軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

176.パンナコッタと穏やかな午後

広場の鐘が三時を報せた音が響いてくる。ちょうど作業も一段落したところだったので、休憩でも取ろうかと作業室から出ると、広間のテーブルでジェシカが本を読んでいるところだった。

「あ、オーレリアさん。休憩ですか?」

「はい、そろそろパンナコッタも固まっていると思うので。ジーナさんは部屋ですか?」

「中庭でナイフの手入れをしているはずです。呼んできますね」

お茶を淹れて、キッチンブースの冷凍樽からトレイを取り出すと、きちんと冷えて容器の中身はいい塩梅で固まっていた。

毎回樽の中に体を乗り出すのは僅かだが手間であるし、そろそろ前世式の冷蔵庫を作りたいなと思いながらトレイに載せていく。ここに生クリームとミントでもあればぐっとおしゃれになるけれど、自家製のデザートなので今日はこれでいいとしよう。

そんなことを考えていると、ドアノッカーがカンカンと音を立てた。今日は来客の予定はないので、手紙でも届いたのだろう。

「あ、オーレリアさん、あたしが出るよ」

キッチンブースから出ようとすると、ちょうど中庭から戻って来たらしいジーナが代わりに対応してくれる。安心して作業に戻ると、とても聞き慣れた声が耳に届いた。

「もしかして、ウォーレンですか?」

パーテーションから顔を覗かせると、やはりウォーレンだった。最近では珍しく、冒険者の服を着ていて、なんだか少し懐かしい感じがする。

「こんにちは、オーレリア。近くに用があったから、ついでに寄ってみたんだけど」

「ちょうどおやつの時間にしようと思っていたところなので、タイミングよかったです」

少し多めに作っておいたので、ウォーレンの分もトレイに載せてお茶と共に運ぶ。

「それ、プリン? 随分独創的な色だけど」

「パンナコッタです。ちょっと柔らかくてプルプルしていて、冷たくて甘い食べ物を作ってみようかと思いまして」

ウォーレンが不思議そうに首を傾げたのに笑って、先日アリアと共に参加した試食会の話をしながら、スプーンでゆっくりと容器の中身を掬って口に入れる。

「というわけで、療養食の分野で新しくメニューを開発しようという話になって、今進めてもらっているところです。それで、私も参考にならないか、何か作ってみようかなと」

とはいえ、オーレリアが作ることのできるのは家庭料理だけだし、それも東部の郷土料理に偏っている。

こちらの世界ではいわゆるレシピ本の数は少なく、新聞の片隅にお勧めの料理の作り方が簡単に書いてあったり、雑誌にちらほらと料理の特集が組まれていたりする程度で、このパンナコッタもその中から作れそうなものを簡単にスクラップしたひとつだった。

「俺も胃痛がひどいときはポーションを飲むことがあるから、他人事じゃないなあ。確かにポーションってすごく甘いけど、二十倍に薄めてもそんなに甘いんだ」

「みたいです。試食で食べたものは、何とも言えない濃厚な甘さでした。これは、ポーションは入っていないんですけど、似たような色にしてみようかなと思って」

去年作ったまま、ひと瓶残っていたブルーベリーのジャムを裏ごししたものを混ぜてみたので、全体が紫色に染まっていて、見た目だけはポーションを混ぜたような色合いに近づけてみた。

味は普通に、ブルーベリー味のパンナコッタである。

「うん、美味しい。オーレリア、お菓子も作るんだ」

「作るというほどではないんですけど、最近は少し時間も取れるようになってきたので、たまにはキッチンに立とうかなという感じです」

ナプキンの高級路線も稼働が順調に進んでいるジャスマン商会への委託が済んで、オーレリアの仕事はぐっと少なくなったこともあり、ここ最近は時間に余裕が取れるようになってきた。

王都は外食文化が発達しているし、朝から比較的遅い時間まで屋台もやっているのでその気になれば自炊をせずに暮らすことも可能だけれど、思ったよりいい気分転換になる。

母が遺してくれたノートには、父やオーレリアの好きな料理の名前や簡単なレシピが載っていたので、いずれはそれを作ってみたい気持ちもあった。

「アリアが忙しくしているので、私だけ楽をさせてもらっているのも、申し訳ないんですけどね」

「オーレリアは時々王宮にも通っているし、アリアさんとは役割が違うんだから、気にしなくていいと思うよ」

「そうそう、それに、忙しくなるときって突然なるからさ。休める時に休んでおくのも仕事のひとつだよ」

「そうですねえ。むしろ多忙さは、それぞれ波のタイミングがずれているほうがいいですよね。単純に抱えられる余裕の量は多いに越したことはありませんし、全員が気持ちの余裕がなくなったら組織として困ったことになりかねませんし」

三人に揃ってそう言われて、オーレリアも頷く。

例えばアリアが助力を求めてきた時に、オーレリアも仕事を抱えて大忙しになっているよりは、その方がいいのだろう。

「ウォーレンは、今日は冒険者ギルドに何か用だったんですか?」

「うん、ダンジョンの低階層で浄水装置の試験的な運用が始まったというから。オーレリアの関わった仕事だし、直接見ておきたいなと思って、軽く潜って、その後エレノアさんに簡単な報告をしてきた」

「あ、実際に見てきたんですね。どうでしたか?」

ジェシカに問われて、ウォーレンはうん、とパンナコッタを飲み込んだあと、頷いた。

「俺も飲んでみたけど、普通にきれいな水だったよ。やっぱりまだ珍しいみたいで、俺は朝から行ったからタンクの中身に余裕はあったけど、夕方になると一部は水が切れてるところもあるって話だった」

「今後の課題ですね。スライム対策はどうでした?」

「風鈴はかなり有用みたいで、今のところスライムによる食害はないみたい」

風鈴は、オーレリアが考案した丸い板の中心にコイン型の金属をぶら下げて、その周囲に細い中空のパイプを垂れ下げた簡単な道具である。

板の部分に送風の付与を施した小さな魔石が嵌めてあり、ぶら下げると揺れた金属がぶつかって音を立てるので、これを常時鳴らすことで音や人の気配を嫌がるスライム除けとして使うのはどうかと提案したが、今のところ上手く動いているらしい。

「それはよかったです。あの、冒険者の皆さんにはうるさいという苦情はないのでしょうか」

できるだけ分かりやすい音が出るようにと金属で作ったため、かなり澄んだ高い音が立つようにできている。

ああした音は苦手だと思う人もいるかもしれない。

「そうだね……」

ウォーレンが言葉を濁した、その反応ですでに何かしら苦情が出ていると言っているようなものだ。

「その、できれば色々な意見は知っておきたいので、教えてもらえると嬉しいです」

「これは俺もエレノアさんも、オーレリアに知らせるほどのことではないってことになった話ではあるんだけど、冒険者の一部には騒がしくて魔物の気配が分からなくなるって意見もあるみたいだ」

「やっぱり、うるさいですよね」

ダンジョン内はそれなりの広さがあるというので離れれば気にならないかもしれないけれど、魔物の気配が分からなくなるというのは大きな問題に発展しかねない。

やはりもう少し音が小さなものや、木製の道具も視野に入れたほうがいいだろう。

「気にすることないよ、オーレリアさん。そもそも試験投入している低階層には、気配を辿らなきゃいけないような強い魔物自体がいないんだから」

「まあ、音が気になる人がいるのは事実なのでしょうけれど、ダンジョン内は広いので、少し離れればいい程度のことですし、安全な水の供給がされることのほうがずっと大事だと思います」

「今は第三階層までに設置していると聞いていますが、そこは薬草採集が主なんでしたっけ」

以前ウォーレンとダンジョンの博物館に出かけたことがあり、そこで一通りのダンジョンの成り立ちも見たけれど、やはり特異な魔物の印象が強く、そうした魔物が出るのは中層より深いところだったはずだ。

「うん、第一階層だと冒険者に登録したその日から誰でも入れるくらい。といっても有用なものも何もなくて、ダンジョンの中の雰囲気を掴むための場所という感じかな」

「スライムは第二階層から出ますが、人が活動している間は寄ってきません。キノコ類が多くて、じめじめしていますね。初心者は大抵、ここで装備をスライムに溶かされる経験をしたりします」

「低階層で活動している方は日帰りが多いんですよね。それでも溶かされるんですか?」

スライムは臆病で、物音や人が動く気配があるだけで近づいてこないという。見張りを立てずに眠ってしまうと近づいてきて革製品や食品を食害されることは多いというけれど、日帰りならばその心配もない気がする。

そう思って尋ねると、ジーナとジェシカは顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。

「第二階層はテノヒラタケやキノコ類が多く採れるところで、荷物を下ろして採集に夢中になってるうちに這い寄ってきたスライムに荷物をやられちゃうんだ。折角採集したものまで食われちゃって本末転倒なんてことも、よくある話らしいよ」

「テノヒラタケはとても美味しいですし、ダンジョンの外ではすぐに駄目になってしまって食べられないので、気持ちはわかるんですけどね」

「第三階層は痛み止めや胃痛止めなんかの薬効成分のある薬草類がよく採れるんだ。この辺りから第四階層に潜れるようになるための訓練も兼ねて、ブロンズクラス二~三人でのパーティを組むことを推奨されるようになるよ」

「そうなると荷物番を立てられるので、スライムの被害はぐっと減るんですけど、若い冒険者パーティだと今度は分配で揉めたりして、パーティを組むにあたって起きる揉め事の練習のような側面もありますね」

そうやって段階的に慣れていくということらしい。

プラチナランクの冒険者にダンジョンの解説をしてもらうというのも、贅沢である。

「文句言ってる連中は、自分たちは重い思いをして水を運んで活動してきたとか、金を払って水売りから水を買っていたのに駆け出しの連中が便利に水を調達できるようになるのが面白くないっていうのもあるんじゃないかね」

「後進を育てるのも大切な仕事なのですけどね……」

第三階層までで経験を積んで、中層から下層に挑戦する冒険者になっていくのだろう。

「それならなおさら、トラブルなく運用できるといいですよね」

「うん。低層で成功すればそのうち中層や下層のセーフティエリアにも設置されるだろうし、冒険者の活動の仕方も変わっていくと思う」

「いつか、飲み水に困らず、たまには温かく美味しい食事を摂ってほっと息を吐くこともできる、そんな探索が当たり前になればいいですよね」

「案外すぐかもなぁー」

そう言い合って、笑い合い、午後の穏やかな時間は過ぎていった。