軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

198.探索プランと迷宮グルメ

ウォーレンとともに冒険者ギルドのいつもの応接室に入ると、すでにエレノアが席についていた。

エレノアはいつも貴族の女性らしく隙のない落ち着いた振る舞いをする人だけれど、今日は心なしか目元に疲れが浮いているように見える。

「よく来てくれたわ。どうぞ座って」

席を勧められて、同行してくれたウォーレンとともにソファーに座ると、すぐに温かいお茶が運ばれてくる。その間もエレノアはどこか心ここにあらずという様子で、何かを考え込んでいる様子だった。

「オーレリアさん、単刀直入に聞くけれど、体力はどれくらいあるかしら」

最初の一口を口につけるのを見計らったように聞かれ、ええと、と言葉を濁す。

「一般の平均の女性より、少し下ぐらいだと思います」

曖昧な返答になってしまったものの、何しろオーレリアの周辺にはゴールドランクの冒険者や、一般人もスーザンやミーヤと、非常にエネルギッシュな女性ばかりである。

優雅なお姫様であるセラフィナを除けば、間違いなく自分が一番体力がないだろうという情けない自負がある。

「あの、エレノアさん、どうかしたんですか?」

困っているオーレリアを見かねたのだろう、ウォーレンが助け舟を出すようにエレノアにそう尋ねると、エレノアは珍しく額に手を当てて、細くため息を吐いた。

「カイラム殿下のダンジョン見学に、オーレリアさんが同行するという話は聞いているでしょう?」

「はい。あちらも乗り気のようですが」

「それが、乗り気すぎて困っているのよ」

今回の計画は情報の流出により煩わせてしまったカイラムへの信頼の回復とともに、オーレリアが保留にし続けている褒賞について一気に解決するという素晴らしい案に思えたけれど、実際に計画を立てようとすればいろいろな問題が起きてしまっているというのがエレノアの説明だった。

「そもそも宮廷は、オーレリアさんに【出水】の術式を受け取ってほしいのよね。非常に希少な術式であることだし、今回の件で白紙になるのは避けたいのでしょう、何度もオーレリアさんと直接話をさせろと急かしてきてね。……本当に、しつこいったらないわ」

「今回のことはカイラム殿下とギルドとオーレリアのことで、宮廷は関係ないでしょう。……と言いたいところだけど、そうもいきませんよね」

「本当、どこから漏れるのかしら。いえ、王宮で出た話ですものね、どこからだって漏れるに決まっているわ」

「ですね」

どちらにも思うところがあるらしく、この二人は親族だったと思い出すほどよく似た仕草で、ウォーレンとエレノアは同じタイミングでため息をついた。

「今のところギルドへの要請ははぐらかしているけれど、そちらはどうかしら」

「うちにはなにも。多分俺に何か言ってくるのは、最後の手段だと思います」

「多分ウィンハルト家には話が行っているでしょうね。レオナさんから何か連絡は来ていないかしら?」

「いえ、何も」

「そう。まあ、話を取り次げばオーレリアさんを「説得」する形になるしかないものね」

オーレリアの身元は王宮も把握しているけれど、連絡先は後見人であるウィンハルト家であり、身元引受人は婚約者であるウォーレンである。

仕事の関係から連絡を取ろうとすれば冒険者ギルドか商業ギルドになるけれど、みながオーレリアと直接の連絡を取り次がないようにしてくれているらしいと聞いて、慌ててしまう。

「あの、すみません、ご迷惑をおかけして」

「いえ、いいのよ。そもそも【出水】の術式の件だって、宮廷にとっては空から金貨が降ってきたようなものだもの。その金貨を自分のものだと思い込むこと自体おかしなことよ」

空から金貨というのは、前世で言うなら棚からぼた餅と似た慣用句で、思いがけず手に入れた幸運を意味する言葉である。

「降ってきた金貨だって、頭に当たれば痛いのに」

「誰かの頭に当たって落ちた金貨を拾い上げようと思っている人たちには、そんなものは見えていないのよ」

どうやらこの件において、ウォーレンとエレノアは同じ意見らしく、少し皮肉っぽくそう言い合っている。

「それで、早めにこの件を終わらせたくて見学の計画や日時を調整しているのだけれど、カイラム殿下が十階層まで下りたいと言って聞かなくてね」

「十階層は一般人を連れて行くには深すぎますよ」

ウォーレンの声に苦味が走る。

エディアカラン大迷宮は十七階層から成るダンジョンで、十階層ならばその下層の入り口に達するはずだ。オーレリアの感覚からしても「見学」の域を超えている。

「ええと、十階層というと」

「推奨ランクはシルバーランクが率いるパーティだね。主にゴブリンが生息していて、結構質の良い魔石が取れるんだ」

ゴブリンは、かつてウォーレンと一緒に行った博物館で絵姿を見たことがあるだけだが、身長が一メートル程度の濃い緑色の肌をした二足歩行の生き物として描かれていた。

その絵についていた説明では、凶暴で凶悪、繁殖期以外は群れを作らず棒のような簡単な道具を使ってほかの生き物に襲いかかり、ときには共食いもするとあった。

言語は使わないものの悲鳴や哄笑に似た声を出し、痩せた人間のようなシルエットをしているため非常におぞましく、出くわすと冒険者パーティの精神力を大きく削るのだとほかでもない隣にいるウォーレンが説明してくれたことがある。

どう考えても素人が行っていい場所ではないし、自分など姿を見ただけで貧血を起こしてしまいかねない。

「あの、私は絶対に無理だと思うのですが……」

「ええ。あちらも最初からその要求を呑まれるとは思っていないのでしょうね。最初に無茶な要求を出して、もともとのレベルより深い階層へ下りる交渉をしたいのだと思うわ」

「ああ、なるほど……」

いわゆるドア・イン・ザ・フェイスということだろう。

それにしたってそんな要求をして、本当に十階層に行くことになったらどうするのだろうか。小心者の自分には口に出す度胸すらないとしみじみと思う。

「二階層あたりまで見学してお茶を濁そうという、こちらの思惑を察しているのでしょうね。それにしたって大きく出たと思うけれど」

オーレリアが知る限り、ダンジョンの第一階層は魔物らしい魔物も出ず、冒険者の資格がある者ならば誰でも入ることのできる場所で、駆け出しの冒険者がダンジョンの雰囲気をつかむために開放されているエリアである。

その下の第二階層は主に生息する魔物はスライムで、そのほかはキノコ類やら背の低いシダに似た植物などが生い茂っているエリアだったはずだ。

ここで取れるキノコには薬効のあるものも多く、やはり駆け出しの冒険者が日銭を稼ぐのによく利用するエリアだと博物館の資料を思い出す。

「第二階層なら食用のキノコも色々と生えていますし、テノヒラダケでもバターと一緒に炙って食べてもらって、少し薬草を採取して帰ってくる、ちょうどいいプランですね」

「ギルドでもそれくらいと考えていたのだけれどね。本当にオーレリアさんが同行するという話になってくれて助かったわ。さすがに攻撃的な魔物が出る階層までは許可できないという口実が作れるもの」

「ええと、現実的にはどれくらいの階層になるんでしょうか」

「それで聞いたのよ。オーレリアさんにはどれくらい体力があるのかしらと」

なるほど、そこで冒頭の質問に戻るということらしい。

「あちらとしては、十階層が無理なら七階層までは見ておきたいと言っているのだけれど……」

「どう考えても第四階層までが限度じゃないですか? 第五階層からは水気が増えて足場も悪いですし、運が悪いとブラムドの群れと出くわすこともありますし」

「ブラムドって、たしか肉食の魚ですよね……」

血の匂いに寄ってくる狂暴な小型の魚で、ピラニアに似ているという印象を抱いたことがある。

花の時期のある女性冒険者にとって最初の関門になるのが、この第五階層のブラムドであるはずだ。

なお、第七階層は図書館でアルバイトをしていたオーレリアにはなじみの深い、馬の魔物が多く出る階層である。

「その、私では難しいかと」

「そうよね。そう聞いて安心したわ」

エレノアは心底安堵したように微笑んで言った。

「もしオーレリアさんが十階層まで行けると言い出したらどうしようかと思っていたの。この見学への同行はオーレリアさんへの褒賞を含んでいるから、オーレリアさんが無理だと言えば強引にはできないと思うわ。第四階層までのプランを作っていくことにしましょう」

「エレノアさん、俺やうちのパーティも同行して構わないんですよね」

「勿論、そうしてもらうと助かるわ。あなたはオーレリアさんの婚約者だし、あなたが副長を務めるパーティが請け負うのは何も不自然ではないもの」

「臨時でも黄金の麦穂が再結成できるのか」

ウォーレンのその声は複雑そうであるものの、ほんの少し喜びも混じっているように思える。

彼らの活動の休止は望んで行っているものではないので、また仲間と探索ができるのが嬉しいのだろう。

「オーレリア、第四階層には時期が合えば面白い果物が取れるんだ。今の時期なら月下桃という小さな実がたくさんなる桃の木もあるんだけど、一万個にひとつ、若返りの効果のある実が交じってるって言われているよ」

月下桃は手のひらに収まるほどの小ぶりなサイズだが非常に甘く、高級なフルーツとして取り扱われているらしい。

それにしたって一万個にひとつは、宝くじに当たるようなものだろう。

「夜の間はすごくいい香りがするから月下桃って名前が付けられているんだ。ダンジョンで採れる食べ物の中で、テノヒラタケの次に冒険者に喜ばれるものだから、たくさん採ってアリアさんへのお土産にしよう。あと、蒸留酒に二か月くらい漬けるとすごく上品な果実酒になるんだ」

「それは、楽しみです」

【軽量】を付与した鞄に詰めて、ミーヤやスーザンの分も持ち帰ってもいいかもしれない。

カイラムと同道と考えると気楽に楽しむのは難しいだろうけれど、楽しい予定を考えれば少しは気持ちも楽になるというものだ。

「あなたたちを見ていると、私が難しく考えすぎている気がしてくるわね」

なぜか毒気が抜かれたようにエレノアは苦笑して、冷めた紅茶を傾けている。

「でも、そのくらいがいいわね。安全な場所に完璧な護衛を付けて行って、ダンジョンの美味しいものを食べて帰るのをメインにしましょう」