軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

162.カップとパイプと軽い事故

「すみません持ってもらって」

木箱を持って並んで歩くウォーレンに恐縮して言うと、彼はからりと笑ってくれた。

「むしろ運ばせてもらって光栄だよ。オーレリアの大切なものだから」

あの後ドミニクの店を辞す際、木箱をオーレリアの家まで送ろうかと言ってくれたものの、どうしようか迷っているオーレリアにウォーレンが運んでくれると申し出てくれた。

王都は物流が盛んだし個人宅から個人宅への荷物を運ぶいわゆる宅配便のような制度もあるけれど、前世のそれと比べれば、圧倒的に荷物の扱いは適当である。

紛失も少なくないし、蓋を開ければ破損をしていることもある。ほとんどの場合、概ねそんなものだと苦笑する程度だけれど、この荷物を失くしてしまっては、後悔してもしきれない。

後日人を雇って取りに来るという手もあったけれどウォーレンが申し出てくれて助かった。

「オーレリア、目は大丈夫?」

「はい、大分腫れも引いてきました。あんなに泣いて、恥ずかしいです」

自分でも驚くほど大泣きしてしまった結果、化粧は取れるし目の辺りは腫れぼったくなってしまっている。

以前は素顔のままで当たり前に王都を歩き回っていたというのに、すっかりお化粧するのが当たり前になっていて、気恥ずかしくついつい俯いてしまう。

「別に恥ずかしくなんてないと思うよ。大人だって大声で泣きたい時ぐらいあるんじゃないかな」

「ウォーレンにも、そんな日があるんですか?」

つい聞き返してしまうと、ウォーレンは、それに苦笑で返した。

「俺は、涙が出る代わりに胃のあたりが痛くなるんだ」

「最近も、痛んでいるんですか?」

出会った時の彼は路地裏にうずくまり座った体勢も保てないほど、本当に辛そうな様子だった。

普段は【鎮痛】の護符を身に着けているらしいけれど、それは痛み止めを常用しているようなもので、根本的な解決にはなっていない。

「そういえば、最近はあまり痛まなくなったよ。悩むこともあるけど、前よりあまり深刻にならずに済むようになったからかな。オーレリアのおかげだと思う」

「え、私ですか?」

「うん。オーレリアがいつも頑張っていて前向きだから、俺もつられているんだと思う。もっと頑張らなきゃなあって思うことは多いけど」

オーレリアからすれば、プラチナランクの冒険者であり、侯爵家の当主であるウォーレンは充分以上に努力しているように見えるけれど、彼はまだまだ足りないと思っているらしい。

努力できる人というのはきっとそういうものなのだろう。

「私も、もっと頑張りますね」

「オーレリアは、もう少しセーブした方が……いや俺は頑張ってるオーレリアのことは好きだけど」

「えっと、ありがとうございます?」

他愛ない会話を交わしながら馬車止めまで移動して、拠点へは辻馬車を利用する。今日はウォーレンがついてきてくれたので、ジーナとジェシカは休んでもらっているけれど、二人とも出かけているようで、拠点は静まり返っていた。

「これ、部屋まで運ぼうか?」

そう言ってもらえて少し考えたけれど、中身は壊れ物も含まれているし、ウォーレンは軽々と運んでいるけれど、オーレリアの手では一度に運ぶことは難しそうだ。

「すみません、甘えていいでしょうか」

「大丈夫、任せて。たまには使ってやらないと、筋肉も泣くから」

二階に上がり、一番奥のドアを開ける。ここはもともと黄金の麦穂の拠点として使われていた家なので、ウォーレンも勝手は分かっている様子だった。

「ここ、今はオーレリアの部屋になってるんだ」

「はい、部屋が広くなって助かりました」

拠点は一室が鷹のくちばし亭で滞在していた部屋より広く、元々冒険者の拠点であったということもあって装備をしまうために使われていたのだろう、クローゼットもついている。

室内は窓際にベッド、ドレッサーがあり、化粧用具一式が仕舞われていた。クローゼットの中身は一年前からは考えられないくらい数の増えた服やドレスが収まっている。

一階にもオーレリアが付与を行うための小部屋があり、仕事の大半はそこで行っているため、寝室は基本的に寝るためと身支度を整えるためだけの部屋だ。物が少なくちらかっていないことに、少しほっとした。

「ここに置いていい?」

「はい、お願いします」

ウォーレンは、そっと……とても大切そうに、木箱を床に下ろしてくれる。それから蓋を外してくれたので、まずサニーを抱き上げ、そっと枕元に置いた。

それだけで、とても懐かしい気持ちになってしまう。

「元々、たくさんあったんだよね、ぬいぐるみ」

「はい。でも、サニーだけでも戻ってきてくれて、嬉しいです」

そっと小さな頭を撫でて、また少し目の奥が熱くなってしまって、少し洟をすする。ここで泣いてもウォーレンを困らせてしまうだけなのでぐっとこらえて、木箱の中から緩衝用の紙に包まれた食器をいくつか、取り出す。

ティーカップは少し大きめで、揃いの柄が三客揃っている。銀食器は褪せてしまっているので、時間がある時にでも地道に磨こうと決める。

「これも、懐かしいです。母がよくミルクティーを淹れてくれました。蜂蜜をもっと入れてって我儘を言って、でも本当は、母が淹れてくれたままが一番好きでした。父は葉巻を吸っていたイメージでしたが、パイプも使っていたんですね」

使い込まれた木製のパイプは内側が煤けていて、大事に、けれど日用品として使われていた形跡が残っている。

「オーレリアを膝に抱いてるときに、灰が落ちないようにという理由じゃないかな。葉巻の灰は、まとめて落ちることがあるから」

「ああ、そうかもしれませんね」

木箱一つ分の小物から、父と母の温かさや愛情を見つけることができた。ドミニクは本当に手当たり次第に購入してくれたらしい。キッチン用品からリビングに置かれていたもの、寝室のパッチワーク飾りなど、木箱の中身は統一感がなく、けれどどれもこれも、ひどく懐かしい。

「ウォーレン、よければお茶を淹れるので、一緒に飲みませんか」

カップを手にしたまま尋ねると、ウォーレンは少し狼狽したような様子を見せる。

「ええと、いいのかな。大事な思い出の品なんだよね?」

「道具は、できれば使ってあげたいので」

仕舞いこんでいるより、きちんと役目を果たしていたほうがいい。

「なら、喜んで」

「じゃあ、お茶を淹れますね!」

気持ちが逸って、うずくまった体勢から勢いよく立ち上がろうとしたせいだろう、少しくらりときて、足がもつれてしまった。

「あっ」

両手に持ったままのカップはしっかり握っていたけれど、そのせいで自分の体を支えるのがおろそかになってしまう。

「オーレリア!」

ウォーレンが慌てた表情で、こちらに腕を伸ばしている。背中から倒れ込むことを覚悟してぎゅっと目を閉じると。腰に腕が回った感覚がして、僅かに体が浮き、そのままどさりと、ベッドのマットが体を受け止めてくれた感覚が続いた。