作品タイトル不明
193.双星の拠点と剣呑な現場
「あ、ここみたいです」
ジーナとジェシカとともにライアンから受け取ったメモを頼りに進み、目的の建物を見つけたのは昼食を終えたばかりの午後の早い時間だった。
王都は基本的にすべての通りに名前がついていて、住所はその通りの何番目の並びの建物であると表記されることがほとんどである。例外はその通りが建物そのものの名前をしている時で、例えば王立図書館や各ギルドの本部などがそれにあたる。
双星の拠点は、東区の中でも西区の境目に近い場所に位置していた。
王都はその地区によってかなり特色がはっきりと分かれているけれど、その境目は居住区であるのが大半で、双星の拠点も立ち並ぶ住居の一角にまぎれるように建っていた。一階は赤みの強いレンガ造りで、二階以降は木製の柱と漆喰を組み合わせた、王都でよく見かける建築スタイルである。
双星の拠点は二階建てで、勾配のある三角の屋根に屋根裏付きの、少し細長い建物だった。一見すると普通の民家のようにも見えるけれど、門扉の横に流麗な文字で「双星」と刻印されたプレートがかかっている。
「こんにちはー」
声をかけてドアノッカーを叩いてみるものの、返事はない。
「留守でしょうか」
納品とエアコンの稼働の確認も兼ねて冒険者ギルドに立ち寄り、午後は空いていたため思い立って来てしまったので、そういうこともあるだろうと思ったけれど、ジェシカはいえ、と首を横に振った。
「中から人の気配がします。複数の人がいるようなので、お客さんかもしれませんね」
取り込み中に訪ねてしまったのかと少し焦っていると、ジーナがもう一度ノッカーをカンカンと、先ほどのオーレリアより強めに鳴らす。
「ジ、ジーナさん」
「人がいても別に応答ぐらいできるだろう。取り込み中ならまた出直せばいいし」
ジーナがそう言ったのとほとんど同時に、ガシャン! と何かが壊れたような音が響き、思わず三人で顔を見合わせた。
「ちょっと、穏やかじゃなさそうだね」
「そうですね、出直した方が良いかもしれません」
そう言うと、ジーナとジェシカはさりげなくオーレリアとドアの間に体を割り込ませる。続いて何か、重たいものが倒れたような音がして、息を呑んだ。
「滅多なことはないと思うけど、緊急事態みたいだ。私が様子を見てくるから、ジェシカはオーレリアさんとそこにいてくれ」
「あ、ジーナさん!」
そう言ってジーナがドアノブに手をかけ、ノブを下ろすと、鍵はかかっていなかったようでドアは簡単に開き、ジーナは素早く中に入っていった。
中の構造自体はアウレル商会の拠点とそう変わらないらしく、ドアを開けるとすぐに広間になっていて、開いたドアの向こうにはロゼッタとノーラ、それから白いフードをかぶり身長に近い長杖を手にした三人の女性がいた。突然の乱入者に驚いたように、全員がこちらを振り向く。
床には椅子が倒れ、割れた食器が散らばっていて、彼女の後ろにはロゼッタのパートナーであるノーラが庇われるように立っていた。
「オーレリア!? なんだってここに」
「何かただならない様子だが、加勢は要るかい?」
ジーナがそう問いかけると、ロゼッタは強い迷いをにじませた。状況は分からないけれど、オーレリアたちを巻き込んでいいのかと迷っている様子だ。
「あなたたちは、どなたですか。彼女たちには私どもが先約ですよ」
明らかに剣呑な様子であるにもかかわらず、白いフードをかぶった女性の一人が丁寧な口調でそう告げる。
「この人たちはあたしらの仕事の関係者だ。あんたたちは約束もなしに来たんだし、今日は帰ってくれ」
「そうはいきません。ノーラ、いい加減聞き分けて、こちらに戻って来なさい。考える必要もないでしょう? 神殿に帰れるのですよ」
女性たちの声はあくまで穏やかで、落ち着いたものだ。だがそれに対するロゼッタの警戒心は非常に強く、ノーラはロゼッタの後ろに隠れたまま顔を出そうとしない。
「ふざけるな!」
ロゼッタの鋭い声が拠点に響き渡る。同時にブワッと周囲の温度が上がり、開けたままのドアから温度差で風が外に走り抜け、オーレリアのにんじん色の髪を揺らす。
「今更なんだって言うんだ。この子を放り出したのはあんたらだろうがよ」
「それが過ちであったことは、すでに神殿側も認めています」
女性たちの中で最も年長に見える背の高い人が、静かな口調で告げる。
白い肌に淡い金髪で、全身を白い服に包み真っ白なローブを羽織っているため、塩の柱が立っているような印象だった。
――ノーラさんに、似ている。
顔立ちという意味では似ているとは言い難いけれど、ノーラは白銀の髪に血管が青く浮いて見えるような真っ白な肌と、髪と同じ瞳をしていて、常に白い服を着ているため、全体的に真っ白な印象が似ていると感じるのだろう。
「過ちは、正されなければいけません」
チリチリと肌が微かに痛む感覚に眉を寄せるのと同時に、ジェシカに腕を引かれ、下がるように促される。
「ジェシカさん」
「大丈夫です。ジーナもいますし、いざというときは私がなんとかします」
「あんたたちの過ちとやらで、この子がどんな目にあったのか分かっているのか」
ロゼッタの声は静かなものだったけれど、それは激情を無理やり抑え込んでいるだけで、その下にはドロドロと燃え盛るマグマが流れている――そう思わせる熱を孕んだものだった。
「世間のことなんて何も知らないこの子を野に放り出して、生きていけるなんて思っていたわけじゃないんだろ」
「ええ。ですが今もノーラは生きています。これもフルウィウス神のお導きでしょう。挽回に遅すぎるということは――」
その言葉を打ち消すように、広間の床にオレンジ色の光が走る。それが炎であることを一瞬遅れて理解したものの、熱風は室内に渦巻くばかりで、ドアの外までは流れてこない。
「出ていけ。あんたたちにこの子は渡さない」
「穏便に話が済めばと思いましたが、仕方がありませんね」
カンッ、と三人の女性が長杖で床を叩くと、床から渦巻く炎がふっと消失し、代わりに水があふれだした。
この世界には魔法があるのは周知のことだし、ウォーレンが紙を蝶のように舞わせたりジェシカが水を出すなど、穏当な魔法ならオーレリアも見たことがあった。
今目の前で起きているのは、どうしたって穏当なものではない。火は触れるだけで火傷をするし、服に燃え移る可能性も高いし、水だって量が多ければ溺れたり窒息する可能性も高いだろう。
剣呑な状況に足を竦ませていると、白いローブの女性が、静かな声で告げた。
「炎の魔法使いが水の神術使い三人に、敵う道理はありません」
「はっ、炎だけがあたしの武器だと思っているのかい? 舐められたもんだね」
そう吐き捨てると、ロゼッタが腰に提げた長剣をすらりと抜く。
ロゼッタはゴールドランクに昇格したばかりの冒険者である。戦闘には慣れているだろうが、それはあくまでダンジョン内で魔物を相手にしている時だ。オーレリアも王都に来たばかりの頃は剣をぶら下げた人たちが普通に歩いているのに驚いたが、王都は治安の高さをとても大切にしているところがある。冒険者や護衛に帯剣は認められているが、刃傷沙汰は御法度であり、ギルドから冒険者の資格を剥奪されることもあるという。
「だめ、ロゼッタ」
それまで黙っていたノーラがロゼッタのマントを掴み、軽く引っ張る。
「ロゼッタに手出しをしないで。それなら私が行くから」
「あんたは黙ってな、ノーラ」
ロゼッタの厳しい声が響く。フードの女性たちの口元に勝ち誇ったような笑みが浮いた、その瞬間だった。
パン、とジェシカが柏手を打つ音が響く。それと同時に、広間の底を漂っていた水がフッと消失した。
「それでは、水の魔法使いが加勢したらどうでしょうか」
「……あなた方には関係ないことです」
「いえいえ、それが関係があるのですよ」
ジェシカはいつも通りおっとりとした口調で、少し体をずらしオーレリアを手のひらで示す。
「こちらはとある侯爵家の当主の婚約者様で、私たちの雇い主でもあります。冒険者ギルド、商業ギルドとも結びつきの強い方で、彼女たちは婚約者様の事業に雇われている立場なのですよ。ここでノーラさんが連れて行かれて仕事が滞るのは、私たちとしても困るわけです」
ジェシカの言葉には嘘はないが、突然ウォーレンのことを持ち出されて焦っていると、女性たちは訝しげにオーレリアに視線を向けた。
「神殿が世俗に関わらないのは私も知っていますが、かといって世俗の人間とことを構えるのは、そちらとしても望ましいことではないでしょう? どうやらノーラさんは嫌がっているご様子ですし、ここは居合わせた私たちに免じて、出直していただけませんか。どのみち、あなたがた三人の神術は、私の魔術より強くはない様子ですし、これ以上力で押すのは難しいと思いますよ」
ね? とあくまで穏やかに言うジェシカに、ジーナがピュウ、と口笛を吹いた。
「うちの水の魔法使いは最高だね!」
「あら、うふふ」
三人の女性は顔を見合わせて、静かにうなずき合う。
「そちらの顔を立て、今は引きましょう。ですがノーラ、あなたのいるべき場所を誤ってはいけませんよ」
「とっとと帰りな」
ロゼッタが鋭く言うのに、女性たちはしずしずと双星の拠点から立ち去っていく。
ドアの前に立っていたオーレリアが体を避けると、会釈するついでのようにちらりと視線を向けられた。
ここでただの臆病な性格だと思われるのはハッタリを利かせてくれたジェシカに申し訳がない。精々冷静そうな様子を装ったものの、見破られているような気がしてならなかった。
「オーレリア! ごめん、巻き込んじまったね。でも、正直助かったよ」
「ロゼッタさん、あの、ノーラさんも、大丈夫ですか?」
「ああ、あたしたちは大丈夫……。片付けはちょっと面倒だけどね」
広間の床には椅子が蹴倒され食器の欠片が散らばっている。それ以外にも火に炙られたり水に漬けられたりと、床と敷物の損耗は相当だろう。
「ええと、あたしたちに用があってきてくれたんだよね。今更だけど、お茶でも淹れようか」
冒険者として状況の変化には慣れているらしく、ロゼッタはからりと笑う。
「オーレリア、お菓子持ってる?」
その後ろでノーラが、白銀の瞳を輝かせながら言ったのに、ようやく緊張感が解けて、オーレリアも肩から力が抜けた。