軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.再会と赤いスープ

「ほんとに持って帰るんですか? 四十枚もあると結構重いですよ?」

「大丈夫です、鷹のくちばし亭まですぐですし、私は結構力持ちなので」

受け取った吸収帯はそのまま持ち帰るつもりで差し入れのチョコレートと財布以外は鞄は空にしてきたので、容量は問題ない。

なにより、鞄に【軽量】を付与してあるので、実際の目方よりずっと軽いのだ。

「次からは配達しますよ。オーレリアさんのお休みの日を指定してくれてもいいですし、留守でも鷹のくちばし亭のおかみさんに預けておきますから」

「それは助かります。取りに来られない時は、発注の時にお願いしますね」

マルセナ洋品店を出て通りに出ると、足早に移動する人や荷馬車が多く行きかっていた。人にぶつからないよう隅の方に避けながら、鷹のくちばし亭の方向から少しそれて、市場の方へ向かう。

今日はスーザンが仕入れに出ているので、昼食は外で食べる予定だ。

東区は冒険者が簡単に食事を済ませたいという需要が高いため、安価でボリュームのある屋台が多く並んでいる。ギルド近くの市場に向かうとさっそく、肉が焼けるいい匂いが漂ってきていた。

魚と芋を揚げたものや、小ぶりなコロッケ、そば粉を使ったクレープ生地にハムやチーズを挟んだものや、固い皮に包まれたパイなど、種類も色々である。

食べ歩きもできるけれど、汁物などは屋台の傍に食べて食器を戻すスペースがあることも多い。

揚げ物はカロリーが気になるけれど、大変に美味しそうだ。パイは冒険者ならば食べやすく腹にたまるのだろうけれど、オーレリアには少し多すぎる。

視線で物色しながら歩いていると、ふとガレットの屋台の傍に置かれた、大鍋の中に入った真っ赤なスープが目に入る。トマトの匂いにつられて近づくと、エプロンを着た女性がいらっしゃい! と元気な声を掛けてくれた。

「あの、これトマトスープですか?」

「ガスパチョだよ。暑い夏を乗り切る、トマトと夏野菜を使った冷たいスープさ」

ガスパチョは、トマトをベースにした夏野菜の冷製スープのことで、なるほど、湯気は出ていない。

おそらく鍋本体か鍋敷に【冷】が付与されているのだろう。

王都の食事は美味しいけれど、野菜不足は少し気になるところである。今日は気温も上がっているし、冷たいスープですっきりとするのは魅力的だった。

「では、ガスパチョを一杯と、ガレットを頂けますか? ええと、具はハムと卵で」

「――それを、二つずつお願いします」

背後から声が響き、思わずびくりと硬直する。慌てて振り返ると、ちょうど中天に上り始めた太陽からオーレリアを隠すような、長身の男性が背後に立っていた。

シャツの上から急所を覆う革鎧を装着し、腰には革製のポーチ、革製の腕当てに、首からは装着すれば顔の半分を覆うくらいの大きなゴーグルを下げている。すこしうねりのある紺色の髪に、長めの前髪の間から覗く鮮やかな緑の瞳が印象的だ。

腰にはナイフが二本差してあり、カーキのマントを羽織った、典型的な冒険者のスタイルの男性だった。

「あ、おどかしてしまってすみません」

「いえ、あの、注文でしたらどうぞ」

メニューを少し長く見ていたので、邪魔だったのかもしれない。脇に避けようとすると、男性は慌てたように両手を振った。

「違うんだ。その、奢らせてもらいたいんですが」

咄嗟のことに声が出せず、ぱちぱちと瞬きをしたオーレリアに冒険者の男性は大いに焦った様子を見せた。

「違う、ナンパとかではないんです! その、君にお礼をさせてもらいたくて」

「お礼?」

「はいよ、ガレットふたつとガスパチョ二杯ね! 飲み終わったら器はそこの水がめに放り込んでおいておくれ!」

この場でもっとも話が早かったのは屋台を切り盛りしている女性だったようで、オーレリアの手に木彫りの器を、男性には新聞紙に包まれたガレットを手渡す。男性は慌てて半銀貨一枚を女性に渡すと、お釣りはいりません、と丁寧に言い添えた。

「ありがとさん! そこの席使っておくれ!」

「その、とりあえず座りませんか? 説得力はないと思うけど、怪しい者じゃないんです」

両手がガレットで塞がっているので、男性はもどかしそうに肩を揺らしてマントをめくり、胸のポケットに刺したピンバッジを見せる。冒険者ギルドの紋章の中心に据えられた色は黄金。それは冒険者ギルドのゴールドランクを指す徽章である。

「覚えていないでしょうか。五日ほど前、路地裏で腹痛でうずくまっていたところを、親切にしてもらったんですが」

あっ、と声が上がったことで、オーレリアが覚えていると判断したのだろう。男性はほっとしたように笑顔になった。

「その、座らないか? 怪しいと思ったらガレットは食べなくていいから、少しだけ話をさせてほしい」

いつまでも屋台の前を占拠しているわけにもいかず頷いて、すぐそばに並べられたテーブルと椅子から空いているところに腰を下ろす。

「改めて、あの時はありがとうございました」

「いえ、ええと、あの時はフードを目深にかぶっていましたし、随分印象が変わっていたので、わかりませんでした」

あの時の人は、顔の半分以上が髭で覆われていて顔立ちが判別できなかったけれど、今はきれいに剃られていて、すっきりとした姿だった。

年はオーレリアより少し年上だろう。熟練の冒険者としてはまだ若い部類のはずだ。顔立ちは整っていて、冒険者にしては物腰が柔らかく口調も丁寧だった。

「あの、これ、よければ」

「あ、はい。いただきます」

ガレットを差し出され、突っぱねる理由も見つけられず受け取り、代わりにガスパチョの器を向かいに座る男性の前に置く。ありがとうと丁寧に言って、彼は中身をぐっと飲み干した。

今日は夏らしく晴れた日で、気温も高い。そのせいだろう、顔や首が赤くなっていて、とても暑そうだ。

「その、俺はウォーレンといいます。見ての通り冒険者です」

「私は、オーレリアと申します。ええと、図書館でアルバイトをしています」

お互いぺこぺこと頭を下げ合った後、ふっと笑い合う。笑ったことで肩から力が抜けて、オーレリアもガスパチョに口をつけた。

顔色もいいし、男性の冒険者は不摂生をしがちで肌荒れが目立つ人が多いけれど、彼は肌艶もいい。本当に回復したのだろう、ぱっと見はどこにも問題なく、健康そうな様子だった。

「とても苦しそうにしていましたが、大丈夫だったようでよかったです」

思わずそう漏らすと、男性は少し恥じ入ったような様子で困ったように微笑む。

「情けないところを見られてしまいました。あの日はダンジョンから戻ったばかりだったんですが、負傷した仲間に自分のアミュレットを貸したままだったんです。自宅には予備がありますし、普段はどうということもないので大丈夫だと思ったんですが」

あの時の苦しみ方は尋常ではない様子だった。鎮痛の魔道具は文字通り痛みを抑えることはできるけれど、それは痛み止めを常用しているようなもので、治療しているわけではない。

自然治癒で治る傷や病気もあるだろうけれど、放っておかないほうがいいものも多いだろう。

「その、いつもあんな風に痛むんですか?」

「いえ、情けないですが、嫌なことを考え始めると思考がこう、ぐるぐるしてしまって、そうなると痛みが出るんです。あの日は道を歩いていたところで、うっかり気欝なことを考えてしまって」

どうやらストレス性の腹痛ということらしい。オーレリアも嫌なことがあると胃の辺りがキリキリすることがあるけれど、彼はかなり深刻なのだろう。

「あ、今は大丈夫です。本当に時々のことですし、アミュレットがあればやり過ごすことができますから」

それは、大丈夫とは言わないだろう。けれど通りすがりに声を掛けただけの関わりの自分が、踏み込んでいい話とも思えなかった。

「あの、どうして私があの時の者だと分かったんでしょう。ほんの少しの間のことだったのに」

オーレリアからも顔はあまり見えなかったけれど、条件は彼も同じだし、何よりそんな余裕はなかったはずだ。不思議になって尋ねると、ウォーレンは再び困ったように微笑んだ。

「その、深い夕暮れ時のような髪の色が印象に残っていたから。それに、三つ編みにしている人は珍しいですし。後は斜め掛けのバッグとか、服の雰囲気とか、声の調子とかで」

しどろもどろに言われて、納得しながら無意識に二つに結んだ三つ編みに触れる。

「つい癖で、これにしちゃうんですよね」

ずっとこの髪型だったので、朝は半分寝ぼけながらでも編むことができるし、おさげにしておけば図書館での仕事の最中にページの間に髪を落とす心配もないけれど、オシャレな人が多い王都では、年頃の女性が三つ編みを編んでいるのは稀だ。

率直に言えば、田舎者らしいこの髪型が、よほど印象に残っていたらしい。

「今日はこの近くに用があって来たんですけど、揺れる三つ編みを人ごみで見かけて、つい追いかけてきてしまいました。不躾な声の掛け方をして、すみません」

「いえ、大丈夫だったかなと思っていたので、お元気そうでよかったです。あの日は探索の帰りだったんですか?」

「いえ、探索を終えて、仲間を神殿に運び、俺は一度自宅に戻って休んだ後でした。仲間の容体が気になったので神殿に向かう途中で、色々とこれからのことを考えたら、あんなことに。オーレリアさんは?」

「アルバイトの帰りでした。少し歩いて帰ろうといつもより離れた駅で、たまたま降りたんです」

「では、俺は運がよかったんですね」

ウォーレンは素朴な笑みを浮かべて、オーレリアと目が合うと慌ててガレットを口にする。

そのひと口が意外に大きくて、あの日路地裏でうずくまり、玉の汗をいくつも額に浮かべていたのが嘘のようだ。

――よかった。

彼が無事で、そしてオーレリアが声を掛けたことを運がよかったと思ってくれていて、よかった。

ほっと息を吐いて、ようやく、あの日から時々胸に立ち込めていた不安が払われた気がするのだった。