軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

94.ローストナッツと雑談

ウォーレンと並んで歩いていると、甘い匂いが漂ってきた。香ばしさの混じったかなり強い匂いに、思わずウォーレンと視線を交わし合う。

「なんだか、すごくいい匂いがしますね」

「なんだろう。あ、あの屋台みたいだけど、寄ってみない?」

遅くなっては皆を心配させるだろうけれど、大急ぎで帰らなければならないほどでもない。是非と頷いて香りの元になっている屋台に向かうと、大柄な女性がさらに大きな鉄鍋をぐるぐると回していて、熱気がふわりと風になって頬に心地よく揺れる。

鉄鍋の中では、飴色になった蜜液の中でアーモンドが踊るように回っていた。

「ローストナッツだね。冬の王都の名物で、すごく美味しいんだ」

屋台にはすでに作り置きされたナッツ類が並んでいて、クルミやカシューナッツ、ヘーゼルナッツなどがそれぞれ皿に盛られている。

皿には味付けが書かれていて、蜂蜜、シナモン、ココナッツのような甘さをさらに引き立てるようなものから、トウガラシやハーブと塩を足したもの、冷ました後に削ったチーズを掛けたものなど、様々だ。

どれも表面にびっしりと糖の粒が浮いていて、非常に甘く、美味しそうだった。

「これ、つまみにもすごくいいしデザートにもなるし、買っていこう」

「はい。でも、色々あって目移りしますね」

「ミックスもできるよ! 食べ歩き用から自宅用まで、量り売りするから言ってね!」

「じゃあミックスで――お土産にもいいけど、少しだけ食べ歩きもしない?」

「ぜひ!」

ウォーレンがてきぱきと注文してくれると、女性は天秤でナッツを計り、こぶりの紙箱に入れたものと、クレープを包む包み紙のようなものに盛った二種類を手渡される。

どちらもまだほんのり温かくて、それが少し嬉しい。

ウォーレンが支払いを済ませると、店の女性が「おまけね!」と言って、オーレリアの持つ容器に大きなスプーンに山盛りに載せたナッツをさらに追加してくれた。

かなりどさりと入れてくれた気がしたけれど、それでもきっちり溢れないのがプロを感じさせる。

「いい冬の王都を!」

「ありがとうございます!」

「オーレリア、箱のほう持つよ」

「あ、じゃあこちらを少し持っていてもらえますか、箱は鞄に仕舞うので」

今日の格好には似合わないかと思いつつ、拠点に置きっぱなしにしていた愛用の斜め掛けの鞄を持ってきてよかった。ウォーレンに紙のカップを渡し、箱を鞄に仕舞う。

「その鞄、一杯入りそうで便利だよね」

「はい、王都に来てから買った私の相棒です」

「いいなあ」

斜め掛けの鞄が欲しいのかと思っていると、ウォーレンがナッツを摘み、カップをオーレリアに戻してくれる。

アーモンドはカリッとしていて歯ごたえがあり、クルミはほろ苦く、香ばしい。ヘーゼルナッツは柔らかく、味わい深い。

どれもそれぞれに美味しいけれど、なんだかやけに感傷的に言ったウォーレンの方が、今は気になってつい視線を向けてしまう。

「本当を言うと、アリアさんも羨ましい。オーレリアに頼りにされているんだって感じるから」

ぱちぱちと瞬きをすると、ウォーレンは眉尻を下げて笑う。

「オーレリアに初めて会った時も助けてもらったし、傘も貸してもらったままだし、俺はオーレリアに助けられてばかりだから、頼りになるとは言い切れないなあと思って」

そんなことは全くない。こうしてなんの心配もなく事業を起こせたのもウォーレンと婚約したからだ。

何より、一緒にいて楽しい相手に頼りになる、ならないは関係ないと思う。

「あ、あの傘、今日持ってこようかとも思ったけど、何かのついでじゃなくて、ちゃんと返したいと思って。ごめん、早めに戻したほうがいいよね」

「いえ、いつでもいいですよ」

何もできない身なのはこちらも同じで、状況を知る術もなく時々思い出してはどうしているのだろうと心配していた頃に比べれば、並んで街を歩き二人でナッツを摘んでいる今は、随分気持ちも楽になった。

「……実は私も、黄金の麦穂の皆さんが少し羨ましいです。皆さん長い付き合いで、気心が知れているのが伝わってきますし」

さっぱりしているように見えても、互いが互いを信用し、心配しているのが態度の端々から見て取れる。

家族というのとは違うのだろうけれど、身内、仲間として絆で結ばれているのだろう。

「確かに、一緒にいる時間も長いし、お互い背中を預け合える仲間だ」

「私にとってのアリアもそうです。――私たちも、そうなれるといいですよね」

ウォーレンとは気の合う友人だけれど、一緒に過ごした時間は決して長いとは言えない。

時間を掛けることで育まれる信頼や絆もあるだろう。

時間はいくらでもあるのだから、ゆっくりそうなっていけばいい。

「そうだね。本当にそうだ」

ウォーレンはさっぱりしたように笑ってくれた。

* * *

多少の寄り道をしつつ、冬の街をゆっくりと歩いて、軒を並べた商会の中から酒樽の看板が掛かった店に入る。

棚にはワインや蒸留酒の瓶が並んでいて、ビールも瓶一本から売っている。ドアに掛けたベルはコロコロと丸っこい音を出し、奥から背の高い男性が顔を出した。

「ビールを箱でひとつ」

「はいよ。シュトラクでいいかい? 今日はエルナスも安くなっているよ」

「じゃあエルナスを」

シュトラクもエルナスも、王都ではよく呑まれている銘柄で、西の大門の向こうにある生産区にあるブルワリーの名を取られたビールである。

それぞれ赤と青のラベルが貼られていて、とても分かりやすい。何本か買うのかと思っていたら、箱で買って少し驚いた。

「ウォーレン、重くないですか?」

「エリオットには全然敵わないけど、これくらいなら全然大丈夫。一応俺も冒険者だから、これくらいどうってことないよ」

瓶ビールの入った木箱をウォーレンは危なげなく持ち上げるけれど、十二本入りのビールの箱は相当に重いはずで、おそらくオーレリアでは持ち上がりもしないだろう。

「あの、ちょっと、こっちに来てください」

「えっ」

ウォーレンの袖を引いて、手近な路地裏に誘うと驚いたような顔をされたものの、先に路地に入り通りをウォーレンの背中で隠してもらう。

「軽くなると思うので、力加減に気を付けてくださいね」

そう告げて、手早く木箱の底に【軽量】を掛ける。

箱の角度から、指の動きはウォーレンには見えないはずだ。

「わ、すごく軽くなった!」

ウォーレンは感嘆したように言って、それからほう、と息を吐く。

「オーレリアって、本当にすごい付与術師なんだね」

「【軽量】は結構使える人、多いみたいですよ」

荷物の運搬には【軽量】が付与されているに越したことはないし、馬やロバが牽く馬車などにも掛けられていることが多い。

付与魔術の素養がある従業員に、商会が何年勤続するという契約で術式を購入して与えることもあるというほど有用な術式である。

「ダンジョンの塔の中にも付与屋のテントがあって、長期の探索の前後には行く人が多いけど、これくらい強く掛けられる人は、珍しいよ」

「付与屋ですか?」

聞き覚えのない言葉にきょとんとすると、うん、とウォーレンは笑う。

「道具に【軽量】を掛けてもらったり、荷物袋に【保存】を掛けてもらったりするんだ。意外とすごく助かるのが靴への【軽量】で、あれがあるのとないのとじゃ探索の疲労が全然違ってくるから、俺たちは必ず街の資格のある店で掛けているんだ。付与魔術って人によって強さが違うから、流れの付与術師よりずっとそこで商売している人の方が信用できるってこともあって」

なるほどと頷く。

「考えてみれば、そういう需要があるのに街中では付与だけ売るお店って見かけないですね」

「事情があって街で働けなかったり、前科があったりする人が多いみたいだ。付与術師は仕事に困らないから、荒っぽい冒険者を相手にしている付与術師は訳ありが多くなるんだと思う。その分、塔の付与屋は安いんだけどね」

いい加減な仕事をすると返金騒動から暴力沙汰に発展する可能性もあるので、それなりの腕があるのが前提ではあるらしいけれど、それでも当たり外れがあるのだという。

「靴の付与は考えたことがありませんでした。他に、何かよく掛ける付与はあるんですか?」

「そうだなあ。装備に【軽量】は普通として、やっぱり食料に【保存】と、エディアカランは水の多いダンジョンだから、王都の付与術師は【防水】が使える人が結構多いみたいだ。俺たちも【軽量】と一緒に靴と服に掛けてるよ」

エレノアが【防水】は外注にできると言っていたのは、おそらくそれも関係があるのだろうと頷く。

「あと何気にすごく助かるのが【防寒】なんだけど、これを掛けられる付与術師は少なくて、王都に五人くらいしかいないんじゃないかな。――つまり、ものすごく高いんだ」

エディアカラン内部は通年を通して一定の温度で、冬は外の方が寒いそうだが、水気の多いダンジョンなので場合によっては冷えることもあるらしい。

「ジーナが火の魔法の使い手だから、暖を取るのにはあまり困らないんだけど、【防寒】のマントに包まって寝るとあったかくて熟睡できるんだ。まあ、あんまり気を抜きすぎるのも良くないんだけど」

「大事ですよね、暖かいの」

「アルフレッドもすごくこだわるんだ。絶対食事には一品温かいものを付けるって言って」

「言ってましたね」

頷いて、笑い合う。

ウォーレンの話はどれも面白く、のんびり移動していたはずなのに、拠点にたどり着くまで、驚くほどあっという間だった。