軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85.日常と、仕事願い

広場の鐘が十二回鳴り、ちょうどきりがいいところだったので午前中の作業を終える。

最近は冷えるようになってきたので手放せなくなったひざ掛けを畳んで椅子の座面に置き、作業部屋を出て給湯室でお湯を沸かす。お湯が沸くまでの間、持たせてもらった昼食をテーブルに並べ、温かい紅茶を淹れて席につく。

最近は日中、ウィンハルト家の馬車で拠点に戻り、作業をして過ごし、夕方になるとまた馬車が迎えにきてくれるというサイクルが多くなった。

アリアが一緒に過ごしてくれる日もあるけれど、彼女は彼女で事業関係の仕事があるため、そう多くはない。ジーナとジェシカは黄金の麦穂のメンバーとして相変わらずあちこちにひっぱりだこなので、最近はこうして一人で昼食を摂ることが多かった。

バスケットを開くと、帽子のような形のパン、ブリオッシュと蒸したジャガイモにローストビーフ、小さな紙に包まれたバターと陶器の容器に入ったジャム、デザートに林檎のコンポートが入っていた。

ジャムはルバーブを柔らかく煮詰めたもので、赤く甘酸っぱく、前世の記憶にあるはちみつ梅に似た味がするものだ。

――午前中に五十枚付与したから、午後の作業は少し抑えないと。

付与のために机に向かって作業をしている姿勢のために肩こりなどの症状が出ることはあっても、魔力量という意味ではそう支障はない。必要ならば一日中付与をしていても問題はないのだけれど、アリアは吸収帯の仕入れと完成品の在庫の数を完璧に把握していて、オーレリアが根を詰めればすぐにバレてしまう。

時間を持て余しそうなので、午後の作業が終わったら、拠点の掃除でもしようと思いながら食事をしていると、不意に、静寂が耳についた。

この拠点はアルフレッドがしっかりと手を入れているため壁は厚く気密性も高くて、街の外の喧騒は少し遠い。その分、人がいないととても静かだ。

賑やかな食卓も悪くはないし、こうして一人で黙々と食べるのも、それはそれで嫌ではないけれど、不意に少しだけ、寂しく感じてしまった。

パレードから半月が過ぎても王都の熱狂は収まりきらず、現在居候させてもらっているウィンハルト家のある中央区も拠点のある東区も、人で溢れているようだった。

ジーナとジェシカに護衛についてもらっていたのはアルバートの付きまといの心配があったからで、ウォーレンとの婚約が正式に発表されヘンダーソン商会への賠償請求が法的に進んでいる現在は、その心配はほとんどなくなった。

一人で外に出る制限を受けているわけではないものの、冬が終わるくらいまではあまり単独で行動しないようにとも言われている。

思えば王都に来てから、人の気配は常にオーレリアのすぐそばにあった。

鷹のくちばし亭では食堂のピークタイムは人の声が伝わってきたし、冒険者ギルドが近かったので窓を開ければ雑踏はすぐそばで、街を歩き、トラムに乗り、図書館で働いてと動き回っていた。

今は朝と夜はアリアと食事をしているけれど、日中は一人で拠点で過ごす日が多く、こんなに静かにひとりで一日を過ごす日々は本当に久しぶりだ。

――ウォーレンさん、元気にしているかな。

ウォーレンとは正式に婚約を調えた時と、その後に一度会ったきりで、すでに一ケ月近く顔を合わせていない。

なにかあったらいつでも連絡していいと電話番号の入った名刺を貰ったけれど、緊急の連絡があるわけでもなく、掛ける理由もないままだ。

それでも忙しくもあちこちに引っ張り回されていることは新聞のメディア欄を見れば伝わってきて、どこで何をしているのか、無事でいるのかと思っていた頃より、ずっといい。

きっとゆっくり会うことができるようになるのは、冬が終わり春が来て、それ以降になるだろう。

その頃には、黄金の麦穂のメンバーも呼んで、この拠点で小規模なパーティを開きたい。

テーブルいっぱいに料理を並べて、ワインとビールを用意して、飲んで、笑って。

そう考えると、何だか楽しい気持ちになってきて、昼食を片付けて使ったカトラリーを洗い、うんと伸びをする。

午後の仕事も頑張ろう。

その後拠点を掃除して、ジーナやジェシカが帰って来た時のために、シーツ類も洗って干しておこうか。

そんなことを考えながら、オーレリアの一日はゆっくりと過ぎていった。

* * *

「オーレリアさんこんにちは!」

数日後、相も変わらず拠点で作業を続けていると、珍しく来客があった。マルセナ洋裁店の看板娘、ミーヤである。

「ミーヤさん、いらっしゃいませ。ここまで遠くなかったですか?」

「駅が近いので全然大丈夫でした!」

あらかじめこの日に来ると伝えられていたので戸惑うこともなく迎え入れると、ミーヤはぐるぐると巻いたマフラーを外し、ほうとため息をついた。

「めっきり寒くなってきましたけど、この家は暖かいですね」

「実はこっそり、床板に【温】を付与しているんです」

「あ、貴族や大店はやるらしいですよね。木材は付与が抜けやすいから、ちょうど春が来る頃には抜けるんでしたっけ」

「王都だとそうなんですね。東部でも、時々頼まれてやっていたんです」

付与の才能があると分かった最初の冬は、叔父宅のあらゆる部屋に【温】の付与をさせられたものだ。

その後叔母が近所から仕事として室内の【温】の付与を引き受けてきたので、冬のオーレリアは学校が終わるとあちこちの家に行って付与をするのが日課だった。

オーレリア自身はその付与で駄賃を受け取ったことはなかったけれど、付与に赴くとおやつを出してくれる家が多く、それ自体は案外悪くない思い出である。

逆に【冷】に関しては、最初の夏以来頼まれることはなかった。

東部は王都に比べて山が多く、鉱山地帯も多い。特にオーレリアの出身の街は周辺が高い山に囲まれた盆地になっているため、王都に比べてかなり湿度が高く、夏はとても蒸し暑かった。

そこで排気しないまま室内を冷やせば、閉め切った部屋に巨大な氷を置くようなものだ。結果として外気との寒暖差で室内の湿度が上がり、室内はじめじめとする。

外壁に面した壁の壁紙と床、屋根裏にびっしりとカビが生えたのは流石にオーレリアも驚いた。

付与は非常に便利な技術だが、使いどころによってはろくなことにならないという経験のひとつである。

「今回の納品分です。高級ラインの吸収帯を四十枚、ご確認ください」

「ありがとうございます。――相変わらず綺麗な縫い目ですね」

「たくさん縫わせてもらったので、腕が上がった気がします」

手袋をはめて、一枚一枚めくって検品を行う。

貴族や富裕層向けの高級ラインに使われている布の柄と吸収帯の向きは歪むことなく一致していて、ほつれも乱れもない。

元々ミーヤは腕のいいお針子だったけれど、手工業とは思えないほど全て完璧に同じ形と品質だった。

「はい、間違いありません」

「あと、最近新しい柄の布を仕入れまして。すごく綺麗だったので、端切れでいくつか作ってみたんです。販売品にはならないでしょうけど、良ければ身近な人への贈り物にどうかなと思って」

そう言って、別に出されたのは数枚の新しい柄の吸収帯だった。

「素敵ですね。レースのプリントって初めて見ました」

これまではチェックや花柄が多かったけれど、手にした吸収帯に使われているのは白い生地にほんのり灰色掛かった繊細なレースが印刷されたもので、女性的で優美だ。

貴族の、特に成熟した年頃の女性はむしろこういうものを好むかもしれない。

「機械化が進んで、今はどんどん新しい柄のテキスタイルが増えているんですよね。レースも機械編みが当たり前になってきましたし、洋裁店も流行に置いて行かれないように四苦八苦というところです」

「吸収帯ばかり作らせて、すみません。結構分散させてもらいましたけど、富裕層向けはミーヤさんが一番信頼できるので」

「いえいえ! ――オーレリアさん。最初に依頼を受けた洋裁店のよしみでお仕事をさせてもらっているのは分かっていて、こんなことをお願いするのは申し訳ないんですけど」

「はい」

ミーヤらしからぬ改まった口調で言われて思わず緊張すると、亜麻色の瞳を大きく見開いて、彼女は言った。

「できれば、これからもたくさんお仕事が欲しいんです! できるだけたくさんお願いします!」