。

が……影一はごく普通のサラリーマン。世界規模の災害に抗えるはずもない。

避難所はすでに手一杯。

食料もろくになく、凄惨な殺人事件まで起きていると聞く。

それなら、日頃から安心安全のために蓄えていた食料と水を使い、震度七程度ではびくともしない自宅に引きこもっていたほうが、心身ともに穏やかに過ごせるというもの。

そして不思議だったのは――電気もネットも途絶えているはずなのに、パソコンとLAWは稼働していたことだ。

理由は知らない。

物理的におかしいのは影一も理解しているが、原因など考えてもきっと理解出来ないだろう。

それに、どうせ世界が滅ぶのなら――

その間際まで、自分の人生を楽しむべきだと、影一は思う。

そうして影一普通は世界が滅びゆく中、人知れずLAWを攻略し、誰も知らないエンディング手前までたどり着いた。

”厄災”を倒す最強武器”神威ブレード”を手にし、ラスボスを目前に、いざ乗り込もうとキャラクターを進めたところで――長年耐えてくれた自宅が、崩れ落ちる。

この日が来たか、と己の死を受け入れながら。

ひとつ、心残りがあるとすれば。

「結局、クリア出来ませんでしたか」

空しく呟き、影一普通の人生はそうして幕を閉じた。

はず、だった。

「……?」

ぱちりと目を覚まし、身体を起こすと見慣れた景色が目についた。

いつもの寝室。デスクトップPCとダブルモニターの置かれた、自分の部屋だ。

……ここは、天国か? それとも地獄か?

影一は己の頬をぺたりと触る。

実感がある。

夢ではなさそうだと眉を顰めた時、ふと肌寒さを覚えてエアコンのリモコンを掴めば、暖房の設定が20度に――暖房?

おかしい。

世界が滅びかけていたとはいえ、昨日まで蒸し暑い真夏日だったはずだが……。

違和感を覚えながらいつも通りPCを起動し、影一はふとモニターの右下を見てさらに眉を寄せる。

”2022年1月15日”

――六年前?

影一はスマホを手に取り、機種変前のものに変わっている違和感に気づきながら日付を見れば、やはり同日付を示している。

……これは、一体どういうことか。

自分は、タイムスリップしたとでも? まさか。

影一はらしくもない混乱を覚えつつも、状況を整理しようと軽く息をついた、その時――

ゴトリ、と物音。

振り返れば、何の変哲もないフローリングの床を貫くように――

真っ白な輝きを放つ剣”神威ブレード”が、自宅の床に突き刺さっていた。