軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

124.一枚の絵と途方もない命

親睦も兼ねて夕食をどうかと誘われ二つ返事で了承し、指定された中央区のレストランに到着したところで、もしかしてこれは単なる食事ではないかもしれない、という予感はしていた。

中央区は地価が高く、飲食店も高級な路線のものがほとんどだ。オーレリアとアリアとの食事ということで東区で食事をするような平服にするか、中央区なのでテールコートにするか迷った上でテールコートにしたが、どうやら正解のようだった。

名前を告げると専任のスタッフに二階の個室に案内される。ドアをくぐると中はあたたかな色合いの明かりに満ちていた。窓の飾り縁は優雅で、天井近くから垂れ下がるカーテンは今は左右に開かれていて、王都の夜景が綺麗に見える。

えんじの絨毯にどっしりとした樫のテーブルが中央に置かれ、皺ひとつない真っ白なクロスが敷かれていて、二人はすでに席についていた。

どうやらコース料理ではないらしく、テーブルには料理の皿が並べられていた。ウォーレンが席につくと、給仕がワインを注ぎ、すぐに退室する。

「ごめん、遅れたかな」

「いえ、少しオーレリアと話があったので、先に来ていました。今日は少し、お話したいことがあったので、料理は先に全部出してもらいました」

こうした店では食前酒から始まり決まり通りに料理が出てくるものだけれど、密室で内緒話をしたいときにはこうしたスタイルにも対応してくれる。アリアもそれが目的で、この店を指定したのだろう。

「料理は適宜つまんでいくとして、まず、乾杯しましょうか」

「うん……ええと、もしかして気まずい話だったりするのかな」

軽くグラスを掲げあい、ワインに口を付ける。甘さを感じるほど濃厚などっしりとした重めの赤で、肉料理との相性が良さそうだ。

「いえ、そういうわけではないんですが……私より、ウォーレンさんの方が正しい判断をできると思ったので」

アリアは珍しく、少し困ったような様子だ。オーレリアも僅かに肩を落として、どこかしょんぼりとしているように見えた。

「俺でよければいくらでも」

そう告げると、オーレリアはほっとした様子で小さな鞄を開き、中から四つに折った紙片を取り出した。それを丁寧に開き、差し出される。

そこには長方形の図が描かれていて、その中に小さな丸や点を打った部分、細かく斜線を引かれた部分などの層が描かれていて、その隣にそれぞれ小石、砂、砂利、活性炭などメモがついていた。

「これは?」

「ええと、水を安全に飲めるようにする、ろ過装置なんですけど……」

「ろ過装置……沸かすという意味ではないんだよね」

「はい、これの上から水を入れて、この層を通すことで段階的に体に悪いものが取り除かれて、沸かさなくても飲用できる水になります」

「それは、ええと、アウレル商会は水道事業に手を出すって話かな」

王都の水道は地区によって運営している商会が違い、新規の参入も特に制限は設けられていないけれど、かなり資金力が必要になる事業だ。オーレリアとアリアならばいずれ稼ぎだすのに問題はないだろうけれど、設立一年目で主力商品が今のところナプキンと靴の中敷きのアウレル商会が次に手を出すには、かなり意外な路線のように思えた。

「いえ! そういう規模の大きな話ではなく、ダンジョン内で飲用水に困らないようにできたらいいなと思いまして……」

ついアリアに視線を向けると、アリアも何とも困ったような、どこか助けを求める目でこちらを見ていた。

多分、自分も同じ目をしているだろう。もう一度手元の図に視線を戻す。

そのまま飲めば腹を下すような水を安全にする一番手っ取り早い方法は、沸かすことだ。

水魔法で出した水や【出水】を付与された魔石の水源の水はそのまま飲むことができるけれど、それはごく一部に限られていて、水というのはそれが水道にせよ井戸水にせよ一度沸かす必要がある。

料理に使ったり、飲み物はお茶か湯冷ましにするのもそのためだし、夏に冷たい水を飲みたい時のために、貴族の家には大抵大量にお湯を沸かすためのボイラーが設置されている。

一年を通して薪や炭の需要は高く、それを購入できず沸かしていない水を飲むしかない貧困層は、腹を下して亡くなることも多い。

オーレリアの見せてくれた図には火の入る余地がない。これを通すだけでそのまま飲むことができる水ができるという、その価値を想像するだけでプラチナランクまで上り詰めた冒険者である自分すら強い緊張を覚えるというのに、オーレリアの口から出たのは「ダンジョン内で安全な水が飲めるようになる」という、とても限定的なものだった。

「アリアにはもう説明したんですが、最初から説明しますね」

そうしてオーレリアは、冒険者ギルドの売店でジーナとジェシカからダンジョン探索と飲用水の重要性を聞いたこと、新人の冒険者にとって飲用水の負担は大きく、そのため装備に資金を割けずに中々浅層より深く探索に向かうことができない状態になっていると知り、設置型の安全な水場があったらどうかと考えたということ。

エディアカランは、水だけは豊富なダンジョンだ。そこら中に水たまりがあるし、天井から滴り落ちてくることもしょっちゅうである。溜めた水さえあればそれだけで水の魔法使いも火の魔法使いも要らない飲用水が完成する装置があれば、特に若手の冒険者は、どれだけ助かるだろう。

「あの、アリアさん」

「はい」

「その……これ、行政府がすごく欲しがると思う」

「そうですよね……」

水道や井戸の水から疫病が広がってしまうことは、これまでも時々起きたことだ。

都市が安全な飲用水を強く必要としているからこそ、スキュラの魔石には途方もない価値があり、失伝してしまった【出水】の付与魔術を宮廷は喉から手が出るほど欲しがっている。

一度疫病が起きれば、問題は平民が多く亡くなるという、それだけには留まらない。

蔓延する不安感から人は攻撃的になり、治安が悪化する。その結果犯罪が増え、時には大規模な暴動につながることもある。

オーレリアは若い冒険者が実力をつけていくのに役に立てばとしか思っていなかったようだけれど、行政を管理する者にとって、治水や利水といった水の運用は非常に重要なものだ。

「多分意匠権も認められず、王権による特例徴発が発動するでしょうね。まあ、それはいいんですけど」

「いいんだ」

特例徴発は、国家にとって非常に有用なものが個人や特定の商会に独占されている時に発動される王権のひとつである。

かつて【出水】を保持していた隣国の付与術師に対して特例徴発が命じられたが、徴発を拒み、レイヴェント王国に亡命してきたため王国側も徴発を命じることはできず、術式の独占を認めざるを得なかったという経緯がある。

結局その付与術師は術式を誰にも受け継がせなかったため、近隣の国では【出水】は失われた術式になってしまった。

「アウレル商会は水道屋ではありませんし、特例徴発が発動する時はそれに相応しい褒賞が与えられるものですから。私が懸念しているのは、これを機に中央権力が私たちに……いえ、オーレリアに目を付けないかということです」

アリアの懸念はもっともだ。

ほんの少し前まで、オーレリアは新進気鋭の付与術師という立場で、それ自体は多少目立つにせよ王家や宮廷が目を付けるというほどではなかった。

それが陞爵したばかりの侯爵家当主の婚約者となり、隣の大陸の超大国から褒賞として【出水】の術式の供与を打診され、その騒ぎが落ち着く間もなく安全な水を作る装置を発案したとなれば、人の目を引くどころではないだろう。

「利己的なことを言うなら、これは私とオーレリアの間で握りつぶしてなかったことにするのが一番だと思います。ですが、まあ、私も一応商人である前にこの国の貴族ですし、それがバレたら後が怖いということもありますし」

「うん……。本当に火も魔法もなく安全な水を作ることができるとしたら、救われる人は途方もない数になると思う」

腹を壊して亡くなる子供も、病気になる大人もいる。

一家の稼ぎ手が倒れて残された妻子が物乞いをするしかなくなるという現実は、そこら中に転がっている。

賑やかで煌びやかに見える王都も、とりわけ北の貧民街は衛生面からの死亡率はとても高い。

今は籍を抜いたとはいえ、自分もかつては王子と呼ばれ、為政者側にいた身だ。

この一枚の紙に描かれた絵が真実ならば――。

「……オーレリアが、一番望むのは何か、教えてくれ」

緊張で口の中がカラカラに乾いている。反面、手のひらには粘ついた汗が滲んでいた。

「オーレリアが見つけた方法だ。これをどうしたいのか、決める権利はオーレリアにあると俺は思うよ」