軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仲直りのクッキー

ジゼルはエリオットと朝食を共にした後、彼を見送り自室に戻った。服を着替えて午前は勉強、午後はマナーレッスンだ。昼食は広いダイニングでひとり侘しく食べる。その間もずっと今朝、叱責された侍女のことが気がかりだった。ジゼルはそれとなく周囲を見回しているが彼女を見つけられない。

「ねぇ、アリア。あの、今朝叱られていた侍女は」

「彼女は数日謹慎になりました」

「え? 謹慎⁈ そこまでするの?」

ジゼルは目を丸くする。だが、アリアは当然とばかりに頷いた。

「まだ、優しい方ですよ」

「でも、きっとあの時みんながそう思っていたでしょう? それを彼女はわたしに気づかせてくれただけなのに」

ジゼルの至らぬせいですごく申し訳なく思う。

「言葉にしなければ、なにもわかりません。ですが、出してしまった以上彼女の責任です」

「彼女の自宅は?」

侍女たちは屋敷内に部屋があるという。外からなにか持ち込まれたり襲われたりすることがあるので、通いで勤めている人はいないらしい。ジゼルは後程、彼女、ナンシーと直接話をしようと考えた。

ナンシーはカザル侯爵家の三女で、ジゼルより五歳年上だ。政略結婚で自分の父親より年上の男性に嫁がされそうになったことをきっかけに働きに出たという。本当は王宮侍女を希望していたが、筆記試験で脱落し、伝手を頼りアクスバン侯爵家に仕えるようになったと聞いた。

ジゼルは午後のマナーレッスン後、アリアにお願いして厨房に向かった。ちょうど夕食の支度を始める時間帯に申し訳なく思いつつ、顔を出す。

「お忙しいところすみません。奥様がいらしていますので、手を止めていただけますか」

料理人たちはどうしてこんなところに、と目を丸くする。ジゼルはアリアの後ろから進み出ると彼らに向かって頭を下げた。

「いつも美味しいお食事をありがとうございます。珍しい食材や知らないメニューもあり、毎日新鮮で楽しくいただいております」

子爵領ではなかなか入ってこない魚介類も、厚みのある肉もジゼルには珍しい。味付けは薄味だが、食材そのものが新鮮なので、物足りなさはあるものの満足はしていた。

「そうおっしゃっていただけて料理人冥利に尽きます」

「大変不躾なお願いですが、厨房の片隅でいいので一時間、いえ、三十分貸していただけないでしょうか」

「……それは」

「奥様はお料理に慣れているので、使い方さえお伝えいただければ仕事に戻っていただいて構いません」

料理長は腕を組み、うーんと悩んだものの「それなら」と言って厨房の片隅を貸してくれた。材料に薄力粉、バター、卵、砂糖を分けてもらいせっせとクッキーの生地を作る。

「手慣れていらっしゃいますね」

「ええ。家ではよく作っていました」

その手つきを見て、料理人のひとりに驚かれた。捏ねた生地を伸ばして型を作る。シンプルに丸ばかりだ。それをオーブンで焼けば、あたりには甘くいい匂いが漂う。

「できました」

「いい焼き色ですね」

「旦那様にですか?」

ナンシーにあげることしか考えてなかったジゼルはエリオットの名前が出てきて少し驚く。

「いえ、エリオット様では」

「そうですか。残念です」

「旦那様は意外と甘いものが好きなんですよね」

「そうなんですか」

涼しげな顔で食事をする彼は、甘いデザートよりシャンパングラスや大人の味がよく似合う。

「ええ、ですからもしよかったら少し分けてあげられるとお喜びになるかと」

そうは言っても全部で20枚ぐらいしかない。ナンシーには個別であげて、残ったものは侍女たちみんなで食べてもらうつもりだった。

「材料ならありますので、もしよろしければもう一度作ってもらっても」

「……そうですね」

果たして、エリオットが侍女たちと同じクッキーでいいのだろうか。

「少し考えます」

どうせなら別の方がいいだろう。ジゼルは一旦その件は置いておくことにして、焼き上がったクッキーを四枚だけハンカチに包み、あとは籠に入れて調理場を後にした。

***

ホワイトハウスは当然広い。アリアに先導されて長い廊下を歩き、右に曲がり、階段を登って左に向かい、建物と建物をつなぐ渡り廊下を歩き……ときっと一人では行き来ができない道を歩いてようやく侍女たちが住まう別宅に到着した。

ここは寮のようになっており、個室の人と二人一組で部屋で過ごす人がいるらしい。ナンシーは二人一組だが、同室の侍女はまだ勤務中だ。部屋にいるのは本日休みを取っている者と謹慎を言い渡されたナンシーだけである。

「こちらです。ナンシー、アリアです」

アリアが扉をノックすると、部屋の中からくぐもった声が聞こえた。アリアは躊躇わず扉を開ける。

彼女はベッドで横になっており、頭から布団をかぶっていた。

「わたしは悪くないわ。当然のことを言ったのよ!でも、じゃあ何が正しい侯爵夫人かと言われてもわからないわ。だって、わたしの知るご夫人は傅かれて当たり前ですもの!」

ナンシーはずっと悩んでいたらしく、布団に潜ったまま思いの丈を吐き出した。ジゼルはクッキーをアリアに預けると、ナンシーに近づく。

「大奥様だって、ずっとそうだったじゃない。何かあれば呼びつけて美しく着飾って傅かれて。それが貴族として当然で、侯爵夫人の役割だって」

「でも、エリオット様はそうではないとおっしゃったでしょう?」

「だからわからないの!だってーーっ」

布団の上からジゼルがナンシーをぎゅっと抱きしめる。ナンシーは抱きしめられたことにびっくりして、振り返ってジゼルの顔を見てまたびっくりした。

「じ、ジゼル様」

「たくさん悩ませてごめんなさい! でも、わたしもあなたが悪いとは思っていません。あなたが支えたいと思う主人になれるように頑張ります。ただ、前侯爵夫人と同じことができるかどうか正直自信はありません」

王族として生まれ、侯爵夫人になったエリオットの母は生まれながらに傅かれることに慣れている人だ。民の血税を湯水のように使うことにもきっと慣れている。

「エリオット様が許してくださるなら、新しい夫人像を作りたいとも思っています」

「……新しい、夫人像、ですか?」

「よかったら少し、お話ししませんか? クッキーを焼きました」

「奥様自ら焼いてくださったのですよ、ナンシー」

「夕食前ですが、おやつにしましょう」

ジゼルがにこりと笑うと、ナンシーは迷子の子どものような顔で頷く。

アリアは「飲み物をお持ちします」と言って部屋を出たので、ジゼルはかごに入れたクッキーをナンシーに差し出した。

「どうぞ」

本当は本日労働中の侍女たちにお礼の気持ちで焼いたクッキーだった。ナンシーには別に取ってあったが、一緒に混ぜてしまう。

「……温かい」

「さっき焼いたばかりなんです。本当はもう少し冷まして味をなじませたほうがいいんですけど」

指先から伝わるほんのりとした温かさ。口に入れるとほろほろと解ける優しい甘み。

「……美味しい」

「……よかった」

ナンシーが涙を滲ませてクッキーを咀嚼する。ジゼルはその様子を見て口元を緩めた。

「わたしも今日一日考えていました。エリオット様とご縁があったのも突然で、正直今でも信じられないし、頭が追いつかないこともあります。だからこそ、いい機会にもなったんです。ーーどんな主人になりたいか、なるべきか」

ジゼルも貴族の端くれだ。だが、ホースター子爵領は領主と領民の距離が近い。困ったことがあれば助けてくれるし、その分民たちの力にもなろうと努力している。他の領地は知らないが、集めた税金は彼らの生活をより豊かにするために使われるべきであり、少なくとも面子や見栄のために使われるべきではないとジゼルは思っていた。

(ーー前世の納めた税金が何に使われているのか不明瞭で靄靄したのよね。だからこそ、同じことをしてはいけないと思うの)

貴族だから傅かれて当たり前、という感覚はジゼルにない。外面のために着飾ることは必要だと頭では理解しているが、そのお金を腹を空かせている子どもたちや働きたくても働けない人たちに使えないかと考えてしまうのだ。