軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

領地修繕案

翌日、ジゼルは朝からアクスバン領にエリオットと共に向かった。

スラム化した一帯は取り壊し、街を改修することが決まった。当然エリオットの一存だ。スティーブには手紙を出して「そういうことでよろしく」と伝えたらしい。

「この辺りの家を全て取り壊す予定でいる。無論我々の勝手な計画なので出ていけとは言わない。条件付きではあるが家を用意するので、必要な人数を把握したい。もちろんこの街から出ていきたいなら出て行ってもらってもかまわないが」

エリオットは自ら現場に赴くと住人たちにきちんと事情を説明した。彼らが勝手に住み着いたのでエリオットが領主として「出ていけ」と言っても彼らは言う通りにしただろう。中にはまた行き場がなくなったと落ち込んでいた人もいたが「家を用意する」と聞いて不思議な顔をしていた。

「それは牢屋でしょうか」

「普通の家だ。だが、きちんと働く意思のある者のみに与える」

「怪我や病気で動けないものは?」

「医師に見てもらえ。費用は我々が負担する」

「そんな……」

馬鹿なことがあるのか、と彼らは続く言葉を飲み込んだ。エリオットの後ろからジゼルがひょこっと顔を出したせいである。彼らの中に、コニーとロイの一部始終を見ていた人がいてジゼルを覚えていたようだ。

「あ、あなたは!」

「あの、あの子どもたちはどうなりましたか?」

彼らは縋るようにやってきて、エリオットがジゼルを庇うように立ち塞がったとこで、慌てて後ずさった。

「エリオット様」

「しかし」

「ロイとコニーは元気ですよ。二人に頼まれたのです。〝おじさんたちを助けてほしい〟って」

本当は居場所を奪わないでくれ、だったが意味は同じだ。ジゼルの言葉に彼らは顔をくしゃくしゃにして泣き笑いした。

そうか、元気か。

よかった、よかった、と。

「皆さんも元気にやっていると二人に伝えられるように頑張りましょう? わたしたちは貴族ですが、それは皆さんを守るための役割があります。けっして悪いようにはしません」

ジゼルの慈愛に満ちた微笑みに男たちはまるで女神を崇めるようにその場に座り込んだ。エリオットは顔を顰めたが、妻が領民たちに好かれることはいいことだと自分に言い聞かせる。

「家を与える条件は働く意思のあるものだ。今現在病気や怪我で働けなくても、治療後働く意思があればそれでいい。人数を把握するために三日後改めて伺おう。今ここにいない者たちにもそのことを伝えてほしい」

エリオットは短い時間で言いたいことだけ伝えると、ジゼルと共にその場を後にした。その足で商業ギルドに行き、大工の手配や報酬や納期の交渉をしていく。劇団員の住居、仮設住宅、スラム化した一体をどうするのかはこれから考えることだ。

「公衆浴場もほしいですね」

「「公衆浴場?!」」

商業ギルドのギルド長とエリオットが口を揃えて驚く。

領民たちが気軽に入れる風呂場がほしい。前世の銭湯と同じだ。ジゼルはそう言いたかったが、エリオットの肩がわなわなと震えた。

「だめだ。絶対だめだ。風紀が乱れる。たしかに王都にはあるが」

「王都にあるんですか?」

初耳だった。いったいどこにあるのだろうか。

ワクワクしているとナンシーが「発言をしてもよろしいでしょうか」と後ろから声をかけてきた。頭を抱えながらエリオットが許可を出す。

「ジゼル様。公衆浴場とはただ風呂に入るだけではございません」

「食事をしたりマッサージをしたりですか?!」

スパみたいな施設があったのか。ジゼルの心はうきうきした。

しかし、ナンシーは主人の反応に「やはり」と眉尻を下げる。

「いわゆる風俗ですよ。女性に身体を洗ってもらい、金銭で交渉後性的サービスを受けられるという」

「あぁ……」

ジゼルは「なーんだ」とがっかりした。だからエリオットが慌てたのかと納得もした。

「だったら、健全なお風呂屋さんを作りましょう?」

「健全なお風呂屋さん?」

「ええ。お風呂があれば、衛生面もよくなりますし、娯楽施設にすれば観光スポットにもなるかと」

ただの銭湯だったが、ジゼルの頭の中にはすでに立派なスパが出来上がっていた。

「できれば領民たちには週に一度はしっかり湯船に遣ってもらいたいですね」

アクスバン侯爵家には立派なバスタブがあるが、基本的にこの世界では風呂に浸からない。

シャワーを浴びられるのは貴族か平民でも金持ちぐらいだ。農民たちは川で水浴びをしたり、布で身体を拭くぐらいである。

「湯船に浸かると何がいいんだ?」

「身体が温まると睡眠の質があがります。しっかり身体を休められると翌日の仕事のパフォーマンスがあがります。それに血行が促進され、免疫力を高め……えーっと、風邪を引きにくくなったり、肌つやがよくなり」

「それも本で読んだのか?」

「え?! あ、はい! そうですわ」

ジゼルは誤魔化すように笑いながら口を閉じる。

(奥様〜)

(ごめんなさーい)

ジゼルは誰にも前世の記憶を持っていると話していない。

話せば気持ち悪いと思われるかもしれないし、変人扱いされるかもしれない。

記憶持ちと言っても、うろ覚えで曖昧な部分もあるので、パーソナルな部分を突っ込まれてもあまり答えられることもなかった。

ただ、必要な知識は不思議と覚えているだけで。

(いけないわ。実家にいた時はあまりこんな話をしたことがなかったけど、エリオット様たちは色々と話を聞いてくれるからつい……)

子爵家にいた時は、よくも悪くもジゼルは放置されていた。

父はジゼルを愛してくれてはいたが、所詮貴族の男親だ。寂しく思ったことはあれど、自由にさせてもらっていた。土いじりをしても台所に立っても文句を言われなかった。

継母のヘレナもジゼルには優しかった。今思えば都合よく使われていたと思うこともあったけれど、当時のジゼルは新しい母親に頼られることが嬉しかった。ただ、異母妹や弟たちと差はつけられており、そのことに気がついて徐々に距離は取るようになったが。

(それも仕方ないって思っていたわ。だからあまり考えないようにしていたけれど)

思わぬ形でエリオットと結婚することになったが、彼はジゼルの話に耳を傾けてくれる。

頭ごなしに否定もせず、決めつけることもなく、寄り添ってくれる。

その距離感が嬉しくて心地よい。完璧そうに見えて完璧ではないところも、ジゼルには好ましく見えるのだ。だからこそ、嫌われてしまったらと考えるだけで怖い。

「ーーではまず、劇場の修繕を。続いて街の修繕を行いましょう。劇団員の住居ですが、いくつか目ぼしい建物がありますのでそちらをご覧になってみませんか?」

「あぁ、見せてもらおう。それでいいか?」

「……」

「ジゼル?」

「あ、はい」

「これから、物件を見にいく。疲れたなら休むか?」

「いえ。大丈夫ですわ」

ジゼルは曇っていた表情をすぐに吹き飛ばし、パッと向日葵が咲くように微笑んだ。

エリオットは小さな頭をそっと撫でながら、子どもを宥めるように諭す。

「ジゼルは働きすぎだ。あまり無理するなよ」

「エリオット様もですよ」

そっくりそのまま返せば、泡紫色の相貌がパチパチと瞬く。

そして微かに口元が綻んだ。瞳に優しさが滲む。声には愛情がこもっていた。

「なら、早く終わらせて二人でゆっくりしよう」

ここがどこかも忘れていい雰囲気を醸し出す二人にギルド長は「こほん」と空咳をするのだった。