軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58.必要とされるものと挑戦

昼二時の鐘が響き、ピークを終えて人気が途絶えた鷹のくちばし亭の食堂のテーブルでその夜に使われるジャガイモの皮剥きを手伝っていると、勢いよくドアが開き、ぶら下がっているカウベルがその勢いに苦情を言うようにいつもより高い音を立てた。

「こんにちはー! あ、オーレリアさん、ちょうどよかった! スーザンさんもこんにちは!」

高い位置でくくったポニーテールをぴょんぴょんと跳ねさせて元気よく入ってきたのは、マルセナ洋裁店のお針子、ミーヤだった。その後ろから、背の高いロゼッタも顔を出し、よっ、と手で挨拶をする。

「ミーヤ、あんた、ドアはもうちょっとそっと開きな。蝶番が傷んじまうよ」

「ミーヤさん、お疲れ様です。ロゼッタさんもご一緒だったんですね」

「ちょうどそこの通りで会ってさ。荷物持ちを買って出た」

「もー、籠一杯分だから大丈夫だって言ったのに、ひったくりに持ってかれたら大変だからって聞かないんですよ」

吸収帯を作ってくれているミーヤと、元々の依頼人であり現在は女性冒険者との橋渡しをしてくれているロゼッタはどちらもナプキンに深く関わっている二人で、これまで何度か同席してお酒を楽しむこともあったので、すっかり打ち解けた様子だった。

最近ではロゼッタの装備のうち、お針子が必要な部分に関してはよくミーヤに相談もしているらしい。

「あんたは針子としての腕はいいが、どうにも落ち着きがないからなあ」

「付与前の吸収帯をひったくっても、変わった形のハンカチにしかなりませんし、ひったくる手間のほうが掛かりますよ」

「はいはい、じゃれ合ってないで、あんたら仕事の話をしに来たんだろう。オーレリア、残りは奥でやるから、手伝いありがとね」

スーザンはてきぱきと芋を盛った籠を仕舞い、三人分の飲み物を作ってくれた。

「へえ、オレンジのシロップのソーダ割なんて、随分しゃれたものを出すじゃないか」

「前は客の大半が男だったから、塩気が強くて量が多い料理が中心だったんだけどね、最近は女の冒険者の客が増えたんで、こういうのが喜ばれるんだよ」

「ああ、女性冒険者、やっぱり増えてますよね。最近だと別の都市からも王都のダンジョンに挑戦する人、増えているみたいですよ」

「踏破を目指している高位ランクは冬前にぼちぼち移動を始めてるけど、中位ランクは逆に増えているんだよな。ギルドも素材の入荷が増えて景気がよさそうだよ」

「二十年前の踏破は奇蹟で二度と無理だろうなんて言われてましたけど、やっぱり、現実的に踏破が可能だっていうのは夢がありますもんね」

ダンジョンの最深部の攻略を目指す冒険者は次のスキュラが誕生するまで時間がかかるため、別のダンジョンに移動するけれど、実力をつけている段階の冒険者は三度目の踏破を目指して移動してきているのだという。

その中で、女性の冒険者の割合が多いということらしい。

「ナプキンの噂も大分広がっていますもんね。正規販売が待ちきれない人がほとんどだと思います」

「最近は冒険者以外からも、ギルドへの問い合わせが増えているみたいだしな」

「ありがたいです、本当に。ロゼッタさんは、冒険者としての活動に支障が出ていないですか?」

現在商会や商店を介して販売していないナプキンは、ロゼッタの仲介によって成り立っている。

さすがに頼り切りで申し訳ないので手間賃を払うと申し出たものの、それなら増産に予算を割いてほしいと言われてしまっている有様だ。

「あたしは大丈夫。冒険者は、ある程度知名度が上がると雑用で日銭を稼ぐ必要がなくなるから、ダンジョンに潜っている時以外は鍛錬や防具の手入れ以外は時間があるんだよ」

そうは言っても、手間と時間を割いているのは事実だろう。いつか恩返しする機会があることを祈るばかりである。

「オーレリアさん、こちらがご注文の吸収帯六十枚です。確認をお願いします」

「わ、ありがとうございます。予定より早いですけど、全数納品なんですね」

「それはもう、いい料金をいただいていますから、ちょっぱやで仕上げました!」

ミーヤが薄い胸を高く反らしてにっと笑うと、チャームポイントの犬歯がちらりと覗く。

「拝見しますね。――相変わらず、縫い目も丁寧で、形もきれいですね」

手に取った吸収帯は全て形も厚みも均一で、整った縫い目をしている。これが乱れていたり糸がほつれていると、使用感に問題が出るので丁寧な仕事はありがたいものだ。

「それと、こちらが頂いた布のサンプルから発注して作ったものです。これまでは白があたりまえでしたけど、柄が入ると一気に楽しくなりますね」

「ほぉ、上流階級向けに作るってやつか。確かに、柄があるとしゃれてる感じになるな」

「パターンも色々選べるなら、人によってお気に入りもできるでしょうし、花の時期は気分が落ち込む人もいるので、こういう遊び心は嬉しいですよ」

柄入りの吸収帯は試作品なので、それぞれ二枚ずつ、三種類が手渡され。涼しい青のストライプや元気の良さを感じるオレンジのストライプ、上品な薄紫とこげ茶のアーガイルがそれぞれ目に楽しい仕上がりになっている。

「あれ、こちらは糸を変えました?」

納品してもらった他のものと比べて、糸が細い気がして尋ねると、ミーヤは拳で胸をドン、と叩き自信ありげに頷く。

「はい、糸の細さを一段下げたものに変えました。その方が肌に触れる感触が柔らかいですし、縫い目が綺麗に見えるので。あ、料金は見積もり通りで大丈夫です」

「糸を細くすると、結構コストが上がりませんか?」

元々受注したのは仕様だけで、布の素材は綿と指定しただけだったので糸はマルセナ洋品店の在庫と相談で構わないという話だったけれど、細い糸――番手の高い糸はそれなりに高価な素材のはずだ。

「この間頂いたナプキン、頂いた試作品と比べてみましたが、こちらの糸のほうがずっと着装したときの違和感がありません。細い糸は柔軟性もあるので、移動が多く戦闘もこなす冒険者にはこちらの方が向いています。それに――」

ミーヤは琥珀色の瞳をきらきらと輝かせて、身を乗り出す。

「これは冒険者に留まらず、いずれ全ての女性が欲しがる商品ですよ! 今のうちによりブラッシュアップしておいたほうがいいです。数が出れば素材は大量に発注できる分単価を下げることができますから、ちょっとした先行投資ってやつです」

「ミーヤさん……」

「私、お裁縫も好きですけど、お裁縫で幸せな人が増えるならもっと嬉しいじゃないですか。吸収帯は私、がんばってどんどん作ります! だからオーレリアさんは欲しいと思う人がいたら、ナプキンを売ってあげてください」

ミーヤの勢いにやや気圧されていると、ロゼッタは腕を組んで、うんうんと頷いている。

「ああ、これは冒険者だけでなく、沢山の女の助けになるよ。それとさ、ナプキンが落ち着いたらでいいんだけど、もっと大きくて大容量の、大人用のおむつを作れないかな」

「大人用のおむつですか?」

「ああ。あたしの知り合いに商会の門番をしてる奴がいるんだけどさ、門番は一度仕事に就くと交代までそこに立ってなきゃいけないだろ? 食事や水は我慢できても、下の問題はさ」

食事や水だって、大事ではないだろうか。特に夏は、水分補給を怠れば、下手をすれば倒れてしまいかねない。

「ええと、今はどうしてるんですか?」

「仕事に入る前は水を飲まずに、後もう我慢するしかないんだけどね。門番は誰でもなれるってわけじゃないからさ」

「門番は腕っぷしもですけど、雇い主との信頼関係が一番大事ですもんね。特に夜間の立ち番なんかは、信用ならない人に任せると、逆に賊を引き入れたりすることもあるとか」

「大店ほどそういうところを気にするからな。だからこそ門番もいい給料をもらっているし、体調管理も仕事のうちだが、どうしようもない時もあるからねえ」

「大変なお仕事なんですね」

「まあ、大変じゃない仕事なんてないけどね。でも、その大変さは無理に抱えていくもんじゃないって、あんたが教えてくれただろう?」

ロゼッタは目を細めて笑い、しみじみと言った。

「オーレリア、あんたの付与術は、きっとたくさんの人を救うよ。――メンバーが集まったんだ。来月に入ってすぐ、深層に挑む」

「! とうとう行かれるんですね」

出会ってからこちら、何度かの中層への探索とナプキンの使用を繰り返していたロゼッタだが、その先へ向かう準備が整ったらしい。

「ああ、深層に何度か挑戦して、数年後、スキュラが復活するのをめどに三回目の攻略者を目指す。山ほどお宝と素材を抱えて帰ってくるよ。あんたへの土産と一緒に」

「無事に帰ってきて、またこうしてお喋りできればそれが一番のお土産ですよ」

照れくさそうに笑うロゼッタに心からそう言ったところで、カランカラン、とドアにつけられたカウベルが響く。

この時間には珍しいけれど、鷹のくちばし亭のお客さんだろうかと何気なく視線を向けたところで、入ってきた黄色味の強い金髪の男性に、オーレリアはぎくりと体をこわばらせた。