軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

203.浄水器と欲のない付与術師

「グレミリオン卿。弟妹の友人とはどのように付き合うかという話をしていたんだが、貴公はどう思う?」

カイラムに尋ねられ、席に着いたウォーレンは不思議そうな顔をしたものの、すぐに生真面目に考え込む素振りをみせる。

「弟妹の友人ですか。……私には該当する存在がおりませんので、難しい質問ですね」

ウォーレンの弟たちが彼を慕っているのは明らかだが、その周りは必ずしもそうではないということはなんとなくオーレリアも察していた。

そもそもウォーレンは、公の場で彼らを弟と呼ぶことすら問題視されてしまうらしい。

セラフィナへの面会の後で時々輪に交ぜてもらう時、ウォーレンの弟のヴィンセントもアイザックも、何の屈託もなくウォーレンに接していて、彼らが紛れもなく良い兄弟であることは伝わってくるのに、表向きは兄と弟と名乗れないのはなんとも理不尽な気がしてしまう。

「ああ、ですが友人の家には双子の姉妹がおりまして、彼女たちの友達には、よく遊び相手を務めさせられました」

なあ、とライアンにウォーレンが声をかけると、そばに控えていたライアンが如才なく微笑んでみせる。

「グレミリオン卿は幼少のみぎり、私の家の近くで暮らしていた時期があったので、うちの妹たちも実の兄のように慕っていました。確かに妹たちの友人も、彼とよく遊びたがっていましたよ。どうも私は敬遠されがちでしたが」

「貴公がか?」

「故郷にいた頃の私は絵に描いたような男の子の遊びが好きな子供だったので、小さな女の子には敬遠されがちだったのです」

今も目が眩むほどの美男子であるライアンの少年時代は、さぞかしまぶしいほどの美少年だったのではないだろうか。小さな女の子が王子様として憧れるのは充分に想像がつくし、その分気後れを感じることもあったのかもしれない。

その反面ウォーレンはきっと優しいお兄ちゃんとして良い印象を受けていたのだろうことは、彼の弟たちに対する振る舞いを見ていれば、充分に想像することができた。

双子の少女に兄のように懐かれ、振り回されている少年時代のウォーレンを想像すると、何だか胸がほっこりとした。

「関係性がどうあれ、人と人の関わることですから、その立場ならばこうというのは難しいのだと思います。その場その場で相手を尊重する関係を築くのが大切なのではないでしょうか」

ウォーレンはオーレリアと二人でテノヒラダケを採取している時や、スライムを見せてもらっている時とは違う、とても丁寧な振る舞いと喋り方をしていた。

今の彼は冒険者というよりも、貴族らしい態度をとっているということなのだろう。

「なるほど、確かに貴公の言う通りだ」

カイラムは納得したように頷いて、オーレリアに視線を向ける。

「変に妹の友人として振る舞うより、あなたを優秀な付与術師であり、尊重するべき隣人として振る舞うことにしよう」

「その……恐縮です」

来たばかりのウォーレンには何の話なのかよく分かっていないらしく、オーレリアに視線を向ける。何か困ったことになっていないかと問いかけるようなその緑の瞳に、大丈夫だと浅く頷いた。

「それでは、浄水器で濾過したお水でお茶を淹れてみました。よろしければお水そのままもお飲みいただくことができますが」

「ぜひ試させてもらおう。良ければ魔法で出した水と飲み比べてみたいのだが」

「それでしたら僭越ながら、私が水を出させていただきます」

ジェシカは木箱の中からいくつか陶器のカップを取り出して、片方に浄水器から汲んだばかりの水を、もう片方には軽く手をかざしてカップの中に水を満たした。

流れでウォーレンとオーレリアも同じものを勧められて、まずは浄水器の水に口をつけてみる。

あっさりとした口当たりでクセを感じない、いわゆる軟水の味がする。

「魔法で出したお水と味が似ていますね」

ジェシカが出してくれた水を口にしたことは何度かあるが、印象はそれとそっくりである。

「うん、癖も特徴もない普通の飲み水という感じだ」

カイラムとセリムの印象も同じらしく、頷き合ってジェシカの出してくれた水に口をつける。

やはりどちらも同じ印象で、目隠しをされたら確実にどちらが浄水器の水でどちらが魔法で出した水か分からないだろう。

「それはやはり、水源がダンジョンの水だからというのが大きいと思います。地上の浄水器の水源は、もっといろいろな成分が混じっているものですから」

地上で口にする、井戸で汲む水や水道から出る水は基本的に硬水に近いものらしい。そう言われると今喉を潤している水は、いかにも癖のない柔らかいもののように感じられる。

「魔法で出す水は、水以外のものが混じっていないから口当たりが柔らかくなるというのは理解できるが、なぜ同じ土地であるはずの地上とダンジョン内で、水の質がそうも変わるのだろう」

「エディアカランは水気の多いダンジョンですが、その水は一般的な地下水や雨水が堆積したものというよりも、ダンジョンそのものが生み出している水であるという説があります。それが理由で湧いている水も、魔力で出したものと変わらない味がするのではないかと」

「ダンジョンが水を……。そんなことがあるのか?」

「ダンジョンは、まだまだとても謎の多い場所なのです。今でも各分野の研究者が研究を続けている、とても興味深い場所なのですよ」

ジェシカの説明は分かりやすく、オーレリアもそうなのかと頷く。

「水気が多くとも、それが飲用に耐えるかはまた別の問題ですしね。第二階層から第四階層までは浅層と呼ばれ、主に駆け出しの冒険者たちがダンジョンに慣れて装備や仲間を少しずつ揃えて行くための場所ですが、水は持ち運ぶには重く、ダンジョンで購入する魔法の水は高額なものですので、浄水器ができて助かった若手の冒険者はかなり多いと思います」

ふとジェシカと目が合って、ふっと微笑まれる。

「駆け出しの冒険者の中には、ダンジョンの冒険の利益が薄くて地上で日雇いで稼いでからダンジョンに潜るなんて人もいたのですが、浄水器ができてからは日帰りを週に二回から三回に増やしたとか、一度の探索を一泊から二泊に延長するようになった冒険者も増えたそうですよ」

「こまめにダンジョンに潜れたら、それだけ経験が積めて勘も働くようになっていくし、いいことだよな」

「ええ。若手の冒険者だけでなく、新人の育成に力を入れている冒険者ギルドも、浄水器にはとても感謝していると聞きました」

面と向かって褒められるよりも妙に照れくさく、なんとなく視線を泳がせていると、カイラムはそうだな、と頷いた。

「問題の解決が目的なのだから、方法にこだわる必要はないということか。オーレリア嬢、【出水】の申し出は、こんな方法を編み出させるほど、あなたを困らせてしまったのだな」

「いえ、私には荷がお……いえ、勿体ない褒賞であったというだけです」

「ふ、はは」

うっかり言いかけた本音は、しっかりと聞き取れてしまったのだろう。カイラムは声を上げて笑うと、僅かに姿勢を崩した。

「欲のない人だ。 妹(セラフィナ) の言ったとおりだったな」

その言葉になんと返したものか迷っていると、あぁ、とジェシカが悩まし気に声を上げた。

「どうしたの、ジェシカ」

「魔法で出した水は、紅茶があまり美味しく出ないと言われているので、きっとこの水もそうだなと今更気づいてしまいました」

アルフレッドにそう答え、どうしましょうと頬に手を当てて真剣に悩んでいる様子のジェシカに、なんとなく、その場の空気がふわりと緩む。

「美味しくない紅茶とやらを楽しむのもいいだろう。何事も人の経験を聞くよりは、自分で経験したことのほうが実になるものだ」

「確かに、その通りですね」

セリムが手で合図をすると、カイラムの護衛達が荷物の中から木箱を取り出し、テーブルに並べていく。そこにはセラフィナとの面会の時に出てくる大変甘いお菓子が入っていて、しばし二階層の感想を交えて、やや緊張感の抜けたままのティータイムとなった。

* * *

「オーレリア、疲れてない?」

休憩を終えて、さらに第四階層に下る道すがら、ウォーレンに気遣わし気に尋ねられる。

確かに普段の生活からすると今日は大分歩いているけれど、オーレリアの体力に合わせてくれているのだろう、進行はゆっくりだし途中で何度か小休憩も挟んでくれているので、今のところ問題はなさそうだった。

「このペースなら大丈夫そうです。なんだか周囲の感じも変わってきましたね」

「うん、そろそろ第四階層に入ったところだから。もう少し進んだら……あ、ちょうど見えてきたね」

ウォーレンが指さした先には、第三階層のくすんだ色合いとは全く違う、緑の濃いフィールドが広がっていて、その中に一際目立つ黄色のテントが張られていた。

「先遣隊が組み立ててくれた今日のベースだ。近くにテントもあるから靴を脱いで夕飯まで休んでもいいし、第四階層を探検したいなら付き合うから」

ウォーレンは疲れていないのだろうかと思ったけれど、明るい緑の瞳はきらきらと輝いていて、そんなことは聞くまでもなさそうだった。

プラチナランクの彼にとっては、むしろ物足りないくらいなのかもしれない。

「ひとまず、ほっとしました。私が足手まといになって目的地まで来れなかったらどうしようかと心配していたので」

今日はあそこで夕食を摂り、一泊して、周辺の見学を行って明日の朝食を摂った後に地上に戻るというスケジュールになっている。

つまりあのベースに到着した時点で目的の半分は到達したということだ。オーレリアの体力のなさを前提に組んでくれたのだろうけれど、その上で途中でヘバって引き返すようなことにならなくて、かなり安心した。

カイラムも【出水】については本格的に諦めてくれたような様子だったので、肩の荷が下りたということもある。

進むほどに接地の感触はしっかりとしたものになっていき、固い土の地面という感じになってきた。葉緑素を含んだ緑の草木が生い茂り、進むたびに折れた雑草からやや青臭い匂いが立ち上る。

「もしよかったら、荷物を置いたら少しだけ第四階層のことも教えてほしいです」

「勿論! 夕飯に出すデザートを探しに行こう。オーレリアに食べてほしいものがたくさんあるんだ」

そうやって笑うウォーレンは、いつもより少しだけ浮かれているように見えて、その楽し気な表情に、オーレリアもつられて笑みが漏れた。