軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

187.特産品と如才ない従者

広間に戻ると、アリアとジーナ、ジェシカを交え、セリムは和気あいあいと会話を交わしているところだった。

「ザフラーンの特産品を紹介してもらっていたんですよ。こちらでは見かけない、珍しいものもすごく多くて」

ウォーレンと共に席に着くと、彼はテーブルの上に広げられた品物を物珍しそうに見つめている。彼も冒険者として希少なものには好奇心が強いところがあるので、興味があるのだろう。

「オーレリア、これ、西大陸産の絹だそうです。染色技術もさることながら、この光に当てるとなんとも言えない滑らかな光沢が素晴らしくて」

「本当に綺麗ですね」

こちらでは馴染みのない、不思議で緻密な文様の入った絹を手に取るアリアの声は少し熱っぽい。なるほど、オーレリアも商談用に仕立てた絹を使ったドレスを何枚か持っているし、ミーヤとの話の流れで色々な布を見る機会もあったけれど、布の密度が高く、表面がうっすらと輝くほどに滑らかだった。

「こちらは、西大陸でも 星蚕(せいさん) と呼ばれる特殊な蚕の出す糸で織られた絹で、星蚕は魔石が取れるため帝国では魔物の一種とされ、特に高級品とされているものです。こちらは染色されていないものですが、無垢だと微かな黄金色を帯びて、夫人たちの衣装にも人気が高いのですよ」

さっとセリムが取り出した無染色の布を手渡され、オーレリアもその美しい淡い黄金色に思わずため息が漏れる。時々セラフィナがこれと似た色のゆったりとした服を身に着けていることがあるけれど、おそらく同じものだろう。

「何の染色もしていないんですか」

「はい、これが蚕糸の本来の色です」

「無垢でこれほど美しいなら、これだけでも貴婦人の需要は高そうですね」

アリアの目線は完全に商売人としてのそれだけれど、ダンジョンの研究者であるジェシカはまた違った興味がある様子で僅かに身を乗り出した。

「その星蚕の魔石は、何かに利用されたりするのでしょうか?」

「虫型の魔物の魔石は、いわゆる魔石としての利用価値はないとされていますが、飼料に混ぜて与えると魔物系統の家畜が丈夫に大きく育つこともあり、それなりに重宝はされています」

「魔物系統の家畜……どのような種類がいるか伺っても構いませんか?」

セリムは勿論と人当たりよく笑って頷く。

「最も一般的なのは、こちらではオークと呼ばれる種族に似た魔物です。多産で成長が早く、ある程度の知能があり群れで暮らすので管理がしやすいので。ただ、資料などで見る限り、中央大陸のオークよりかなり小型で知能も低いように思います」

エディアカランに生息するオークは身長が三メートル近くあり、二足歩行で簡単な道具を使い人間を狩るのだという。狂暴で貪食、かつ二、三匹の群れで襲い掛かってくるため斥候が早めに発見すれば避けるか、出くわすのが避けられない状態なら奇襲をかけて各個撃破が前提の戦闘になるらしい。

ザフラーンでは最大でも二メートル程度まで育て、それ以上は味が悪くなるため出荷するのだと説明される。

なるほどザフラーンでは、オークは完全に家畜扱いらしい。

「最大二メートル程度なら、家畜としては豚の方が効率は良くないですか?」

「産む子の数も豚とさほど変わりませんが、肉が大変美味であることと、利用価値がある魔石が取れるので畜産業としてはなかなかの規模ですよ」

その他、品種改良によって石化の能力を失ったコカトリスなども家畜として育てられており、鶏の部分は食肉用として、蛇の部分は酒につけられ滋養強壮のある栄養酒に加工され販売されているとセリムは丁寧に説明してくれた。

「なるほど……ダンジョンの外に普通に魔物がいるということは、それらを人の暮らしに利用する方向に進むということですね。なんて興味深いんでしょう!」

ダンジョンの研究のために、将来を約束されていた席につきながら象牙の塔を辞めて在野のダンジョン研究家になったというジェシカである。

以前、冗談めかしつつもいつかザフラーンに行ってみたいと口にしていたことがあるけれど、興奮に頬を赤らめてセリムの話を聞いている様子は今すぐでも渡航したいと言い出しかねない様子だった。

「魔物のお肉は、そんなに美味しいものなんですか? こちらでは魔物食は、あまりメジャーではありませんよね」

「ダンジョンの中では普通に食べてるけど、生肉を運ぶとなるとやはり輸送手段が限られるし、かといってダンジョンの近くで加工するには安定して捕まえることができるものでもないね」

「ああ、なるほど……確かに安定供給ができないなら、難しいでしょうね」

ジーナの言葉にアリアは頷く。

以前、ダンジョンで取れるキノコは非常に美味だが、ダンジョンから持ち出すと瞬く間に萎れて食べられたものではなくなると聞いたことがあった。冒険者にとっては普通の食事でも、それ以外の市民にとっては未知の味だ。

「時々酔狂な貴族が肉目当てに依頼を出したりすることもあるけどな。その場合は氷の魔法使いをメンバーに入れて、目的の魔物を血抜きを済ませてすぐに引き揚げることになる」

「あれはあれでお大尽ですよね。でも確かに、魔物のお肉はなかなか美味しいですよ。コカトリスの蛇を漬けたお酒が滋養強壮の薬になるのは面白い情報だと思います。それなら蒸留酒をダンジョンに持ち込んで、その場で加工してしまえばいいですし」

「そちらも安定供給は難しそうですし、こちらの魔物で同じ効果の品が作れるかも試してみる必要がありますが、効能が確かならばむしろ希少品として欲しがる貴族は多いかもしれませんね」

「酒といえば、こちらは魔物の酒ではありませんが少し珍しい品になりますよ」

セリムはそう言って小ぶりな壺を手に取る。

「火の女神アテシュの神殿で作られている蒸留酒です。女神に祝福された酒で、火の魔法使いが飲むとしばらくの間魔力が高まるので、昔は主に戦闘の前に景気づけとして飲まれていたそうです。現在では完全に景気づけとしてですが」

「へえ、あたしは火の魔法使いだけど、どれくらい魔力が強くなるんだい?」

「飲む量によりますが、最大で通常時の二倍というところらしいです。ただ、やはり酒ですので酩酊することも多く、諸刃の剣ではありますが」

「二倍ですか……ジーナなら鉄どころかミスリルまで溶かす火力が出るかもしれませんね」

「火の魔法使いはほとんどが酒に強いとされているが、それは西大陸でも変わらないのかい?」

ウォーレンの質問にセリムは恭しく胸に手を当ててこうべを垂れて答える。

「はい、西大陸でもそう言われております。ですが、我々も直接中央大陸に来てから知りましたが、魔法使いもこちらの方が力が強いようなので、そうした耐性も中央大陸の方の方が優れている可能性があるというのが我が主の予想です」

「そういえばジーナさんはとてもお酒に強いですが火の魔法使いは皆さんそうなんですか?」

「はい、火を司る神々は基本的に酒豪であると言われているのでその恩恵の一部ではないかと言われています」

なるほどと感心する。魔法を使うだけでもオーレリアとしてはすごいと思うけれど、それぞれの属性に対して魔法使いには特異の体質ともいえるものがあるらしい。

「……ちょっと飲んでみたいな」

「ジーナ、ここで魔力を高めても仕方がないでしょう。せめてギルドの訓練場でやってください」

テーブルに並べてある品はカイラムからオーレリアに対する「お見舞い」の品である。オーレリアもお酒は好きだが、この壺のお酒は興味深そうにソワソワしているジーナにあげようとこっそりと決める。

「あとは、こちらでは珍しそうなものは薬草茶と香の類でしょうか。こちらの香は追憶香と呼ばれていて、寝る前に枕許で焚いて寝ると、懐かしい夢を見ることができると言われています。心身から力を抜いてゆっくりと休みたい時に焚く香で、深くよく眠れますよ」

複雑な模様の入った香炉とともに紹介されたお香は、円錐形の形をしており、先端に火をつけてゆっくりと焚くものなのだという。

製法は皇帝の直轄している専門機関の秘伝の品らしく、中々手に入るものではないのだと続けられた。

「お茶の方はザフラーンでは比較的よく飲まれているものです。こちらのカームティは特に胃腸にいいと言われていて、重たい食べ物で胃もたれしたときや、食欲がない時に飲むと症状が鎮められますよ。あとは心配事で胃がもたれる時もよく効きます。私も我が主が突拍子もないことをするたびに世話になっているくらいで」

「ええと……お疲れ様です」

「いえ、光栄な立場であると自負しているのですがね。従者という立場は何かと気を揉むことも多く」

セリムの少し情けないようなそれでいてわずかに誇らしさの交じる笑みは、その容姿もあいまって、なんとも親しみやすいものだ。

「こちらのお茶はザフラーンより多く運んで参りましたので、お気に召すようでしたらセラフィナ様にお伝えすれば分けていただけると思います」

「胃腸にいいお茶か……」

「あ、せっかくいただきましたし、もしよければ今淹れてみんなで飲んでみませんか?」

アリアは体に見合わぬ量の食事をとったばかりだし、ウォーレンは慢性的に胃腸の不調を抱えている人だ。そういった症状によく効くなら、試してみたいところである。

「よろしければ私がお淹れしましょうか?」

「いえ、コツなどが特にないなら、私が淹れてきます。みんなはお喋りしていてくださいね」

「あ、オーレリア。手伝うよ」

セリムから熱湯で煮だすだけだと告げられて、お茶の入った陶製の容器を受け取り、立ち上がる。

鍋に湯を沸かしてカームティの葉を大匙二杯入れると、お湯はさっと鮮やかな紫色に染まった。

ふわりと立ち上るのは、爽やかな酸味と香ばしくも独特の香りの混じったもので、こちらで見たことはないけれど、前世の記憶でいうとドクダミ茶に近い気がする。

「色は派手ですけど、いい匂いですね」

「うん、飲みやすそうだね」

「ウォーレンのお腹にも良いといいんですけど」

キッチンブースと広間は衝立ひとつで仕切られているだけなので、小声でそう言い合いつつ、カップに注いでいく。

みんなで飲んだカームティは、色はともかく味はやはりドクダミ茶に似ていて、さっぱりとしており、食事にも合いそうだ。ザフラーンには他にどんなお茶があるのかというアリアの問いかけにセリムが答えながら、時間は過ぎていった。