軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.面影と気の進まない仕事

人込みを抜けて早足で冒険者ギルドの近くまで移動すると、おーい! と聞き慣れた声が飛んでくる。すぐに荒っぽい足音とともに友人が駆け寄ってきて、お前なあ、と呆れたように言われてしまうことになった。

「ウォーレン! どこに行ってたんだよ」

呆れと焦りを滲ませてそう声を掛けてきたのは、幼馴染であり、今は冒険者としてパーティを組んでいるライアン・ウォーロックだ。

はちみつ色の髪と菫色の瞳という目を引く色彩と、母親譲りの美貌でどこにいても目立つ男だ。今日はいつもより少し身なりの良い恰好をしているので、今も周囲からちらちらと視線が集まっている。

「急に馬車から飛び出してくから、何ごとかと思ったじゃないか」

「悪かった、人ごみに知り合いを見つけて、少し話していた」

「今じゃなくてもいいだろうがよ。これからお偉いさんたちとの会議だっていうのに、らしくないな」

ライアンの言う通り、いつもの自分ならば相手を待たせることを嫌い、先約を優先しただろう。

下級の冒険者ほど時間にルーズな者が多いけれど、上に上がれば信頼の大きさこそ生き残るために必要不可欠なものになっていく。いい加減な振る舞いでは回らないことが増えていくことは、この数年で十分に理解していたし、相棒であるライアンが冒険者より商人としての気質が強いこともあり、何かとこだわりの薄いウォーレンのこともうまくサポートしてくれていた。

「悪かった。連絡先の分からない相手で、今を逃すともう会えない可能性が高かったんだ」

素直に詫びると、ライアンは毒気を抜かれたように肩を竦め、微かにため息を吐く。

「まあ、お前がそこまでするならよっぽど重要な相手だったんだろうし、余裕を持って出たからな、昼飯を諦めれば間に合うだろう――って、お前、食い物の匂いがするな?」

異様に鼻の利くライアンは、くん、と鼻を鳴らすとじっとりとした目で睨みつけてくる。おそらく昼食を諦めて自分を探してくれていたのだろう友人に、もう一度すまない、と詫びる。

「夕飯は奢る」

「エールと炙りたてのソーセージをたらふく食らうからな」

「任せろ」

ならいい! と背中を叩かれ、行くぞと声を掛けられた。ギルド裏にはすでに用意の済んだ馬車が待機していて、乗り込むとすぐに出発する。

さりげなく外を窺えば、少しだけ距離を取り、だが何かあればすぐに駆け付けられる位置に騎乗した者が数人、ついてきていた。

身なりこそ冒険者風だけれど、操馬術は騎士のそれだ。

「俺たちに護衛なんて必要ないって、何度も言ったんだがなぁ」

何を確認しているのか分かっているのだろう、ライアンはのんびりと言うと、馬車に積んだ革のトランクを漁り、ガラスの容器をウォーレンに向かってぽんと投げた。

「髭剃ってだいぶさっぱりしたけど、前髪は目に掛かってないほうが印象がいい。お偉方っていうのは目が見えないのを嫌うからな。軽く後ろに撫でつけておけよ」

「俺は、冒険者だからな。別に社交的な印象なんてどうでもいいけど」

あまり評価が下がるのもパーティに迷惑がかかるかもしれないが、ウォーレンとしてはむしろ今以上の地位など邪魔になるばかりで、少しくらい下がってくれたほうが気楽なくらいだ。

「スキュラ討伐の立役者が、なーに言ってるんだ。一般的な冒険者なら爵位を、というところだぞ」

「要らない……心から、本当に……」

「それを目指して冒険者してる奴も少なくないっていうのに、お前ときたら」

そう言うライアンも、欲しいのは名誉ではなく報酬のほうだろう。

財産を増やすのに名誉はあるに越したことはないが、ライアンはその気質に反して自らの才覚を駆使して稼ぐ方が好きだ。ゴールドランクの冒険者という信頼を得た今となっては、爵位だ名誉だというものは、換金できないのに重さばかりある荷物のように感じるだろう。

自分と違い、それをあからさまに表に出さないのが、ライアンの人間のできた部分だ。

「それに、目元を涼しくしておいたほうが女にモテる! これは間違いない!」

「………」

自分が知る限り恋人が一度も切れたことのないライアンが言うと、やけに説得力がある。

大人しく瓶の中身を手に空けて、前髪をぐい、と後ろに撫でつける。爽やかなハーブのような香りがするあたり、確かに女性への印象はよさそうだった。

「なんだよ、やけに素直だな。――ははぁ、お前さては、会っていた相手は女だな?」

答えずにいると、からかうような様子だった友人が訝しむように眉を寄せ、それからぐっ、と身を乗り出してくる。

「え、マジでそうなのか? おい、いつの間にそんな相手ができたんだよ。てか、どこの誰だ」

「違う、そういうんじゃない」

ライアンが言いたいのは、惚れた相手とか付き合っている人という意味だろう。先程まで一緒にいた彼女は――オーレリアは、そうした相手ではない。

通りすがりに親切にした、彼女にとって自分はそれだけの相手だ。実際、二度と会うとも思っていなかったはずだ。

本当は、髪を切り、伸びた髭をすっかり剃り落したとはいえ、ほんの少しだけ、彼女が自分を知っているのではないかと期待していないでもなかった。

だが駄目押しで冒険者のランクバッジまで見せたのに、その反応はさほど目立ったものではなかった。

本人もダンジョンや魔物素材については詳しくないと言っていたし、おそらく彼女は、「ゴールドランクの冒険者・ウォーレン」という存在そのものを知らないのだ。

そうでなくとも、これまで多少の情報通ならば秋波を送ってくる女性は珍しくなかった。成長期に入った頃から、それこそ嫌になるくらいに。

「俺、結構自惚れていたみたいだ……」

ライアンのように女性にモテると自称するようなことはないけれど、それなりに異性に訴えかける魅力があるのだろうなどと思っていたことを自覚して、なんとも身の置き場のない羞恥を覚えてしまう。

「ん? 何がだよ」

「いや、なんでもないよ」

オーレリアは本当に、ただ困っていた他人を見過ごせなかっただけだ。

あの時は痛みがひどくてあまり余裕はなかったけれど、今日の彼女の態度を見ても、あまりお節介で世話焼きではなく、むしろ見知らぬ相手には警戒心を抱くタイプなのだろうことは分かった。

それでも、おろおろとしながら大丈夫かと尋ね、どこかに知らせるなら行ってくると言ってくれた。

あの痛みは長い付き合いだ。痛みが出ている間はとにかく辛いが、時間が過ぎれば治まるものであることは経験上知っている。手間をかけるのも、ギルドや身内に知られて騒ぎになるのも避けたくて大丈夫だと強がったウォーレンに、オーレリアは汗を拭くハンカチを渡して立ち去った。

不思議と、あのハンカチに触れると痛みが和らいだ。通りすがりの優しさに触れて、嫌な想像が遠のいて気持ちが柔らかくなったおかげかもしれない。

立ち去っていく彼女に思わず声を掛けたけれど、綺麗な夕焼け色のみつあみを揺らして彼女は路地から飛び出して、あっという間に見失ってしまったことを後から随分悔やむことになった。

折も悪く、スキュラの魔石を持ち帰ったことで身の回りが慌ただしくなりあの時の女性を探す時間が取れなかった。いっそ王都の探偵社に捜索の依頼をしようかとも思ったけれど、どこからどんな情報が漏れるか分かったものじゃない。「ウォーレン」が「誰かを探している」。それだけで何らかの邪推をする者はいるだろう。

せめて、いつか会えた時にと多忙の合間を縫って中央区のブティックでハンカチを購入したのがこの数日、自分ができた精々のことだ。

身動きが取れないまま数日が過ぎて、まさか今日、気鬱な会議に出るために出かけた先で彼女を見つけるなんて、想像もしていなかった。思わず走る馬車から飛び降りて後を追い、どう声を掛けようかと逡巡している間に彼女が屋台の前で立ち止まったので、思い切って話しかけた。

我ながら、かなり不審な声掛けになってしまったけれど、なんとか次の約束も取り付けることができた。

王立博物館は、昔はよく通った場所だ。展示の説明もほとんどそらでできるし、冒険者として実地の経験を積んだ今は、もっと具体的なエピソードも色々とある。

冒険者やダンジョンの話を聞きたいと言った彼女を、退屈させることはないだろう。楽しみだし、それを思うと今から赴く気分の重い予定も、乗り切れる気がする。

別に、おかしな下心があったわけではない。本当にただ、親切の礼を言って、感謝を伝えて……それだけのつもりだったのだ。

「今日はそっちのポケットにアミュレットを入れてるのか?」

「え?」

「お前、嫌な予定が入っている時はよく反対のポケットを触っているだろう? こないだは貸してもらって悪かったな。発作は大丈夫だったか?」

「ああ……まあ、自宅に予備もあるし、問題なかったよ」

【鎮痛】を付与したアミュレットは、ウォーレンにとって手放せないお守りのようなものだ。痛みが出たときは直接肌に触れさせるけれど、それ以外の時も気の進まないことがあれば、つい仕舞っているポケットを手で探ってしまう癖があった。

けれど、今そこに収めてあるのは、汚してしまったからという理由で新しいものを買った、木綿のハンカチだった。

「ま、とっとと終わらせて俺たちで打ち上げをしようぜ。王宮の飯は美味いが、ひとつひとつが量が少ないし、冷めているのがちょっとなあ」

ライアンは気楽そうに笑ってそんなことを言う。

乗っている馬車が普段のそれとは格段に違う豪奢なものであっても、身分を偽った騎士が護衛にあたっていても、その馬車の行き先が王城であると知っていてなお、南部屈指の豪商の三男であるライアンは、動じた様子は微塵も見せなかった。

「ああ、そうだな」

気の進まない予定が終わったら、その後は。

そう思いながら、ウォーレンも背もたれに体を預けて、小さく息を吐くのだった。